公開日記

その名の通りです

19/08/22-23 : 現在と存在、小説と作曲、そして変奏曲としての哲学書について

 現在とはいつなのか。僕達はいつ存在しているのか。そのことについて考えてみようと思う。

 現在、それは過ぎ去っていく瞬間である。今、この瞬間にも、既に過去になっているものであり、捉えられないもの、過ぎ去るもの、それが現在なのだ。

 よって僕達には、「今ここに存在している」ということが出来ない。なぜなら、「今」は既に過ぎ去った瞬間なのだから。それと同様に、僕達には「今」を生きることが出来ない。なぜなら僕達は、現在、この瞬間に存在している、ということが不可能なのだから。そう、僕達は今、この瞬間にも「存在」していないのである。

 さて、そんな現在ではあるが、しかし同時に、それは今なお、この瞬間にも到来しつつある何かでもある。つまり現在とは、過ぎ去ると同時にやって来るものなのである。「現在」とは今、この瞬間に存在しているもののことではない。今、この瞬間に存在しているもの、そんなものは存在しないのだ。現在とは過去であると同時に未来であるものだ。つまり、それは過ぎ去ってはやって来る「何か」なのである。


 生きていく上で、全ての目的が達成され、何かが完成するということは決してありえない。現在は過ぎ去る。そして過ぎ去るということは、変化するということでもある。つまり、現在とは変化し、変化し続けるものだ。変化とは完全なるものの内では存在しない。不完全であるからこそ、あらゆるものは変化し続ける。

 人は常に「現在」を生きる。そして現在とは変化していくあるものである。よって、生きていく上で、人が何か絶対的な完成に到達することは不可能なのだ。

 未解決のまま前に進むことを促される、それが生きとし生けるものの宿命である。なぜなら、人は変わるのではなく、変えられるのだから。

 人間の内側にある欲望や理性が、均衡を保ち、平等と平和に至ることも不可能である。あらゆるものの間には微細な「違い」があり、差異が存在する。そして違いの存在するところには、すなわち力の大小が存在する。力の大小は、それらの間に優劣の概念を持ち込み、そして優劣の概念は、「差別」の概念を持ち込む。人間とは分裂し続け、苦悩し、葛藤し、闘争する何かである。

 また、人の内側とは、その人の外側と多かれ少なかれ何らかの関係を抱いている。よって、人の内側に言えたことは、同時にその人の外側にも言えることが多い。つまり、人間の関係しているあらゆるものも、同時に均衡を保つことが出来ず、不平等であり続ける何かなのである。


 ではここでもう一度問おう。現在とはいつなのか。僕達はいつ存在しているのか。

 もし現在が過去であり未来であるとすれば、「今を生きる」とはどういうことなのだろうか。そう、それはつまり、過去と同時に未来を生きるということである。そして、過去と未来を同時進行に生きるということは、つまり過去を肯定し、未来を意志するということである。

 人が生きていく上で、上に書いたような不条理は避けられない。そして同時に、多くの人にとって、このような不条理は耐えられないのである。だから人は言い訳をみつけ、自分を誤魔化すことの出来る口実を求める。責めるべき誰かを求め、または自分を極端に罪のある存在とすることで、現実の不条理から目を背ける理由を手に入れようとするのである。

 多くの人の行動は、理由があって何かをするのではない。むしろ何がをすることを肯定するために、人は理由を求めるのだ。

 未完成であり、未解決である「現在」を肯定するということ。僕達に必要なのはそれなのだ。

 僕達は存在していない。僕達は何者にもなれない。それは当たり前なのだ。現在とは絶えず過ぎ去り続けるものなのだから、今この瞬間に、永続するような確固とした存在を手に入れること、それはありえない話なのだ。

 それではいかにして僕達は「存在」することが出来るのか。それは今この瞬間にも過ぎ去りつつあるものを肯定するということだ。

 現在を生きるということは、過ぎ去りつつある過去を生きると同時に、今やってきている未来を生きるということだ。僕達は今、存在していない。だからこそ未来と過去に存在している。僕達は何者にもなれない。だからこそある時々に、様々な何かへと変化する。そして僕達は、それら二つを同時にひとつの体の中に押し込まれた存在なのだ。

 そういう意味では、僕たちは人間存在を一つの川に例えることができる。

 川の流れは絶えず変わり続けるが、川はそこに存在し続ける。しかし、川もまたやがては消えてなくなる。僕達はそれぞれが一つの川だ。そして僕達の生きている川の流れは絶えず変わり続けている。しかし僕達自身は変わらずに存在している。つまり未来と過去を同時に生きて、現在にしがみつくのをやめた時、僕達は一つの確固とした「存在」を手に入れることができるのだ。


 不条理を肯定するということ。人間存在の不平等、差異、力の大小、そこから生じる優劣、差別、これらは永遠に、人間が滅ぶまで消えないだろう。それが人間の醜さや罪深さの現れだということも出来るかもしれない。しかしその醜さと罪深さがあったからこそ、人間はここまで深い存在になることが出来た。

 人間存在の不条理、いわゆる「醜さ」と「罪深さ」と呼ばれているものを否定して、それを無かったことにしようとすることは出来る。しかしそれは不条理への反動であり、傷つけられたものの復讐心の現れであり、つまりルサンチマン(怨念の感情)である。それでは世界は正しく進まない。

 真に世界が正しく進むためには、人間が生きていく上で避けることの出来ない不条理を認め、そのうえでどうすれば人々がより幸福な生活を送ることができるかを考えるということにある。


 ここ数ヶ月の間に、僕自身は大きな変化を遂げたように思われる。正確に言うなれば、僕は変化させられたのであり、僕はただそれを受け入れただけである。


 僕は今日までにいくつか小説を書いた。その中でも、やはり僕が一番読み返すのは一つ目のものだ。正確に言うならば、一つ目の終盤部分をよく読む。自分でも、あれはよく書けていると思う。一文一文が迫真であり、読み手に訴えかけるものを持っている。

 これには幾つかの要因が作用している。先ず一つは当時の僕の置かれた状況である。当時、僕は心身ともに非常に追い詰められていた。後半の部分は、夜中に、何処とも知らぬ夜道を歩きながら書いたものだ。次に、初めてちゃんとした小説を書きたいと思ったから、非常に熱を入れていたというのもある。そして最後に、当時は自分を大いに刺激するような音楽との出会いがあった。つまりアンドラーシュ・シフノルウェーのGazpachoというバンドがそれであった。

 要するに、当時の僕は「小説以外」の存在から刺激を受けることが多かったのだ。

 これは何につけても言えることだ。文学以外に興味を持たない作家の書く本は大抵つまらない。面白い小説家や詩人の本は、大抵文学以外にも素養がある場合が多い。

 同様に、哲学書ばかりを読む哲学者の本もまた退屈であり、音楽以外に広がりを持たぬ音楽家の作品には耳を貸す必要も無いのだ。


 曲については、ここ最近でそれなりに書くことが出来た。とは言っても、それはピアノ独奏向けではなく、ギターで弾き語りをするようなのだが。歌詞をつけていないものも含めれば、全部で十三曲ある。そのうち、歌詞をつけることが出来たのは三曲だけだ。

 どの曲の歌詞も、僕の好きな詩人の詩を下敷きにしながら書いている。リルケヴァレリーボードレール、など。あと数曲ほど完成させられたら、それを録音して、何らかの形で発表したく思っている。


 僕はただ、自分の創作意欲の根源になってくれる存在が、もっと言うなれば、自分の行動の動機となってくれる存在が欲しいだけなのかもしれない。


 僕の物事に対する考え方はニーチェに負うところが非常に大きい。そんな僕にとって、ドゥルーズとの出会いは一つの軽やかな風であった。

 哲学者の書く書物は、読みづらく、時には同じ内容を繰り返し書いているようにしか見えないものが多い。それはその通りなのかもしれない。しかし、そこには確かな違いが存在し、そしてその違いにこそ、大きな示唆をもたらしてくれる。

 優れた哲学書には、どれも一つの変奏曲(ヴァリエーション)ともいうべき性格が備わっているのである。

 モーツァルトには「きらきら星変奏曲」という曲がある。それは言葉通り、「きらきら星」のメロディを主題として展開する楽曲である。主題だけでその曲を語るのは簡単だ。しかし、その曲の簡単に語ることの出来ない部分にこそ、モーツァルトの天才が秘められている。

 哲学書もこれと同じで、たとえそれが難解で複雑な、同じことを繰り返し書いているようにしか思われない内容でも、そこには確かな違いがあり、ページの一つ一つには異なった示唆が含まれている。ここに三百ページの優れた哲学書があるとするならば、そこには三百かそれ以上の可能性が眠っているのである。

 このような考えを僕に抱かせてくれたのは、他ならぬドゥルーズのおかげである。彼は次のように書いていた、「偉大な哲学者は優れた文体を持った文章家である」と。彼の書物は、それが一つの変奏曲(ヴァリエーション)であり、そしてその書物の一つ一つが彼の思想の変奏の一部であるという点に、その魅力が存在する。

 さて、僕はドゥルーズサルトルについて書いた文章が非常に好きだ。正確に言うなれば、それは対談の中でサルトルについて語ったものなのだが、彼は誰かと対話する際、まず一度文章を書いて、それから自分の意見を述べていたらしい。つまり、彼においては対談さえもが執筆なのである。

 せっかくなので、それをここに引用したいと思う。読み手を感傷的な気持ちにさせる、美しい文章だ。

 "サルトルは私にとってすべてでした。驚異的な現象でした。フランスがナチの占頷下にあった間、精神の領域における一つの存在の仕方だったのです。彼が自分の芝居を占頷下で上演させたことを非難する人々は、彼の作品を読んだことがない人たちです。『繩』の上演は、ヴェルディオーストリア人の前で自分の作品を演じさせたのに匹敵します。イタリア人ならば誰でもそれを理解し、ブラボーと叫びました。彼等はそれがレジスタンスの行為だったことを知っていたわけです。サルトルの置かれた立場は全く同じです。

 『存在と無』は爆弾のようでした。『繩』が直接的なレジスタンスの行為だったのと違い、『存在と無』は読むものの心を奪う作品でした。偉大な、新しい思想の著作だったのです。出版された時に読みましたが、何というショックだったでしょう。ミシェル・トゥルニエと一緒に買いにいったこと、一気に読み上げたことを覚えています。サルトルは私たちの世代の人間を捕えて離しませんでした。彼は小説も戯曲も書きましたから、皆が小説や戯曲を書きたがりました。誰もが真似をしたか、あるいは、嫉妬し、苛立っていました。私個人は彼に魅了されていました。私にとっては、決して失われることのないサルトルの新しさ、永遠の新しさが存在するのです。"

19/08/20 : 多様性と平等、そして個人的な話

 多様性を肯定するということは、不平等が解決されない現実を認めるということだ。この点について、多くの人は誤解をしている。多様性とは、人間が不平等であることの肯定なのだ。

 人と人は違う。そしてその人の他者との「違い」とは、他者との比較の間によらなければ存在しない。つまり、人間は他者との関係の中で存在する。そして他者との関係とは、他者と自分を比較し、その「違い」を認識するということである。ある人とある人の「違い」、それは両者の間に存在する何らかの力の大小を意味する。

 つまり、「多様である」ということは「差別が存在し、差異が存在する」ということと同義なのだ。

 よって、多様性の肯定のために、全ての人を平等な立場に置く、ということは本来無理があり、不可能なのである。全ての人を平等にすることは、むしろ全ての人を一つのものの下に統制するということである。平等とは多様性の否定なのだ。

 人間とは諸力の関係だ。人の内側では常に複数の力( = 欲望)が存在し、他の力と何らかの形で関係し続けている。そして、それは人間の外部においても、つまり社会や、あらゆる人間関係においても同じなのだ。

 あらゆる力は、占有し、略奪し、征服し、支配することを求める。そして、人間はこのような「力」に絶えず動かされ続けている。

 現代において、「多様性」の名の下に、これまで少数派(マイノリティ)であったものを上位に位置づけようとする運動がよく見受けられるが、あれは少数派(マイノリティ)の平等を求めているのではない。むしろ、これまで自分を除け者にしてきた「平等」を抑えてつけて、自分たちの正義の名の下に新しい「平等」をつくり、そして既存の常識を打ち壊そうとする排斥運動なのだ。それは彼らの劣等感の現れに他ならない。

 「多様性」と「平等」を求める運動、それはこれまでに「正しい」と言われてきたものを排除し、自分たちの「正しさ」を他人に押し付ける、一種の暴力であり、征服活動なのである。だから彼らは多様性がなんであるのかを誤解しているのだ。彼らが求めているのは多様性の実現ではなく、自分を苛む怨念の感情( = ルサンチマン)と復讐心が満たされるということである。

 よって、真の多様性の実現、それは不平等の肯定であり、平等の実現を求めないということである。人間が分裂し続ける様々な「力」の関係であるということを認め、そのうえで新しい社会( = 真の平等)の形成を求める必要がある。

 生きていく上で、僕達は絶えず優劣の「比較」の中に置かれ、そして大小の力の「差別」が発生し続ける。ここに多様性の起源が存在する。つまり、多様性とは、分裂し続け、引き裂かれ続ける人間存在の本性のことを指す。

 よって、多様性の肯定とは、そのような人間存在の不条理の肯定である。そして、多様であるということ、つまり分裂し続けているということ、これが人間が存在する上で、決して避けることの出来ない宿命なのである。


 真の少数派(マイノリティ)、それは分裂し、引き裂かれていることを肯定する者のことだ。


 人間の意識とはその人の無意識の反映である。故に人の意識とは、たとえそれがいかなるものであれ、内側にあるものによって歪められた後に、表面に映し出されたものなのだ。


 夏が終わろうとしている。僕は過ぎ去りつつある今年の夏の日々を思い起こしてみる。今年は良い刺激を与えてくれることが多かった。

 しかし、去年よりもずっと、虚しさというか、喪失感のようなものに苛まれていた。胸の内に上手く言い表せない寂しさの漂う日々が続く。示唆に富んだ出来事は去年よりも多かったかもしれない。しかし、去年はこのような虚しさに苛まれることもなかった。

 つまり、僕は信仰を失ったのだ。

 胸にぽっかり穴が空いたような気持ちで毎日を生きている。僕は変わってしまった。このままでは、何か大切なものを失ってしまいそうな気がする。いつまでも、絶え間なく、精神的な苦しみの影が消えてくれない。


 時折、意味もなく、自分がしていることがとても間違ったことであり、僕は今途方もない過ちを犯しているのではないかという不安に襲われることがある。


 よく誤解を受けるが、人に嫌われるのと好かれるのならば、僕は好かれる方が嬉しい。誰も好きではないのではないか、という誤解もうけるが、それも違う。僕は自分を愛してくれる人を心から愛することが出来る。

 ただ、僕は愛情表現が下手くそなのである。

 誤解を受けることは別に嫌ではない。むしろ普段から好きこのんで他人に誤解されるようなことをしている。他人に好んで煙をまいている、と言ってもいい。ただ、自分の思った通りに誤解してくれないこと、自分に不都合な誤解をしているということが、嫌なだけなのかもしれない。

 そう考えると、自分がとても利己的で、自分勝手な人間なのだと気が付き、自分自身に失望する。

 どの誤解も、普段の行いのせいだと言われれば、それもまた否めない。結局、僕を今苛む虚しさも自業自得なのかもしれない。

 悲しい。

19/08/19-20 : ライブの感想、仮面、バンド、その他音楽のこと

 たいていの場合、お互いに許しあって生きていくということは、お互いに折り合いをつけて、つまりお互いに妥協し合って生きていくということだ。

 しかし、誰かに対する真の許容、理解とは、「仕方ない」といって相手を受け入れることではなく、「それでもいい」といって相手を求めることではないのだろうか。僕はそう思う。


 知人の参加する企画ライブを見に行った。

 その企画のトリをつとめるバンドのボーカルとは、お互いに面識はあれど確かに知り合うことの出来ていない方であった。しかし今回、ついに彼と友情を結ぶことが出来た。僕はそれを嬉しく思っている。気さくで、物腰の柔らかな好青年であった。

 彼のバンドの音楽性は、いわゆる「激情系ハードコア」と呼ばれるもので、はっきり言えば僕の普段聴かない音楽である。ライブ前日に彼らの音源も聴いたが、正直はところ、良さがわからなかった。しかし、ライブを観てからその印象は一変した。

 とても驚いた。まさかあんなに良いとは思わなかった。インディーズのバンドのライブには何度か足を運んだことがあるが、あのような感動を覚えたのは初めてである。ボーカルの彼は本物だ。心から、素直に、僕は興奮と賞賛の念に駆られた。本当に素晴らしかった。


 作品とは作者の被る一つの仮面だ。創作するものは常に仮面を被る。しかし、人は自分の知っているものでなければ上手く語ることが出来ない。それと同様に、自分のうちに似た感情の経験がなければ、仮面を被ってなにかを演じることが出来ないのである。

 よって、作品という仮面には、必ずどこかに作者の面影が漂っている。そして、それがその作品の鑑賞者にある種の「錯覚」を与える。

 芸術に目を向ける人の多くは、何かしらの形で生きることを悲観したことのある人々である。生を否定し、生を憎んだことのある人、人生にウンザリしたことのある人でなければ、芸術に惹かれなどしない。それゆえ、人は芸術に苦しみを求める。自分の苦しみを癒すために、同じ苦しみの影を、作品のどこかに見出そうとするのだ。芸術とは、生に対する一つの復讐の形なのだ。

 歴史的にいえば、この傾向が顕著になったのはベートーヴェン以来である。つまり、作品の中に作者の苦悩を見出そうとすること。ベートーヴェンと言えばロマン派音楽の先駆者としても有名だが、ロマン派の芸術家といえば、皆ぼんやりと死ぬことについて考えていたことは言うまでもない。ロマン派においては、苦悩が一つの作品であり、悲哀に満ちた響きが一つの仮面であったのだ。

 この点について、ポール・ヴァレリーが見事な言葉を残している。

 "ロマンチズム以来、人々はそれまでのように練達を模倣する代わりに、珍奇を模倣するようになった。"


 ここで時代を現代まで巻き戻してみよう。二十世紀後半からロックが流行したが、何故ロックはあれほどまでの人気を博し、そして今も尚、(多くのロックファンの主張とは裏腹に)ロックは根強い人気を誇っているのか。それは他ならない、ロックにおいては、バンド側が既に一つの作品であるからだ。

 ボブ・ディランビートルズの登場は、それまでのポピュラー音楽の流れを変えた。つまり、彼らは自分で作った曲を演奏し、また、そんな自作曲のみでアルバムを構成するようになったのである。無論、それまでにも自作自演をするポピュラー・ミュージシャンはいたが、その殆どはジャズで、歌うたいが自作自演を多くするようになったのは彼らが初めてである。

 自分で作った曲を自分で演奏する、これは客により深いバンドへの感情移入を可能にさせた。さらに彼らロックバンドは、自分なりの言葉で、自分の感情を、つまり自分の弱さを歌おうとする。つまり、ロックバンドは自分の弱さを一つの作品にするのである。こうして、益々客はバンドに食いつく。

 バンドを演奏する側の見た目や年齢にも注目しよう。ロックの客層の多くはやはり若者だが、大抵のバンドは、そんな若者が感情移入をしやすい同年代の人間で構成されている。そんな彼らがステージ上で自分の歌を歌い、そして殆ど奇行とも言えるパフォーマンスを行う。客の若者が平凡であればあるほど、このようなバンドに憧れを持つ。なぜなら、ステージ上での彼らは、まさに非凡そのものだからだ。

 そういう意味では、バンドとはある種のアイドルであり、彼らがステージ上でライブをするのは、演劇が演じられるのと同様である。そして客は、そのような「バンド」という仮面に惹かれる。そしてバンドの面白いところは、それが他のアイドルや演劇と違って、より実際の人物が前に現れているということにある。つまり客側は、バンドが真実めいたものである分、それだけ強くバンドに熱中できるのである。

 この人がステージ上で歌っていることは本当であり、きっとこの人はこういう人物なんだ。バンドというものは、客がそのように勘違いしやすいように出来ているのだ。


 ショパンの音楽の面白い点は、彼の音楽が一つの仮面であるということだ。

 彼の書く音楽は、和声や曲の展開も、どことをとってもロマン派的である。しかし、ショパン自身はロマン派の存在に否定的であった。実際、彼はロマン派特有の表題曲を一つも残していない。

 文学的な題材を取ることもなく、また自分の感情表現として音楽を書くこともなかったショパンの音楽は、だからこそ一つの仮面として作用する。何故なら、音楽の物語性を否定し、自分の感情を表現することを憎んだはずショパンが、多くの場合、むしろ感傷的で、ロマンチックなものとして捉えられることが多いからだ。

 人はショパンに惚れれば惚れるほど、ショパンを誤解することとなる。そしてショパンを知れば知るほど、人はショパンに惚れていくのだ。


 精神的に不安定な日々が続くと、僕はLeprousというノルウェーのバンドをよく好んで聴くようになる。そんな傾向が以前からある。とても好きなバンドだ。1stには余計な要素が多いが、それでも良い作品であるのには間違いない。それから2ndではトリップホップアヴァンギャルド・ジャズの要素が増え、3rdでは全く別の段階へと変化する。4thと5thは全く素晴らしい、近年ロックバンドが発表したアルバムの中でも指折りで優れた作品だと言っても過言ではない。

 苦しみが深くなればなるほど、僕は彼らの無機質な、洗練された、美学的な音楽を欲するようになる。最近は彼らの1stをよく聴いている。無駄は多いが、それでも僕を惹き付けてやまない。強いていうなれば、(後年のように)デスボイスディストーションの効いたギターがなければ、このアルバムももっと愛聴していただろうに。


 人は何かに執着すれば執着するほど、その何かのことを誤解しやすくなる。冷静に考えればありえない話なのに、物事に熱を入れすぎているあまり、そのようなことを考えてしまう。そして、あることないことに散々気を揉んでは、結局答えの出ない問いに悩み苦しむのである。


 他人に与えたくない誤解を与えてしまうことで、僕はよく悩んでいる。

 難しい話だ。

19/08/18 : 読書と経験、目に見えないものの作用、個人的な話

 人間の意識とは、その人の感じている劣等感によって形成されていることが多い。


 短い間に沢山の本を読むよりかは、同じ本を何度も繰り返して読んだ方がいい。ショーペンハウアーはそう書いていたが、それは正しいことなのだ。

 読書というものは、読むのが遅すぎても、または早すぎてもいけない。何故なら、優れた読書体験というものは、それがただの本を読むという行為に収まらず、 一つの実体験として感ぜられる必要があるからだ。

 人間というものは、自分の経験に基づかなければ、なにも考えたり、理解することが出来ない。よって、自分の内側にある感覚的な知識がなければ、目の前にある対象をよく理解することが出来ない。

 その一方で、僕達は絶えず経験から飛び出て物事を考える存在だ。つまり、過去の経験と今目の前にあるものを対比することで、目の前にある未知なものを憶測し、実際以上か、または実際以下に物事を捉え、また考えるのである。

 これが読書においては重要となってくる。つまり、理解できない物事が、必ず本を読む際に、そのどこかに登場するわけだが、それは自分の経験に基づくと同時に、自分の経験を飛び出なければ理解しえないものなのである。自分の理解の域を越えている、ということは、それが自分の経験からは憶測できない、ということでもあるからだ。

 そう、この「経験の壁」を乗り越えるためには、目の前に書かれた文章に過集中して、それを「新しい体験」として、自分自身の中にインプットする必要があるのだ。

 僕達は一つの物事に直面した時、先ずはそれから受けた印象( = 感覚的な経験、知識)によってそれを捉え、次にその印象に基づいて、再びその対象についてを考え始める。つまり相手を自分の印象によって再構築するのである。

 絶えず経験に基づいて考えながら、同時に経験の制約を飛び越えて思考するために、絶えず思考の中で新しい「経験」を手に入れるということ。これは容易な業ではない。恐らく、一度行うのに非常な時間と労力を費やし、神経と精神の両方がものすごく摩耗されることとなる。

 だからこそ、「早すぎる読書」と「多読」は危険なのである。なるほど、それによって「沢山の本を読んだ」という経験はてに入るかもしれない。しかし、それによって知識が手に入るとは限らないのだ。


 時折、あの本を読んだ、この本を読んだ、という人に出会う。そして、そのような人に限って、実際に話してみると、「あの人はそれらの本を読んだのにも関わらず、どうしてこんなこともわからないのか」という感想を抱かざるを得ない場合が少なくない。


 男女の恋愛というものは、目に見えないものへの悩みが増えれば増えるほど、一層ロマンチックなものとなる。

 相手に関する悩みや思いとは、それに明確な答えが存在しない。そして明確な答えが存在しないという、そのような曖昧さに基づかなければ、人は恋愛をすることが出来ない。逆に言うなれば、人の恋愛を支えているものとは、皆「目に見えないもの」なのだ。そして、人の恋愛をより美しいものにするのも、この目に見えないものの働き、作用に他ならない。

 恐らく、文通などの言葉にロマンチックな印象を受ける人は多いと思われるが、その理由もこれに基づくものである。そう、文通とは目に見えないものに基づいて行われる、つまり人の心と心の駆け引きである。


 言葉には言い表せないものの集合体であり、無数の口にされなかった言葉によって、人の文章上のやり取りというものは交わされる。

 僕達に必要なのは、自分が信じられる「目に見えないもの」を獲得することなのだ。


 浴室に入ってシャワーを浴びる際、僕は時折、鏡に映る自分の姿を凝視する。正確に言うなれば、僕は鏡に映る自分の肉体を凝視する。

 あばら骨が浮き出た上半身を見て、自分が思った以上に痩せているということに気がつき、驚く。上半身を反ると、浮いたあばら骨は益々その輪郭をはっきりさせる。それをじっとみていると、いかにも奇妙な気持ちになる。

 これは本当に自分の体なのだろうか。悲観しているのではなく、単純な疑問としてそう思うのである。


 昨日、曲が完成したのはいいものの、まだその録音を行っていない。近いうちにそのデモを録るつもりでいる。

 一度曲が完成すると、それに続くように他の曲も完成させやすくなるようだ。つまり、今日も一曲、完成したのである。それもまた後日、同じようにデモを録音しなければならない。そして両者ともに、録音が終わり次第、他の人に聴いてもらおうと思う。

19/08/17 : 個人的な話、サルトル、作詞の完成

 人は他人によって変えられることはない。そうでなくて、人は他人を通して(または他人を利用することで)自分を変えるのである。


 精神的に安定しない日々が続く。

 特に一人でいる時は、絶えず頭に死の影が思い浮かぶ。毎日、来る日も来る日も、自殺という考えに僕は囚われている。苦痛が絶え間なく、吐き気のような不快感が何時間も襲うかと思うと、次には神経が麻痺するような感覚に陥る。音楽を聴く時間も減り、本を読む時間も減った。代わりに、何も出来ずにベッドに横たわる時間が増えるばかりだ。


 先月末に、何となしに副業のバイトを始めてみた。しかし、それも先日辞めてしまった。理由は特にない。これからは再び前から続けていた仕事に専念することにする。

 一ヶ月ももたなかった。コンセプトカフェでのバイトの方が厳しかったのに、それよりもずっと早く辞めてしまった。


 生きた心地がしない。暇つぶしをするかのように毎日を生きている。


 僕はサルトルに対して個人的な憧れを抱いて いる。彼は哲学者であると同時に小説家であり、劇作家であり、そして評論家でもあった。何より、彼は行動する知識人であり、一人の偉大なカリスマであったのだ。要するに、彼は僕の理想なのである。

 ここで僕が思い出すのは、パスカルの残した箴言だ。

 "この世の主人は力であって、世論ではない。"

 「他者」とは、人に最もよく働きかけやすい概念である。人が自らの心が動かされるのを感じるのは、自分が共感と共鳴を覚えやすいもの、つまり感情移入しやすいものである。そして、人間が最も感情移入しやすい対象とは、やはり他ならない同じ人間である。

 次に、人間は概念に突き動かされることによって生きている。概念( = 知識)は、それを得た人にそれに基づいた行動をとることを強いる。つまり、人は自分の知っている「概念」に自分自身を寄せるのだ。人は与えられた概念( = 知識)に自分を合わせて、偽りの自分自身を演じるのである。

 よって、他人が共感を覚えやすく、同時に優れた、革新性に富んだ「概念」の提示を行える人がいたとすれば、その人は優れた影響力を持つカリスマとして、多くの人の人生を変えることが出来るのだ。

 では、そのように優れた、強い影響力を持つカリスマであるためには、何が必要か。それは、すなわち弱くあるということ、そして自分の弱さに苦しめられるということだ。


 僕は強さを求める。しかしそれは、僕自身の弱さに対する復讐心に基づくもの、つまりルサンチマンの発作であるということを、僕は知っている。

 今日までに何度も考えた。僕を苛むこのような「弱さ」が存在しなければ、今頃もっと自由に、もっと多くのことを成し遂げられていたのではないか。しかし実際は違う、僕は自分の弱さに苦しめられ、このように無意味な幻滅の日々を送っているだけだ。

 そうだ。僕は自分がこのように病んでいなかったら、もっと強く、力のある人間として、自分の意志を大いに行使していた。そう何度も考えた。こんな風でなかったら、もっと今頃人生は上手く行っていた。だからこそ悔しい。実際は違うからだ。こんなはずではなかった。僕は、いつまで経っても、何も、何も上手くいかないままだ。

 もっと力が欲しい。僕は自分よりも強い人間に憧れる。僕は自分自身に復讐したくて仕方がない。しかし同時に、僕はこのような自分の考えが間違っていることも知っている。だから困っている。それに、いつまで経っても力は手に入らない。

 こんな現実が憎くて仕方ない。


 サルトルは文体も魅力的だ。『存在と無』は、偉大な哲学書であると同時に、サルトルの瑞々しい感性の閃きを感じられる書物である。彼はあれをカフェに通いつめながら書いたらしい。だから『存在と無』の中には、他の哲学書には見られないような生き生きとした描写が多く含まれている。


 日中には寂しさにも似た不安げな焦燥感によく苛まれる。そして、この胸を締め付けるような痛みは、僕を苦しめるのと同時に僕自身がとても空っぽな人間なのだと感じさせる。


 ついに曲が一つ完成した。これまでに難航していた作詞の作業が、なんとか乗り越えられたのである。とは言ったものの、歌詞は僕の好きなリルケの詩を下敷きにしながら書いた。やはり作詞の題材というものは中々思い浮かばない。だからこれは、僕の曲にリルケの詩を載せたようなものである。

 詩は、リルケの『花嫁』という詩を題材にした。19/08/11の日付の日記にそれが載せてある。とても美しい詩で、僕の大好きな詩だ。

 そして次に載せる文章は、そんなリルケの詩に基づいて書いたものである。良ければ読んで頂きたい。

"私を呼んで、恋人よ 私はずっとあなたを待っている。
窓辺に立ち、窓の外を眺める。並木道は夕日に染められている。
日が暮れゆき、夕暮れはもう私の見張りをしてくれないから
あなたの声で、早く私をあなたの夜の家に閉じ込めて。

窓の外にある 藍色の庭は、日が落ちれば夜の内に溶けてしまう。
夕暮れが逃げ、並木道にはもう誰の姿も見える事がない。
早く呼んで、だから 私をあなたの夜の家に閉じ込めて。
それでなければ、私は藍色の庭に消えてなくなってしまう。

日が暮れゆき、夕暮れはもう私の見張りをしてくれないから
あなたの声で、早く私をあなたの夜の家に閉じ込めて。
それでなければ、私は藍色の庭に消えてなくなってしまう。"

 曲の名前はまだ考えていない。一応完成を見たが、ここからいくらか歌詞の加筆が行われるだろう。

 しかし読み返してみると、自分が思った以上に女性的な歌詞で、少し気恥ずかしい気持ちになってしまう。

19/08/16 : 生活と変化

 僕の部屋には食料がない。食事は毎日、その場で買って済ませている。

 部屋には元々備え付けられていた小さな冷蔵庫がひとつある。そこにはめんつゆと醤油、マヨネーズ、そして卵が数個が入っている。それ以外には何も無い。そして、この三つの調味料と卵だけが、僕の部屋にある数少ない「食べられるもの」である。

 食事の度に、僕は近場へと外出をする。僕は一日に二度の食事を行う。一つはコンビニによって、ホットコーヒーのレギュラーサイズを買う。そして別のコンビニで1000mlのトマトミックスジュースと、レトルトの白米の300gパックを買う。家に電子レンジがないため、白米はそのコンビニの電子レンジで温める。帰路に着く。ここまで、合計二十分と少しである。

 よって、一度目の食事は、レトルトの白米と、1000mlのトマトミックスジュース(これを一度に全て飲む)、そしてレギュラーサイズのコーヒーのみである。正確に言えば、レトルトの白米には、小さな冷蔵庫の中で保管してあった卵と、めんつゆ、そして醤油をかけて食べる。

 二度目の食事も、1000mlのトマトミックスジュース(今回もやはり全てを一気飲みする)と、レギュラーサイズのコーヒーは必ず飲む。しかし主食は、この場合、その時の気分によって変える。

 僕の普段の食事は、おそらく固形のものよりも液状のものの方が多い。それにこだわりがあるわけではない。ただ、トマトミックスジュース(以前はオレンジジュースだったが)、これは必ず毎日2000mlは飲む。コーヒーもレギュラーサイズを必ず二杯は飲む。強いて言うならば、それが僕の食事における決まり事である。


 今、僕が思い浮かべているのはヘラクレイトスの事だ。

 彼の残したとされる川のたとえ、「同じ川に二度入ることはできない」という言葉は、中々見事なものだと思う。なるほど、川は変わらずにそこにあり続ける。しかし、川に流れる水は絶えず前方へと押しやられ、それは流動し続けているのだ。


 自室を見渡す。楽器と本、それにベッド、衣類が数着。それ以外には何も無い。

 ワンルームであるが、リビングの電灯は(引っ越してから数ヶ月経つが)面倒なので設備していない。元々台所と玄関先に電灯が設置されており、その二つの明かりだけで、案外不自由なく生活ができる。


 先日、僕は自分の部屋の写真を撮った。すると、それを見た知人が「まるで独房のようだ」という言った。僕はその言葉が気に入っていた。

 なるほど。そう思い、再び僕は部屋を見渡してみる。すると、確かに独房のように見える。部屋には本棚がないから、僕の所有する大量の本は、そのまま床に積み重ねてある。それがまた監獄のような無機質さを醸し出している。

 そして僕は、この心地よい冷たさに、どういうわけか少なからぬ愛着を抱いている。これで良い、これが良い。この方が生活がしやすい。


 人間は絶えず変化を強いられる存在だ。

 僕にとって、今年の八月は、これまでにないような八月であった。それは良い意味でもなければ、悪い意味でもない。言葉通りの意味である。

 よって、これは他の場合にも言える。つまり、去年も、一昨年も、そしてその前の年も、一度として僕は、同じような八月を過ごしたことがない。おそらく、来年も今年とは違う、これまでにない八月を過ごすのだろう。


 先程の話に戻ろう。そう、部屋に食料がないから、僕は否応なしに、一日に一度以上は部屋を出なければならない。そして、その際に僕が歩く道のりは、おおよそいつも同じである。

 途中で、僕は公園を通る。今は夏だから、公園では、蝉の声が人々を包み込んでいる。それは合唱というよりかはむしろ音の集合体であり、豪雨のような凄まじさである。

 僕は自分の身を降り注ぐ蝉の声の内へと投げ出す。僕という存在が無数の蝉の出す騒音によって埋もれていく。さながら夜の闇に自分の意識が消えていくかのように、今度は自分の存在が音の集合体の中でかき消されていく。上手く理解してもらえるかはわからないが、これがとても心地よい。


 変化というものを、多くの人は誤解している。人がなにか突然大きな変化を遂げるといえ事は決してないのだ。何故なら、人は自分のなにかが変わっても、それに気づかないまま生活している場合が多いからだ。

 そうして気づかないうちに蓄積されていった変化が、ある日突然目に見える形で僕達の目の前に現れる。それがあまりにも唐突なので、僕達は戸惑い、こんな大きな変化が自分のみに降り掛かってきたことを嘆く。

 しかし違う、その人は誤解している。その人は既に変わっていたのである。ただそのことに、本人が気づいていないだけなのだ。


 今年になってこの住まいに引っ越してきたが、来年の春頃には、恐らくまた引っ越すであろうと思われる。


 「運命愛」という概念は、自分を支配している絶対的な存在、「運命」という観念を信じる、という意味ではない。そうでなくて、自分がこれまでに体験し、そして自分を苦しめもした、無意味で偶然の産物たち、これらを「それでもいい」と肯定するということである。

 つまり、たとえ悲劇的なものが運命の本質なのだとしても、それを良しとして肯定するということ。自分の人生の不条理を、すなわち「運命」の残酷さを、受け入れるということ。そのうえで、生きることを意志するということ。

 これがニーチェの唱えた「運命愛」の内容である。

 悲劇、それは不条理を肯定することであり、また不条理の残酷さを乗り越えるということだ。運命愛は、そしてそんな悲劇を愛し、またその先にあるものを意志するということなのだ。


 来年にはまた引っ越すのだから、家具はこれ以上、必要ないだろう。だから、おそらくこのまま洗濯機も、冷蔵庫も、テレビも、それに食器やその他生活用品も、僕は買わない。それでいいのだ。必要ないのだから。食料も、その日その日の必要に応じて買えばいい。

 しかし、やはり本棚は買うかもしれない。

(ちなみに洗濯は、週に何度か、近場のコインランドリーで済ませている)


 ドゥルーズの書いたニーチェ論が何故あれほど革新的だったのか。それは、彼が他の哲学者たちと違って、ニーチェ自身ではなく、ニーチェの思想に注目したからである。

 大抵の場合、ニーチェを論ずるとき、人は彼を狂人として扱う。その上で人は、いわば距離を置いた状態で、腫れ物のようにニーチェの思想に触れるのである。

 それがよく現れているのがハイデガーである。彼はニーチェを『最後の形而上学者』と呼んだのだ。

 ハイデガーニーチェ論の面白さは、既存の価値観に歯向かおうとしたニーチェを、むしろプラトン以降の西洋哲学の伝統の一部として語ったことだ。これにはニーチェ自身の生涯が背景として考えられているように思われる。つまり、理想(イデア)主義者であり、敬虔なキリスト教家庭で育ったニーチェ本人の性格を考慮されているのである。

(そしてハイデガーの面白いところは、彼が「存在している」ということに注目し、人間の不安や孤独の分析に力を注いだニヒリストであるにも関わらず、その堅苦しい思想にはある種の敬虔さが感じられるということだ)

 対してドゥルーズの面白いところは、彼がニーチェの試みそれ自体に注目しているということである。つまりドゥルーズは、ニーチェ自身ではなく、ニーチェが書物の中で語ったことに重点を置く。そこに彼のニーチェ論の面白さがあるのだ。

 よく、ドゥルーズの思想がプラトン主義の転倒だとして語られることが多い。しかし、それは正確ではないように思われる。プラトン主義の転倒の試みは、既にニーチェがその著作の中で(言葉上では)行っているのである。そして、それを踏まえたドゥルーズの思想は、プラトン主義の転倒というよりかは、むしろプラトン以降の西洋哲学の再構築である。実際、彼はニーチェと同様、ソクラテス以前の哲学者であるヘラクレイトスに注目している。

 なるほど、確かにドゥルーズプラトンヘーゲルに抗うが、しかし彼の思想や彼の態度、そして彼が「フィロゾフィー(哲学)」の「フィロ(友愛)」についてを語る様子には、ある種の高潔と潔癖さが感じられる。その点に関して、彼ドゥルーズプラトニックであってイデア的だ。

 よって、プラトンを覆すというよりかは、プラトンと同じ立場で哲学を構築する、といった方が、ドゥルーズの場合は正しいように思われる。


 僕が初めて大きな変化を経験した時、それがあまりにも唐突なことのように思われため、非常に戸惑ったことをよく覚えている。突然ひとりぼっちの暗い部屋の中に閉じ込められたような気がした。今まで近くにあったと信じていたものが、突如僕の遠くへと離れてしまったのを感じた。当時の僕は、それをとても悲しんでいた。

 しかし僕は間違っていた。なるほど、今まで近くにあったはずのものが遠くに感じるということは、確かに悲しいことでもあるが、それは同時にいいことでもあるのだ。

 近くにあったものが今や遠くに離れている。それはつまり、それだけ自分の周囲が広がったということである。すなわち、それだけ自分の目が開けて、様々な可能性へと目をやることができるようになった、ということだ。

 いま思えば、この悲しむべきように思えた、大きな変化が、僕の人生の新たな始まりとなったのだった。そして僕は知ったのだ。人は変わるのではなく、変わることを強いられるのだ、と。

 それならいっそ、変身を意志すればいいのだ。僕は今この瞬間も、絶えず変わり続けている。もとい、変わることを強いられ続けている、と言った方がいいのかもしれない。そして、僕はそれを拒まない。このまま先に進みたい、今はそう願っている。


 他人に話すと驚かれるが、これで僕は、自分が不憫な生活をしているとは思っていない。少なくとも自分では、悪くない生活だ、そう思っているのだ。

19/08/15 : 不安と孤独の分析、そしてその解決策、またはアベローネのこと

 不安。それは一種の疑惑であり、また恐怖でもある。つまり、人は、そこに存在しているはずのものが、実は存在していないのではないか、そう考えるために不安を覚えるのだ。

 例えば人は、夜、孤独になることを恐れる。暗闇の中で一人、誰とも連絡を取らず、また誰の声も聞こえず、誰とも関わりを持てない中でいると、人は自分がこの世界の中でどこまでもちっぽけな存在で、いてもいなくても同じ存在だ、そのように感じる。

 このように、「存在していないこと」への恐怖とは、孤独と密接な関わりを持つのである。

 だからこそ人は孤独を恐れる。自分が「何か」であって、確かに存在している、そのような安心感を得るために、人は他人を求めるのだ。不安というものは、このような自己存在の不確かさのために生じる。

 時折、次のような人間を見かける。つまりよくよく不安にかられて、とにかく他人に必要とされることを求めるような、情緒の不安定な若者。彼または彼女が、他人に必要とされたいと願うのには理由がある。つまり、他人に必要とされることを通して、その人は他人から「こうして欲しい」という「制約」を得て、自己存在を安定させようとしているのだ。

 多くの人が求めているものは、自由よりも制約であり、また服従である。人は自由に何かができるようになればなるほど、自分自身の可能性を獲得することになる。そして、可能性を獲得すればするほど、かつての自分の生きていた世界とは違った世界で生きることとなる。

 つまり、これまで自分が「そこにある」と信じていたものが、次第に失われていくのである。

 そして、このように「信仰」が失われていくにつれて、人は不安を覚える。そう、「これまでは存在していると思っていたものが、実は存在していないのではないか」という、恐怖と疑惑に苛まれるからだ。

 このことをドストエフスキーはよく理解していた。つまり、能力の高い人間ほど、または力強い自己を持つ人間ほど、自分の服従するべき存在を求めるのだと、彼は小説の中で書いているのだ。

 優れた才能を得るほど、人は自分の可能性を広げることとなる。そして、可能性が広がれば広がるほど、人は自己存在の不確かさを痛感し、不安を覚える。この不安を解消するためには、自分を制約し、束縛し、必要とし、そして何より、自分が服従すべき存在を必要とする。

 それでは他者から求められることによって、この不安の世界から逃れることができるかとなれば、それはそうでもない。何故なら、人と人との間には、必ず乗り越えがたい意識の断絶が存在するからだ。

 僕達はそれぞれ、無意識の構造が一人一人異なっている。たとえどれだけ近い境遇で生まれ育った場合であろうと、それは言えるのだ。何故なら、僕達が今日まで経験したこと、見聞したことが全て一致する誰か、そんな存在はどこにもいないからだ。よって、僕達は一人一人、それぞれが、違う人間であらざるを得ないのである。

 その一方で、誰かを愛し求めるということは、その誰かと一体になりたいという願いの表れである。しかし、愛し合う両者の意識の間には必ず壁がある。ここには乗り越えがたい不条理が存在する。

 だからこそ、人は誰かを愛する時、幸せな思いよりもずっと不幸な思いを経験することとなる。何故なら、人が誰かを愛するということは、相手に理不尽な要求をするということであり、報われない思いやりに心を尽くすことであり、相手のために苦しむことであるからだ。

 つまり、人間というものは、それぞれがそれぞれ、避けがたく孤独なのである。家族であろうと、友人であろうと、または恋人であろうと、完全に意識を共有することが出来ないという意味では、僕達は死ぬまで孤独なのだ。

 ではこの不安と孤独の現実に対して、僕達はどうするべきか。そのような疑問が湧いてくる。それは簡単である。その現実を肯定してしまえばいいのだ。

 古来より、キリスト教では、このような人間存在の不条理を「罪」と呼んできた。創世の始めに、アダムの犯した「原罪」のため、人間は神の楽園から追放された。人間の不安や孤独、苦悩、対立の問題は、皆、アダムとイブが罪を犯して神に背き、楽園を追い出されたからだ。だから人間は神の完全から離れ、今のような不完全な存在になったのだ。これが聖書の教えである。

 それはその通りなのかもしれない。しかし、ここでニーチェサルトルの指摘に耳を傾けてみよう。僕達が不安や孤独、苦悩、対立の問題に苦しめられるのは、それだけその正反対の可能性を知っているからなのだ。つまり、安心や喜び、愛、そして誰かと一体であると感じられる繋がり。僕達はこれらを知っているのだ。

 さらには、人間存在の不完全さが、今日までの人間の文化と文明を発展させてきたことは明白である。文明の進歩とは、人の不満が満たされなかったから生じる。人間の持つ否定的な側面が、同時に肯定的な側面を生み出しているのである。

 ではどうするべきか。つまり、否定的な側面を厳しく取り締まり、肯定的な側面を強化すればいいのだ。

 僕達は不安を覚える。しかしその時、僕達は安心を覚えることの喜びを知っている。僕達は孤独に苛まれる。しかし同時に、誰かと愛し合うことの喜びを知っている。僕達に苦しめ、苛む「否定的なもの」は消えない。しかし、それだからこそ、僕達は「肯定的なもの」の可能性を絶えず感じることが出来る。

 そうだ、不安や孤独の問題は解決されない。それは死ぬまで付きまとう。人間の不安は、孤独は、いつまでも消えずに、僕達を苦しめるのである。しかし、それでも僕達は、それらの苦しみを「それでもいい」と言って肯定することができるはずだ。何故なら、それらに苛まれる時、僕達はその反対の可能性をも知っているのだから。

 世界は深い。それは昼が考えたよりも深い。嘆きは深い。しかしよろこびは断腸の悲しみよりも深い。

 だからこそ、能動的に意志するということ。これが大切なのだ。


 "僕がアベローネを見たのは、ママンが死んだ翌年だった。"

 『マルテの手記』のアベローネの登場箇所だけを、時折開いて読んだりする。この小説で最も好きな場面だ。何度読んでも美しくて、胸の奥から震えがちな感情が湧き上がってくるのを感じる。それが本当に素晴らしくて、僕は何度も、何度も、貪るように読んだ。初読時は見開きのページいっぱいに張り付くかのようにして読んだ。描かれている内容の全てが僕を魅了した。その一文一文が、僕には皆真実であるように思われた、

 "「結婚する人がいなかったんだもの」と、彼女は造作なく言って、急に顔が美しく輝いた。アベローネは綺麗な女だろうか、と僕はびっくりして考えてみた。やがて僕は家を離れて、貴族の子弟のための学校へ入学した。不愉快な、嫌な時代が始まった。ソレエの学校では、他の生徒たちから一人離れて窓際に立っていると、僕はやっとうるさい喧騒から逃れることが出来た。僕は窓の外から樹木を眺めた。そんな折や、夜にじっと寝床にいる時、アベローネは美しい女だという確信が僕の胸に生まれてきた。僕は彼女に手紙を書き始めた。長い手紙、短い手紙、秘密な手紙を書いた。僕はウルスゴオルのことを書き、僕は不幸だと書いた。今から考えてみると、これらは恐らく恋文だった。やがて待ち遠しかった休暇が来た。僕達はひそかな約束でも交したかのように、人目のないところでそっと会いたいと思った。

 無論、二人の間に約束などあるはずはなかった。しかしふと、馬車が庭に入った時、僕はそこで降りてみたくなった。多分、僕はどこかの旅行者のように馬車を走らせることが嫌だったのだろう。既に真夏であった。僕は一つの横道に走り込んで、えにしだの木の側へ行った。そこにアベローネが立っていた。美しい、可愛いアベローネ。

 お前が目を上げて僕を見た瞬間のことを僕は忘れることが出来ない。顔を心持ち後ろにのけぞらせて、二つのひとみを不安定な宝石か何かのようにじっと受けとめかねていたお前のいじらしさ。

 僕は気候が一変してしまったのではないかと思った。ウルスゴオル一帯は僕達の息吹で、急に温和な避暑地になったのではないかと思った。庭の薔薇の花が十二月までも美しく咲き続ける温暖な国ではないかと空想した。

 アベローネ、僕はお前のことを書きたくない。それは僕達が、お互いに偽っていたから書かぬというのではない。お前は一生忘れえないただ一人のひとを、その時から愛していた。お前は愛せられる女ではなく、「愛する女」だ。なのに、僕は女という女の全てをお前の中で愛していたのだ。そこには大きな埋められぬ距離があった。しかし、僕はそれは怖くない。僕はただ書けば何かしら事実を下手に歪めるだけなのを恐れるのだ。"

 『マルテの手記』におけるアベローネは、『失われた時を求めて』におけるアルベチーヌのような存在で、アベローネの登場から、この小説の内容は静かな変化を遂げることとなる。そういう意味でも、アベローネのこの登場箇所が、この小説を読む上での鍵と言っていいかもしれない。

 "アベローネ、僕はお前と今一緒に立っているような気持ちがする。アベローネ、お前はこの気持ちが分かってくれるだろうか。僕は是非これが分かってくれなければならぬと思うのだ。"


 以前、僕にはやりたい音楽の形式がひとつあった。それは、若い女性を一人、前に立たせて、彼女に歌を歌ってもらう。その代わりに、僕は覆面なりを被って素性を隠し、歌以外のものを全て、作詞作曲から編曲、それに楽器の演奏まで、その全てを担当する。このようなものだ。

 僕は人前に立つのが苦手だから、それを見栄えする若い女性に担当してもらう。マーケティングがそれで良しとして、僕は思う存分に音楽の方に専念できる。

 中々いい案だと思っていた。しかし、この考えを抱いてから数年が経過した今、未だにこれが実現する気配はない。よって諦めの表れとして、この際ここに書いておこうと思ったのだ。