公開日記

その名の通りです

18/12/05 : 追記(…そして自分自身に纏わること)

最後に、僕個人にまつわることを少しだけ書くことを許していただきたい。

僕自身について言えば、何故僕が「どう生きるべきか」についてを好んで考えるのかの理由は、僕自身が、いつも生きることに思い悩んでいるからである。僕は毎日自分は今日、そしてこれから、どうすればいいのかを考えている。僕はそれをずっと前に見失ってしまったからだ。もしかすると、そんなものは元々ないのかもしれず、多くの人は、それがあるのだと勘違いしているだけなのかもしれない。

しかし、自分の人生になんの意味も見いだせない時、人は生きることに耐えられなくなる。だから、僕達はそれを見出そうとする必要があるのだ。そのための哲学であり、思想である。僕達は「どう生きるべきか」を見出すために考え、そのために行動する。自分の生きる意味を見出すための模索、それが僕にとっての哲学だ。

よく僕は、人からあらぬ誤解を受けることが多い。しかし、その誤解の内容については書かないでおこう、もしかしたらそれは僕の思い上がりなのかもしれず、また僕の勘違いなのかもしれないから。

ただ、その誤解について少しばかしの釈明をするならば、僕は「自分が無力であると知っている」と言いたい。出来ることよりも、ずっと出来ない事の方が多い。そして、その出来ないことによって、僕は毎日のように苦しめられている。

「自分に自信がないのか」と聞かれれば、もしかするとそうなのかもしれない。恐らく、僕はあまり自分に自信を抱いていない。しかし僕は、自分についてわからない事の方が多いのだ。だから、「よくわからない」が、もっと正直な、率直な意見なのかもしれない。

不幸な人達に共通する性質として挙げられるのが、「自分は不幸である」と認識して、他者から同情を求める点にある。幸福にまつわるものとは、客観的な事実(理性によって論理的に証明できるもの)ではない、それは主観的な事実(感覚によって捉えるもの)なのだ。よって、同情を求めない人とは、恐らく不幸な人ではない。彼には生への意志があり、強い欲望があるからだ(同情を求める不幸な人は、欲望を悪として、自分の意志を放棄することを求めるものだ)。

僕は自分を不幸な人間だとは思っていない。他人から同情されるのを求めていないからだ。時折、僕は絶望に駆られて、先程までは考えてもいなかったようなことをしてしまうことがあるし、または絶望によって何も出来なくなることがある。しかし、たとえ絶望していたとしても、またはもしかすると自分に自信がないのかもしれないとしても、僕は自分が不幸だと思わないし、信じたくもない。しかし恐らく、僕はこれを理解してくれる人がいて欲しいから書いているのかもしれないのだ。

他人の場合は許せても、自分の場合は決して許せないようなものが多い。たとえば家庭内の問題などは、他人の場合は「それは君の責任ではない」と確信を持って言うことが出来るが、自分の場合なら、恐らく僕は、どれだけ論理的に正しく「お前は何も悪くない」と言われても、それを受け入れることが出来ないだろう。頭ではわかっていても、その通りに生きることが出来ないのが人間というものだ。

過去の問題において、「自分に非がない」とはっきりと認めてしまったら、僕はその事実(のように思えるもの)に甘えてしまう、と考えている節があることを、白状しなければならない。「自分に非がある」と考えなければ、僕は自分が自制を失うのではないかと恐れているのである。

僕はかつて、今よりもずっとお金のある状態に憧れていた。それは、何も自分の生活を裕福にしたかったからではなく、自分に力があるという証明が欲しかったからだ。僕はかつて、たくさんの女性から愛されることを求めた。それは、自分の肉体的な欲求を満たすためなど更々なく、自分にはそうすることが出来るだけの「力」があるのだと、自分自身に納得させたかったからだ。しかしどちらも失敗に終わってしまったことを、ここで白状しなければならない。

今でも僕が欲しいのは、同情ではなく「力」である。無論、当たり前だが、それだけが欲しいのではない。他にも欲しいものはあるが、それは恥ずかしいし、上手く言い表せないから内緒にしておこう。

ただ、僕が言いたいのは次のことだ。つまり、上記の内容故に、僕は自分が不幸な人間だとは思っていない。そして、何故このような事を書くのかは、時として僕自身の書く言葉が、これを読んでいるあなたを傷付けはしないかと、心配しているがためである。どうか僕があなたに厳しく接している、などとは思わないで欲しい。僕の綴る言葉の多くは、僕自身の精神的な問題を内省することによって生み出されたものであり、今日までに書いた僕の言葉が、あなたの心を傷つけるつもりで書いたのではないということを、どうかこの場をもって知って貰いたい。また、これを読んでいるあなたが、僕の言葉によって傷ついていないことを、僕はただ願うばかりである。