日記

20/02/25

早朝、世界が薄明に染る頃。全てのものが詩的に彩られてゆく時刻。漂う靄が、辺りを幻想的に色付けてゆく…… 空気は冷たく、冬の静けさが私を酔わす。息を吐く度に、物憂い感情が、言葉にならないまま、私の口から漏れ始める。 ふいに空を見上げる。明け方の…

20/02/23

私は人が嫌いなのではない。恐らく、人が怖いのである。 そして恐らく、私が人を恐れるのは、人は私を傷つけ、苦しめ、悩ますものだという、何か強く根源的な認識(もとい偏見)があるからだ。その原因が何であるのかはわからない。しかし、人と関わっていない…

20/02/22

私は孤独を求める。一日に一人で内省する時間が欲しい。そして、それが十分に得られないと、精神の追い詰められるのを覚える。私は苛立ち、頭を抱える。何とかして一人になる時間を作り、自分の頭の中にこもる必要がある…… この習慣を、もう長いこと続けてい…

20/02/20-21

精神の疲労はそのまま肉体の疲労に繋がる。精神的な安定を失えば失うほど、肉体の衰弱を感じる。心の平穏を求める理由はそこにある。些細なことに心の状態を左右されていては、取り組みたいことにも上手く取り組めない。 あまり多くのものを求めようとは思わ…

20/02/18-19

昨日の事であった。私は辺りに畑のある通りを歩いていた。静かに、静かに……映る世界には人気もなく、空の青は溶けていくように広がり、染まっていた。太陽が輝いていた。そして、時刻は午後だった。昼下がりの太陽が、その下にある全てのものを穏やかにして…

20/02/17

憂鬱は永遠に昨日に留まろうとする。感傷は人の今日を過去の内へと逃す。 いつからだろうか、健全な者が健全であることを恥じるようになったのは。 衆愚的な民主主義は全てのものを商品化し、数値化する。 演技をしていくにつれ、人は感じていないものまで感…

20/02/16

雨が降り、霧が落ちる。目の前に広がる景色は灰色に染まる。辺りは靄に包まれている。まるでこの世界が冷たい滴りに沈んでしまったかのようだ。 憂鬱な眼差しを通して、窓の外に眺める。白けた街並みが映る。ああ私は、今日何度このようにして窓の外を眺めた…

20/02/13

昨日から、私は静かな精神的危機を体験した。今はただ、その時のことを、喜ばず、悲しまず、ただそのままの姿で描き出そうと思う。感情は過ぎ去る。そして、過ぎ去った後でなければ、それが何であったのかを理解することは出来ない。 普段触れるものの中で、…

20/02/10-11

冬の午後の昼下がり、私はブラームスの間奏曲集を聴きながら街を歩いた。時間の流れは緩やかになり、風景は甘い感傷に色づき始めた。私は憂鬱に身を浸した。静かに、静かに、胸の灯火が揺らめくのを覚えながら、孤独の中で自己を愛し、自己を癒した……それは…

20/02/08-09

人は約束をする。しかし、大抵の約束は破られるために存在すると言っていい。何故なら、人間とは時間の経過と共に変化する、一つの印象だから。我々は形を変え、感じ方や考え方を変え、幾つもの経験の層の積み重ねることで、我々自身を形成していく。その中…

20/02/06

不眠の原因はコーヒーにあるのではないかと思い、一日コーヒーを抜いてみた。逆だった。コーヒーを飲まなければ、私は上手く眠れなかった。一日飲まないでいると、頭痛と吐き気が酷くして、気分が悪くなった。そしてそれを飲むと、私を苛む症状は落ち着いて…

20/02/05

"しかるに、芸術もまた一つの幻影[欺瞞]ではないのか?……否、芸術は幻影たるべきではない。真理だ!真理!両眼を大きく見開き、全体の気孔から生命の強烈なる気を吸い込み、事物をあるがままに眺め、不幸をも正視し……そして笑ってやることだ。" 自分の愛して…

20/02/04

私は時折、最悪の事態を想定する。そして、内心、それが実際に起こるのを期待している。最悪の事態が起きて、全てが台無しになり、何もかもがめちゃくちゃになれば、私は今、自分が背負っているものから解放される。もう自分の抱えているもののために悩むこ…

20/02/01-02

体が重く、頭がぼんやりとしている。書こうと思っても、上手く文章を書くことの出来ない日々が続いている。 一昨日、私は久しぶりに一人、眠れない夜を過ごした。私はずっと考え事をしていた。そうして夜は明けていった。黎明の頃、黄金色の太陽が夜の暗がり…

20/01/31

人は愛されることを求めているのではなく、理解されることを求めている。人に最も耐えられないのは、自分にとって不都合な解釈で、自分についてを語られることである。 愛してはいるが、理解はしていない。それは相手に居場所を与えるどころか、むしろ相手の…

20/01/30

生活とは幸福への憧憬である。苦悩と生活は相容れない。人は幸福を覚える時、その幸福にずっと居座ることを求める。しかし、人は直線的であることしか出来ない。一度一つの事を体験したなら、その体験を踏まえた上でなければ生きてゆくことが出来ない。同じ…

20/01/29

孤独が欲しい。自分が一人になれる場所が、自分が一人になれる時間が、自分一人だけしか居ない世界が。 音楽よ、私をここから連れ出してくれ。私をこの世界から隔離してくれ…… あまりにも愛のない状態に苦しむと、人は自分に無理解な相手からの愛をも喜ぶよ…

20/01/26-27-28

恋愛感情がよく分からない。私にも異性の友人はいる。しかし、友人が出来れば、その友人を愛することは、私には当然の事のように思われる。そして、私が彼女を愛しているからといって、その肉体を所有したいとは思えない。 世の人々が不思議でならない。人は…

20/01/25

普段から人を嫌う者は、それだけ人を好きになりやすく出来ている。大勢の人を嫌っている分、その反動から、猛烈な愛情を注ごうとするのである。 情熱は深い盲信を生み出す。 賞賛する言葉が多いだけ、人は沢山の悪口を思いつくようになる。いつも同じ不平を…

20/01/24

幸福は目的の達成にはなく、その過程にある。幸福を求める者は過程を求める者である。 自分の味方についてもらいたいと願い、人は誰かの味方になろうとする。 優しい人とは、嘘をつく人のことである。自分の苦しみに敏感であるほど、人は他人を苦しめる些細…

20/01/22-23

過去の幸福な思い出ほど、現在の幸福を妨げるものはない。過去から現在に至るまで、喜びは時間の経過と共に徐々に腐っていくものだ。 昨日、過去の日記を読み返し、私は驚いた。そこには、一つとして不快感や嫌悪感を覚えずに読めたものはなかった。至る所に…

20/01/21

私は孤独が寂しいものだとは思わない。誰かに忘れ去られることが寂しいとも思わない。確かに、寂しさを覚えることはある。しかし、私は自分の作業に熱中する時、よく私以外の人間のことを忘れている。他者を忘れて作業に耽けることは、とても楽しい。だから…

20/01/20

微睡み……心地よい陶酔。水平線まで続く海の広がりに身を横たえ、私はうつらうつら、意識と無意識の境を漂っている。 ふと起き上がり、辺りを見渡す。私は夢を見ているのだろうか?空は晴れ、海面にはきれぎれになった雲の反映が浮かんでいる。そして青はどこ…

20/01/19

"僕は安息を忌む。所有は安息を誘い、安泰に住めば人は眠ってしまう。僕ははっきりと目を開けて生きていたい、それ程までに生を愛している。だから、贅沢な暮らしをしながら、自分の生活を酷烈なものとする、少なくとも刺激の素として、この所在のなさを持ち…

20/01/17

雨の降る夜の美しさに、改めて気付かされる。雨音は辺りの物音をぬぐりとり、その場を静かに満たしていく。私は傘を開き、何も見えない暗がりを一人、歩いた。サムソン・フランソワの弾いた、ドビュッシーの『版画』の第一曲目『塔』を聴きながら。それはあ…

20/01/15-16

愛することの最大の皮肉は、相手への愛情表現が、相手を汚すことによってしか可能でないということにある。 人は、注意して何かを言おうとすることによって、普段なら決して出会うのことのない言葉に出会うことが出来る。その時私達は、自分の知らないことを…

20/01/14

十代から二十代にかけて、多くの人は、自分のそれまでの人生を覆すような精神的な危機に直面する。より広い世界を見聞し、より多くの物や人を知るにつれて、人は、自分が自分の思っているような人間ではないのではないか、という疑惑に駆られる様になる。実…

20/01/13

夜、人気のない電車に揺られる時間が好きだ。 車内の無機質な、体温を拒むかのような色調には、明るいのにも関わらず冷たさを思わせる。そして車内に乗る人々は、皆私の知らない人達で、私の知らない世界で生きている。この電車の全車両には、きっとそれなり…

20/01/12

目を閉じると、そこには暗闇が広がっている。 暗闇とは永遠である。それは際限なく広がり、常に変わらずにあり続けている。そして、常に変わらずにあり続けるもの、それは虚無なのだ。 目を閉じると、そこには永遠が広がっている。永遠を感じたければ、目を…

20/01/11

人の幸福というものは、時に盲目であることによって成り立つ。使徒パウロはこう書いている。"私はかつて律法と関わりなく生きていた。しかし掟が登場した時、罪は生き返り、私は死んだ。" 甘美で官能的であると思われる瞬間、それは、私達の目が塞がれている…