公開日記

その名の通りです

19/09/12

 その人の現状とは、その人が守りたいと思っているものによって成り立っている。その人が選んだ選択とは、その人が求めたものというよりかは、その人が固持したいものに基づく場合が多い。

 これからを生きていく上で、僕は何らかの犠牲を払わなければならない。そして、僕がなにを犠牲にするかが、僕のこれからを決定することとなる。

 上京してから今日に至るまで、僕は様々な環境に身を晒してきた。中にはここでは言えないようなこともある。そして、ここでは言えないようなこともしてきた。

 それでも、そのような生活の中で、僕は絶えずひとつの事実に突き当たった。それは、結局自分は世間知らずの、考えの甘いお坊ちゃんだということである。

 そしてできることなら、僕は自分の「甘さ」を犠牲にしたくない。お坊ちゃん的でない、「甘く」ない人達の考え方が、僕には不潔な、間違ったもののように思えるからだ。

 僕の今日までの生活の苦しさと、これからの生活の苦しさを一言にまとめれば、自分の抱く誇りが弊害となっている、それだけで済むとさえ言えるかもしれない。

 今日までに、僕は様々な危機に晒されてきた。今、僕は再び自分が危機的な状況に晒されていることを感じている。僕は再び、何かを犠牲にしなければならない。

 汚れたものになることへの第一歩は、無垢な子供のふりをすることだ。

 人間の表情には、彼の普段の生活や、彼がこれまで生きてきた生活の反映が、多かれ少なかれ現れている。人の顔がその輪郭のために誰かを不快にさせることは滅多にない、その表情が誰かに不快な印象を与えるのである。元々の顔の作りが悪くなくとも、その表情が与える印象から、その人を決して美しいと言えないものにすることだって少なくない。

 悲劇を生きるということは、自分の身に降りかかる悲劇それ自体を肯定することである。自分の不幸を笑いの種にする人は、たいていの場合、自分の不幸に諦めをつけている。よって、その人の不幸は、既に冷笑的(シニカル)な喜劇なのだ。

 生活を営む中で、僕はこのまま自分が生活の荒波の中に消えてなくなってしまうのではないかという不安に襲われる。もとい、そう感じることは少なくない。

 僕は自分の潔癖さを保ちたい。しかし、生きるということは、僕に何らかの形で汚れることを強いるのである。僕は影から逃げ惑うが、逃げた先には別の光に照らされた影が存在している。

 何かを選択し、何かを犠牲にすることを強いられている。

19/09/10-11 : 思い出すこと

 十代の後半頃、僕は精神を病んでいた。月に何度か病院に向かい、そこで処方された服用する生活を送っていた。処方された薬は主に二つで、ドグマチールジプレキサだった。ジプレキサは(知っている人はご承知の通り)非常に強い効き目を持つ薬である。当時、受験勉強に精を出したいと願っていた僕にとって、それは僕の理性の働きを濁らす、まさに悪魔のような存在だった。だから、普段はそれを殆どとらずに、ドグマチールを規定量ずつ飲んで生活をしていた。ドグマチールだけでも、多少なりとも精神的な苦痛は緩和された(薬に頼る前、僕は絶え間ない精神的な苦痛を味わっていた)。

 しかし、そんな生活が半年ほど続いた後に、一つの事件が発生した。ドグマチールが効き目を持たなくなったのである。規定量を飲んでも、それは僕の精神を和らげてくれなかった。終わらない不安に苛まれる日々が、再び始まった。しかし、ジプレキサに頼ることは出来なかった。なぜなら、もしそれに頼り始めたら、自分はこれから廃人同然に生きていくことになるからだ。当時の僕はそう憶測したが、それは決して間違っていなかったように思われる。あれはそれほどに恐ろしい効き目を持った薬だった。

 そんな僕のかかりつけの医師は、その病院の院長であった。よって、僕は院長に訴えた、ドグマチールがもう効かない、と。しかし、院長はドグマチールの代わりの薬を用意しなかった。そうでなくて、彼はジプレキサの量をさらに増やしたのだ。

 この頃から、僕は一度の通院につきの薬の代金のために一万円以上を支払うこととなった。

 このまま精神科に頼っていてはいけない。このままでは僕の人生が終わってしまう。僕はそう感じた。以来、病院と薬に頼らずに、いかにして自分の精神的な危機を乗り越えることができるか、それが僕自身の課題となった。

 精神を病んでいた頃、僕は学校を休みがちだった。当時、今よりもずっと独善的な性格をしていた僕は、自分が学校を休んでいる理由を(保健室の先生以外に)話していなかった。見た目も当時は(ワックスなどをつかって)やや派手であったため、教師の多くからは素行の悪い生徒として見られるようになった。自ずと、クラスから浮き始めた。以前は普通に話していた級友が僕の陰口をヒソヒソと話していた。

 特に、学校でも重要な行事を通院のために休んだ後の日には、他人の先生から「私はあなたを絶対に許さない」と言われた。あれはとてもショックな出来事だった。僕は次第に学校での孤立を深めていった。

 しかし、そんな状況もついに変化を迎えた。唯一、僕の事情を知る保健室の先生が、僕の担任に、僕についてのことを話したのである。通院した次の日、僕はその事を知らないまま、普段通りに登校した。僕がいつものようクラスへ入ると、途端に野球部の知り合いの何人かが気さくに僕に話しかけてきた。何事かと思い、驚いた。やがて、彼らが台風のごとく去っていった。そしてその時、僕と仲の良かった友人の一人が、静かに言った。お前、通院しているんだって?昨日、担任が授業中に話していたよ。

 僕は彼から詳しい話を聞いた。その日、僕の担任の受け持つ授業である英語が行われた時、クラスメイトの一人が、僕のことを「今日もサボっている」と言ったらしかった。その時、あの担任が僕のことをかばったというのだ?違う、あの子は病院に通っていて…。

 僕はそのことを聞いた時、とても申し訳ない気持ちになった。僕はそのような他人の優しさを前にして、何も出来ないでいる自分を見つけた。僕はこのように人から優しくされた時、どうすればいいかがわからなかった。それからも、僕は彼らの優しさをつきのけて、独りよがりな態度を取り続けた。

 当時のクラスメイトの大半は、僕のことなど忘れて生きているだろう。しかし、僕は今でもあの頃の日々を覚えている。そして、それを強く後悔している。もっと他人の優しさに応えられる人間でいたかった。どうしてあの時ああしなかったのか。何故ああすることはできなかったのか。あの頃に戻れるなら、僕はクラスメイトの何人かと、そして担任とに、謝りたい。


 高校三年生の頃の日常は、僕にとって陰鬱な印象を保ち続けている。今でも覚えている。僕は三者面談の際、父に責められて、その場で過呼吸になってしまったことがある。急いでトイレに行き、個室にこもって泣きながら、少々、嘔吐した。

 僕はといえば、他人の前で醜態をさらしたとして、今でもその時のことを恥じている。

 当時、父は何としても僕の病気を認めようとしなかった。一時期は僕が痩せたことを、僕の体の弱さのためにして、胃カメラを入れる検査をさせたりした。父との確執が深まったのはあの頃が初めてであった。


 僕は学校が嫌いだった。文化祭にだって上手く馴染めなかった。しかし、本当はそれに馴染みたかったし、楽しみたかった。ただ、どうしても手が届かなかった。少なくとも、当時の自分はそのように感じていた。

 高校の終わりごろ、僕は下校途中に、偶然、さる同学年の男子生徒と遭遇した。その生徒と僕とは、ちょっとした因縁があった。彼は以前、僕のことを「女のような見た目をしている」として、半ばいじめていた人物であった(とはいっても、そんなに酷いことはされていない)。

 僕はその日、彼と一緒に帰路につくことにした。話していくうちに、彼が気さくで、優しい、とてもいい人物であるということに気がついた。そして、僕は気がついた。どうして気がつくのがこんなにも遅かったのか、と。もし、僕が違う態度を持って、もっと誰かに対する心遣いをもって生きていれば、もっと早くそのことに気づいたかもしれなかった。

 しかし、気づくにはあまりにも遅すぎた。それから間もなくして、僕は高校を卒業した。


 学生時代の後悔として、さらに大きなものが一つある。それは中学生の頃の出来後だ。

 一人の少女が、ある日僕達の学校に転校してきた。それは大人しい、内気な女の子だった。転校してきてから少し経つ頃、僕達の学校で行事が行われた。わけあって、僕はその子と行動を共にすることとなった。その時、僕達は初めてお互いに口をきいた。彼女は思った以上によく話す子で、僕に色々なことを話してくれた。以前の学校では不登校だったとか、ここ(僕達の学校)では上手くやっていきたい、など。こうして、僕達は友達になったのである。

 しかし、その日の終わりごろになると、事態は一変した。その子と僕が一緒にいる所を、当時、僕と仲の良かった男子生徒の数人がからかいながら笑ったのである。やめろよ、と笑いながら言う僕に対して、向こうはずっと下を向いて、無表情のまま、じっとしていた。彼らが去っていくと、その子は何事も無かったかのようにさっきまで話していたことの続きを話した。さらに次の問題が起きた。そんな心を開き始めた彼女の態度を見て、他の生徒達が「調子に乗っている」と陰口を叩き始めたのだ。彼らの声は大きかった。きっとあの子も聞こえていたに違いない。

 そして次の日、彼女は学校に来なくなった。

 その時の事で、僕は当時の同級生たちを責めるつもりはない。子供だから、過ちを犯すのは仕方の無いことだ。しかし、僕は自分自身に対して次のような疑問を抱くのである。あの時、もっと別な態度が取れはなかったのか。何故、自分たちを茶化しにきた友人を止めることが出来なかったのか。何故、彼女の悪口を言う生徒を見過ごして、「やめろ」と言えなかったのか。


 僕の現在は、自分がかつて後悔したことの積み重ねだ。できる限り、誰にでも優しくありたい。そして同じように、できる限りでいいから、誰かの期待に応えられる人間でありたい。なぜなら、僕は不特定多数の誰かに対して謝りたくて仕方ないからだ。

 こんな自分が間違っていることはわかっている。なぜなら、これは過去に対する反動であるからだ。過去に「悪」だと見なしたものに対して、今、このように復讐しているに過ぎない。それは間違っている。なぜなら、復讐心とは相対的なものであり、それはいくら相手に復讐を重ねても満たされるとは限らないからだ。

 あともう少しで、僕は自分の十代の影から抜け出せるような気がする。しかし、あと一歩、ほんの少しの何かがかけている。それさえ手に入れば、僕は十代の後悔の数々を克服できる。しかし、僕にはその自分に足りないほんの少しのものがわからないのである。


 近い将来に、僕は必ず家族との縁を切る。戸籍上の名前も必ず改名する。それは、家族を憎んでいるからでは無い。ただ、これ以上はあまり関わりたくないからだ。

 僕はキリスト教の洗礼を受けている。その理由はいくつかあるが、その一つとして、家族と同じ墓に入りたくなかったというものがある。

 洗礼を受けた当時は、家族との、特に父との確執が大きかった。今は特に恨んでもいないが、当時は泣くほど父が恨めしかった。人生で初めて殺したいと願った相手が、僕の場合は父だった。

 高校生の頃、僕と父は祖父の家に居候した。祖父の家には、僕と父と祖父の他に、叔父が暮らしていた。この叔父は色々と問題のある人だったが、父はそんな叔父のことを、裏で「同じ人間だと思っていない」と言って軽蔑していた。当時、僕はそんな父のことが許せなかった。

 差別というものは、自己肯定のために行われることが多い。下に見る対象を作ることで、自ずと自分自身を上に立たせるのである。つまり、差別とは間接的な自己愛の現れなのだ。当時の僕には、それが許せなかったのだ。

 しかし、今は誰も恨んでいない。昔を思い出したくないわけでもない。ただ、純粋にあまり会いたくないのである。家族のことは嫌いではない、それは本当だ。ただ、会いたくない、それだけなのである。

 キリスト教のおかげで、今の僕には家族と縁を切る口実ができた。しかし、何もそれだけのために改宗した訳では無い。もうしばらく教会には通っていないが、僕は今でも神を信じている。

 今でも、僕は聖書を時折開いたりする。そして今でも、僕は時折神のことを考えたりする。


 ブログの総アクセス数が七万を超えた。今日まで読んでくれた人、そして僕が今日までに読んで欲しいと思った人、その全てに、改めてこの場で感謝の念を言い表したい。今日まで僕のことを見守ってくれて、本当にありがとう。

19/09/09

 僕は身なりがあまり男性的でなかったから、何度か同性に迫られたことがある。最初に迫られたのは中学二年の頃で、塾で隣の席に座っていた友人から突如耳を舐められたのである。あまりにも突拍子もない出来事だったから、今では僕も笑い話に何度か話すようになったが、当時は大変ショッキングな出来事であった。

 元来、友情というものは恋愛感情に発展しやすく出来ている。無償の愛と肉体的な愛が切り離せない関係にあるように、友愛と性愛もまた切り離し難い仲にある。親しい男女の友情が恋愛関係に発展しない限り廃れてしまう理由がそこにある。

 しかし同性同士の場合は違う。そこに「俺達は友達だから」の言い訳が聞くように出来ている。何より、友情には多かれ少なかれ恋愛的なものがあれど、同性はやはり異性と同等に見られ難い。ここに多くの同性同士の友情が恋愛に発展しない理由がある。

 僕が今日まで生きてきた中で、同性の友人から恋愛感情を寄せられたことがないといえば、それは嘘になる。明確に言い表されたことはあまりないが、それでも気づくものだ。僕もその辺は鈍くない。そして、そのような場合、僕はどうしてきたかとなると、そう、気付かないふりをするのである。「俺達は友達だから」の言い訳を用いて、その場を濁すのだ。

 何故そんなことはするのか?理由は簡単だ。僕はそうでもしないと、周りに友達が居なくなってしまうのである。言い換えるならば、自分のエゴに基づいて他人をいいように利用しているわけだ。

 ただ、異性の場合はそうもいかない。女性にはパスカルの言う「繊細の精神」の持ち主が非常に多い。つまり、男性よりもずっとこちらの感情の動きに機敏な反応を見せるのである。こちらの誤魔化しにすぐに気がつく。僕はだからこそ女性が好きだが、同時にだからこそ女性が怖くもある。

 自分が誰かに対して影響力を持たないかとなれば、それもまた嘘になる。たとえばこの日記。僕はこれを一年近くこのブログに載せ続けているが、これだって微小なりとも誰かに対して影響力を持っていることを僕は知っている。僕は自分が特定の誰かの人生になんらかの影響を与えたことがあることだって分かっている。

 しかしそれでも、僕は絶えず自分自身のことを卑下する。もとい、僕はいつも、自分のことを可能な限り過小評価しようとする。これにもやはり理由がある。自分が誰かに影響を与えている、そんなことは考えたくもないからだ。

 ここ数年のことを見てみよう。僕は自分が何らかの形で大きく成長したことを知っている。それは能力の面でも、精神の面でも言えることだ。そして、それに合わせて、自分が他者に対して何らかの力を少しだけでも持っているということをも認識している。そして、そのために、自分が他人の人生に(何らかの形で)介入して、他人に影響を及ぼしていることも知っている。

 そして、自分が他人に対して何らかの変化を与えることが出来ると同時に、僕は自分の些細な行動が相手の行動に悪影響を及ぼすことに気がつき始めた。

 僕は今、自分がいる場所から一歩も動けないことを感じている。下手に動けば、他人を何らかの形で不幸にする可能性がある。これはとても恐ろしいことだ。僕は大きくなるにつれて成長した。そして、成長するために、僕は様々なものを犠牲にしてきた。そして、僕は自分が今日まで犠牲にしてきたもののことを、ずっと、絶え間なく後悔している。

 僕は自分の抱く罪の意識から抜け出すことが出来ない。

 ひたむきに隠しているが、これ以外にも僕はたくさんの問題を抱えている。でも、それらの問題は、言ってしまえばどれもどうとでもなる問題なのだ。ただ、それを簡単に解決するためには、自分が今日まで守ってきたものさえをも犠牲にしなければならない。そして、この際に僕が犠牲にしなければならないもの、それは僕自身の誇りと潔癖さ、つまり高潔であろうとする意志だ。それを犠牲にすることだけは、今日までかたくなに拒んできた。

 僕はずっと他人を誤魔化して生きてきた。きっと、これからもそうしていくのだろう。

 もとい、それ以外に僕には生きるすべがない。

 僕は自分の理想を追いかけて生きてきた。自分の目標が必ず叶うことを僕は確信している。だから今日まで様々な苦難に耐えて頑張ってきた。しかし、自分の目標の実現のために外部に自分自身を表せば表わすほど、僕は自分が誰かを不幸にしているのではないかという不安に襲われる。

 それならいっそ、もう人目のつかないところで一生を終えた方がいいのではないか?そう思うことも少なくない。しかし、そんなことは出来ない。僕はどうしても自分の目的を、自分の思想をあきらめることが出来ない。だから今日まで必死に今の生活にしがみついて生きてきたのだ。今更後戻りをすることなど出来ないのである。

 前に進み続けるならば、僕はこれからも他人を誤魔化すことになる。そして他人を誤魔化せば誤魔化すほど、僕は罪の意識にくるしめられる、今日までがそうだったように。つまり、これからを生きるということは、自分に対して戦いを行い、そして自分自身を相手に駆け引きを行うことなのだ。

 いつか限界が来て、精神が壊れてしまうのではないか?そう考えることだってよくある。しかし、僕はその点、自分の「偽の能力」を、つまり偽物としての力を信頼している(結局、僕は本物にはなれない)。死ぬまでこの罪の意識に耐える自信がある。僕ならきっとそれができるはずだ。だから僕はこのまま自分を前に押し進める。

 ただ、時々、自分が抱えているのかもしれない問題のことを、自分が背負っているのかもしれないもののことを考えると、本当に罪の意識で頭がどうにかなりそうになる。苦しくて仕方ない。

 僕は言い訳を探す。なに、そんなことは考えすぎだ。君は自分が思っているほどに出来た人間ではないし、他人にとっても君は大して重要な人間ではない。だから、君はそんな問題に悩む必要は無いんだ。何もかも思い込みなんだよ。と言ったふうに。僕は自分自身にそう言い聞かせる。もう何度もそうしてきた。

 しかしこんな慰めにはもう限界が来ている。僕はそれもわかっている。僕は正確に物事をはかれないのではなく、はかりたくないのである。特に自分自身のことに関してはそうだ。

 これからどうすればいいかがわからない。八方塞がりな状態だ。少し動けばまた他人を嫌な気分にさせるのではないかと考えると、いっそ消えてしまいたくなる。僕には自分がどう振る舞うべきなのかがまるでわからないのである。

 自分に何らかの力があるのだと信じたくない。僕は自分のルサンチマンから抜け出すことが出来ない。

19/09/08

 今日はとても素晴らしい一日だった。

 自分自身を正確にはかるということは難しい。すくなくとも僕は、人が自分についてのことを、どれも実際以上か実際以下だと考える。事実、僕は髪もボサボサだし、顔色も良くない。今日、カメラを向けられた時、僕はカメラに向かって微笑んでみたが、実際に撮れた写真を見て、とても驚いた。目つきは暗いし、笑い方もぎこちない。こけた頬はなんとも不吉な感じを漂わせており、表情の情けない印象を強めている。正直に言うなれば、僕は写真にうつる自分が気持ち悪かった。

 否定的な側面について語った後は、公平を守るために肯定的な側面も語らなければならない。僕はそう思っている。だからそのようにしてみよう。

 髪はボサボサだが、決して汚くはない。僕の髪の毛は男性にしては長い方だが、元々僕の髪質は女性のそれと同じくらいには良い性格をしている。僕は昔から自分の髪の毛に愛着を抱いている。鼻筋はどちらかと言えばはっきりしている方であり、顔も大きくはない。肌も綺麗なほうだろう。

 服装は適当である。無論、最低限の清潔感は保とうとは思っているが、実際に他人を騙せているかどうかはわからない。

 ファッションとは印象操作であると僕は考えているからこういう風にいうが、同時に何の服を着るかを考えることは、自分の無意識に影響を与える。つまり、「どんな服を着ているか」で他人が抱く印象が変わるから、自ずと他人からの印象に影響を受ける自分自身をも変わるのである。

 僕が最低限の清潔感を保とうとつとめているのはそのためでもある。自分の誇りを守るために、人は自分の身なりに少なからず気を使わなければならないのだ。

 先程も書いた通り、だからといって自分の身なりが実際に綺麗かどうかはわからない。一見するとわかりづらいが、所々荒が目立つ。ファッション・ブランドもまるで知らない。言ってしまえば、僕は少なくとも洒落た人間ではないだろう。

 歯並びも悪い。虫歯もあれば歯石もある。それに気づかれたくないから、あまり口を大きく開いて笑いたくない。

 僕はただ、自分のことがよくわからないだけなのかもしれない。

 ここまでこんなことを書いてきておいてなんだが、かといって、僕は自分が自信の無い人間だとも思わない。そう、少なくとも自分では、ある程度の客観性を持って自分を眺めることが出来ていると思っている。

 これらのことを踏まえると、僕は無意識的に誰かに劣等感を覚えやすく出来ている。自分にはあれが足りない、これが足りない、など。そう考えることは多いが、自分が特別に優れていると考えることは少ない。

 無論、自分にも優れているところはあるとは思っている。たとえば、いくつかの楽器が弾ける。しかしどれも中途半端で、独学以上のものではない。歳の割には本をよく読んでいる。しかしそれも正確な知識ではない、権威的なものから評価されるかは怪しいところだ。容姿も悪くない、しかし特別に秀でているわけでもない。何もかも中途半端だ。

 恐らく、僕は自分についてをよく理解したくないのだろう。

 人はよく僕に優れた印象を抱いてくれる。しかし、それはみんな誤解でしかない。僕はきっと、他人を騙す才能に長けているのだろう。または、僕が勝手に善い印象を抱かれていると勘違いしているのかもしれない。

 いつも他人を騙しているから、こんな風に他人にに対して不信感をよく抱く。誰かが僕を騙していて、笑い物にしているんじゃないか、という風に。しかし、それも突きつめていけば、そこには実は他人ではなく、他ならぬ自分自身への不信感が存在するのだ。誰かを騙しているという意識があるからこそ、僕は他人が自分を騙すのではないかという意識に苛まれるのである。心のどこかで、僕は絶えず自分自身についてを馬鹿にしているのである。

 こんなことは、結局どれも妄想の域を出ないことだ。それがわかっていてもこんなことを書いてしまうのは、人が自分を騙していないという安心感が欲しいからだ。僕を苦しめているのは、ほかならない僕自身である。にも関わらず、僕は他者に罪の赦しを求めているというわけだ。

 しかし、僕は実際に誰かを騙しているつもりはさらさらない。そう、他人が自分を良いように誤解してしまう。だから僕はまるで自分が誰かを騙しているかのように感じる。

 ただ、きっと他者から見れば、僕の方が誰かを騙して、いいように利用している、そんな人間に見られているのだろう。それでも僕は、誰かから信頼されたくて仕方がない。

 ああ、僕は矛盾している。

 今日は本当に良い日だった。だからこそ、こんなことを考える自分が、少々情けない。僕は本当に、誰かの思っているような人間ではない。何も優れてなどいないし、何の利益も得ていない。僕には何もない。本当に何もないのだ。

19/09/07

 人の心のうちにある闇が消えることはない。もとい、それは消えるはずがない。何故なら、人の闇とはある日突然生まれたものではなくて、その人が生まれたその時から絶えず心のどこかで存在し続け、そして時と共に少しずつ育てられてきたものなのだから。

 そして人は、そのような暗闇がまるで存在しないかのように誤魔化すか、または暗闇に諦めをつけて生きるか、もしくはそれを見つめながら苦しむか、そのどれかしか、生きていく上で出来ない。

 罪の意識、良心の呵責、復讐心、怨念の感情、つまりルサンチマン

 人間のルサンチマン( = 反動的なもの)の問題は根深い。生きていく上で、人はどんな形であれ、必ずこのルサンチマンの問題に苛まれることとなる。つまり、どんな人であろうと、生きる限り、必ずどこかで罪の意識に苛まれ、良心の呵責を覚え、誰かへの復讐心に苦しめられ、そして怨念の感情を燃やすことになるのである。問題は、これをいかにして乗り越えるかということだ。

 僕は自分が非常にエゴイスティックで、傲慢な、または高慢な性格をした人間だと思っている。これは謙遜ではなく、本心からそう思っているのだ。

 ドストエフスキーで一番好きな小説は、もしかすると『白痴』かもしれない。ムイシュキン公爵を巡る恋愛模様は本当に淡く、美しく、そして鮮明で、何度読んでも胸が締め付けられる。後半はあまりの悲しい展開に読むのが苦しかった。僕は何度も本を投げ出した。僕は続きのページを開けなかったのだ。それほどまでに苦しく、そして悲しいお話だった。しかし、それでもこれは、やはり美しい小説なのだ。

 "「僕は何も知りません、ナスターシャ・フィリッポブナ。何の経験もありません。おっしゃるとおりです。でも僕は……僕は思うのですが、この場合、あなたが僕に名誉を与えてくれるのであって、僕があなたに与えるのではありません。僕は何者でもありません。しかし、あなたは苦しんだ挙句に、ひどい地獄から清い姿のままででてきたのです。(…)僕はあなたを……ナスターシャ・フィリッポブナ……愛しています。あなたのためなら死んでも構いません、ナスターシャ・フィリッポブナ。誰もあなたの事で陰口なんて言わせたりしません、ナスターシャ・フィリッポブナ……。もし僕達が貧乏になったら、僕が働きます、ナスターシャ・フィリッポブナ……」"

 誰かへの愛や尊敬の念を忘れてしまったのなら、その人は死んだも同然だ。

 人は時に、好んで目の前にある物事を誤解しようとする。それは、自分の無意識にある信じたいもの( = すがりつきたいもの)への信仰を守るための防衛反応であり、また自分を迫害する敵に対する威嚇でもある。

 自分のことについてを人に話そうとする時、人は自分が時に思いもよらなかったような言葉を口にすることに気がつくものだ。つまり、僕達は自分の名においてなにかについてを語りながら、同時に自分のことを誤解しているのである。

 人は自分自身と争うことによってしか、誰かに愛を感じたり、または誰かに対して何かを求めたりなどしない。自己との葛藤とは、愛への芽生えであり、なにかを欲するということなのだ。

 愛について考えなければならない。

 人が「恋は盲目」と語るとき、そんな自分を盲目にならずに見すえていることが多い。恋が盲目である理由は、理性によってはっきりと認識できるにも関わらず、その認識をおざなりにして何かに熱中してしまう、人の感情の強さに由来する。

 愛が美しいものになるためには、それを一度憎悪の業火で鍛錬する必要がある。

 ニーチェ道徳の系譜学の中で次のように書いている。

 "復讐と憎悪、ユダヤ人的な憎悪の〈原木〉―― 最も深く、最も崇高な憎悪、理想を作り出し、価値を転換する憎悪、地上に比べるもののないような憎悪 ―― から同じく比べようのない[優れた]ものが生まれてきたのだ。それは一つの新しい愛であり、全ての種類の愛の内で最も深く、最も崇高な愛である。"

 これはつまり、愛の福音を体現し、貧しき者、病める者、罪を犯した者に手を差し伸べた救済者、イエス・キリストを指した言葉だ。ニーチェは、自著の中で幾度もキリスト教的なルサンチマンを非難しながら、同時に絶えずイエスの愛の在り方に魅惑されている。

 愛が病気によって深くなるならば、あらゆる愛は病的である。愛するという行為は、皆どことなく病的なのだ。

19/09/06 : Leprous - Below(和訳)

All of my stories are below
今、私の全ての物語が下に眠っている
Beneath the surface cannot grow
もう動くことの無いものの下に
Curled and naked I defer
ねじけて、裸になった私は
To shaky thoughts all in a blur
ぼやけて、不安定な考えに取りつかれている

Every single fear I'm hiding
自分の感じた恐怖の全てを押し隠して
Every little childhood memory I bury
幼い頃の記憶さえなかったことにしようとしている
Every single fear I'm hiding
自分の感じた恐怖の全てを押し隠して
Every little childhood memory
幼い頃の記憶に、私は…

And I will lie, lie
嘘をついて
Keep it all together
それをやり過ごそうとしている
Lie, lie, lie
嘘をついて

Sitting on top of the facade
見せかけのものの上に座る私は
Built this tower to surpass
押しのけられるためにこの塔を建てた
I can't remember why I'm here
なんでここにいるのかもわからない
Only why I need to disappear
たださっさと消えた方がいいことはわかる

Every single fear I'm hiding
自分の感じた恐怖の全てを押し隠して
Every little childhood memory I bury
幼い頃の記憶さえなかったことにしようとしている
Every single fear I'm hiding
自分の感じた恐怖の全てを押し隠して
Every little childhood memory
幼い頃の記憶に、私は…

I will lie, lie
嘘をついて
Keep it all together
それをやり過ごそうとしている
Lie, lie
嘘をついて…
Will it last forever?
ずっとこれが続くのだろうか?
Lie, lie
嘘をついて
Keep it all together
それをやり過ごそうとしている
Lie, lie, lie
嘘をついて

Lie, lie
嘘をついて
Keep it all together
それをやり過ごそうとしている
Lie, lie, lie
嘘をついて
Will it last forever?
ずっとこれが続くのだろうか?
Lie, lie
嘘をついて
Keep it all together
それをやり過ごそうとしている
Lie, lie, lie
嘘をついて

19/09/05

 僕は元来とても情緒の不安定な人間だ。かつては、自分を苛む不安が絶え間なくて、一日中頭を抱えたり部屋中を歩き回ったりして過ごしていた時期がある。

 そんな僕が再び精神の平静を取り戻すきっかけとなったのは、他ならない音楽だった。音楽だけが僕の隣にいてくれた。正確に言うなれば、縋り付くように再生したドビュッシーの音楽を耳にした途端に、僕が自分のうちにある苦痛がすうと和らいでいくのを感じたのだ。以来、ドビュッシーは僕にとって一層特別な作曲家となった。それは泣きわめく赤ん坊が母親の子守唄を聴いたかのようだった。

 この時のことを思い出す度に、僕はグレン・グールド(僕が最も好きなピアニストの一人)、彼が残した有名な言葉をよく連想する。

 "本質的には、芸術の目的は、癒しなおすことです。音楽は心を安らかにする経験なのだと思いたいのです。"

 音楽を聴いて感動を覚える時、僕は自分の感情が騒ぐというよりも、むしろ静まっていくのを感じる。音楽への深い陶酔と、その喜びは、むしろ僕の意識を明晰にして、僕の理性を冷たく輝かせていく。音楽に溺れるということは、自分の孤独を痛感しながらも、それに苦痛を覚えなくなることだ。

 僕は音楽に虚しい感情のざわめきを求めない。音楽によって得られる気分の高揚は、結局自分が目を逸らしたいものからの逃避でしかないのだ。僕が音楽に求めるのは、むしろ完成された、冷たい美しさだ。音楽を通して、美しいものに見とれるということ。その感覚は麗しく燃える夕焼けに目が釘付けになる時の感動に似ている。人はただ、目の前に広がる絶対的な「美」に見とれるのみである。

 よって音楽の作用とは、僕が思うに、それが聴き手の魂を浄化し、静謐さの中で聴き手が己を築き上げるように仕向けることなのだ。

 "芸術の目的は、瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、むしろ、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある。"

 昨晩、僕は以前僕が飼っていた愛猫の夢を見た。精神が不安定になると、死んだ彼女の夢を見る。とても、とても胸が苦しかった。

 罪の意識、良心の呵責、復讐心、怨念の感情(ルサンチマン )、そしてニヒリズム。これらは人間存在そのものの原理であり、また本性である。心理学的な特徴ではない。それはほとんど変わらざるものとすら言っていいほどに、人間の根本に根付いているのだ。

 どんな人も、自分の内側にある否定的なものを消し去ることは出来ない。生きている限り、僕達は絶えず僕達自身の影に苛まれるのだ。だからこそ、人には三つの生き方しか出来ない。自分の影に諦めをつけて、潔癖さを捨てて毎日を生きるか。または、自分の影から逃げるよう、怯えながら毎日を生きるか。それとも、自分の影を受け入れて、それに向き合って毎日を生きるか。

 人間が明確な形で変化する時、そこには何らかの反動的な感情がつきまといがちである。

 人がなにかを大きな声で「嫌いだ」と語る様に目を向けてみよう。その顔には、以前その人が「嫌いだ」と騒いでいるものと、何らかの形でか関わりがあったことが記されているだろう。

 人の現在とは、その人の過去に復讐する形で成り立っていることが多いのだ。

 晩年のフーコーが唱えた「人間の死」というテーマを、僕はここで思い出す。今やかつての人間は死んだ。近いうちに、新しい人間がやってくる。僕はそう信じている。そして、できることならば、僕が新しい人間の在り方を提示したい。

 "(…)哲学は力をもたない。力を持つのは宗教や国家、資本主義や科学や法、そして世論やテレビであって、哲学は決して力をもたない。たしかに哲学でも大がかりな内線が勃発することはあるだろう(たとえば観念論と実在論の対立)。しかしそれは戦いといっても冗談の域を出ない戦いだ。自らは力ではないのだから、哲学が他の諸力と一戦をまじえることはありえないのである。しかし、そのかわりに哲学は戦いなき戦いをたたかい、諸力に対するゲリラ戦を展開する。また、哲学は他の諸力と語り合うことも出来ない。相手に向かって言うべきこともないし、伝えるべきことも持ち合わせていないからだ。哲学にできるのは折衝[かけひき]を行うことだけである。哲学以外の諸力は私たちの外にあるだけでは満足出来ず、私たちの内部にまで侵入してくる。だからこそ、私たち一人一人が自分自身を相手に不断の折衝を続け、自分自身を敵にまわしてゲリラ戦を繰り広げることにもなるわけだ。それもまた哲学の効用なのである。"

 読んでいて胸が熱くなるような小説がまた読みたい。寝るのも忘れて、貪りつくようにページいっぱいに広がる文章を読む。そんなふうに僕を熱中させてくれる小説に、また出会いたい。やはり、僕は小説が好きなのだ。多分、哲学よりもずっと好きである。

 三年前の初夏頃に、僕はヘッセの『デミアン』を初めて読んだ。夜も眠らずに読んだこと、一気に読み進めたことを覚えている。あれは本当に素晴らしい読書体験だった。あれを読んでいたあの頃、僕の生活はとても追い詰められていて、僕は苦しい毎日を送っていたが、それでも毎日が輝いて見えた。

 もしかすると、僕はとても寂しがり屋なのかもしれない。最近になってそう考え始めた。