公開日記

その名の通りです

18/12/09 : 二つの抜粋

「(…)僕の方は、何故人間があえて自殺しようとしないのか、その原因を探求しているんで、それだけのことなんです。でも、こんなことはどうでもいい」

「あえてしないというのは?自殺が少ないというわけでも?」

「非常に少ないですね」

「本当にそうだとお考えですか?」

彼はすぐに答えず、立ち上がって、何か考え込みながら部屋の中を行ったり来たりし始めた。

「あなたの考えだと、人間に自殺を思いとどまらせているのは何なのです?」私はたずねた。

私達が何を話していたかを思い出そうとでもするように、彼はぼんやりとこちらを見た。

「僕は…僕はまだよくわかりません…二つの偏見が思いとどまらせていますね、二つのこと。二つきりです。一つは大変小さなことで、もう一つは大変大きなことです。でも、その小さなことも、やはり大きなことに違いない」

「小さなことというと?」

「痛いことです」

「痛いこと?そんなことが重要ですかね…この場合に?」

「一番の問題ですよ。二種類の人があって、非常な悲しみや憎しみから自殺する人たち、出なければ気が違うとか、いや、なんでも同じなんだけれど…要するに、突然自殺する人たちがいます。この人たちは苦痛のことをあまり考えないで、突然です。ところが思慮をもってやる人達 ― この人たちは沢山考えますね」

「思慮をもってやる人なんかがいるものですかね?」

「非常に多いですね。もし偏見がなければもっと多いでしょう。非常に多い。みんなです」

「まさかみんなとは?」

彼は口をつぐんだ。

「でも、苦痛無しに死ぬ方法はないものですかね?」

「一つ想像してみてください」彼は私の前に立ち止まった。「大きなアパートの建物ほどもある石を想像してみてください。それが宙に吊るしてあって、あなたはその下にいる。もしそれがあなたの頭の上に落ちてきたら、痛いですかね?」

「建物ほどの石?勿論、怖いでしょうね」

「僕は怖いかどうかを言っているんじゃない、痛いでしょうかね?」

「山ほどの石、何十億キロでしょ?痛いも何もあるものですか」

「ところが実際にそこに立ってごらんなさい。石がぶら下がっている間、あなたはさぞ痛いだろうと思って、ひどく怖がりますよ。どんな一流の学者だって、一流の医者だって、みんな怖がるに違いない。誰もが痛くないと承知しながら、誰もがさぞ痛いだろうと怖がる」

「なるほど、では第二の原因は、大きい方は?」

「あの世です」

「というと、神罰ですか?」

「そんなことはどうでもいい。あの世。あの世だけです」

「でも、あの世なぞまるで信じていない無神論者だっているでしょうに?」

彼は再び押し黙った。

「あなたは、多分自分に照らして判断されているんじゃありませんか?」

「誰だって自分に照らしてしか判断できませんよ」彼は赤くなって言った。「自由というのは、生きていても生きていなくても同じになる時、初めて得られるのです。これが全ての目的です」

「目的?でも、そうなったら、誰一人生きることを望まなくなりはしませんか?」

「ええ、誰一人」彼はきっぱりと言った。

「人間が死を恐れるのは、生を愛するからだ、僕はそう理解しているし」と私が口をはさんだ。「それが自然の命ずるところでもあるわけですよ」

「それが卑劣なんです、そこに一切の欺瞞のもとがあるんだ!」彼の目がぎらぎらと輝きだした。「生は苦痛です、生は恐怖です、だから人間は不幸なんです。今は苦痛と恐怖ばかりですよ。今人間が生を愛するのは、苦痛と恐怖を愛するからなんです。そういうふうに作られてもいる。今は生が、苦痛や恐怖を代償に与えられている、ここに一切の欺瞞のもとがあるわけです。今の人間はまだ人間じゃない。幸福で、新しい人間が出てきますよ。生きていても、生きていなくても、どうでもいい人間、それが新しい人間なんです。苦痛と恐怖に打ち勝つものが、自ら神になる。そして、あの神はいなくなる」

「してみると、今は神がいるわけですね、あなたの考えだと?」

「神はいないが、神はいるんです。石に痛みはないが、石からの恐怖には痛みがある。神は死の恐怖の痛みですよ。痛みと恐怖に打ち勝つものが、自ら神になる。その時、新しい生が、新しい人間が、新しい一切が生まれる…その時、歴史が二つの部分に分けられる ― ゴリラから神の絶滅までと、神の絶滅から…」

「ゴリラまでですか?」

「…地球と、人間の肉体的な変化までです。人間は神になって、肉体的に変化する。世界も変わるし、事物も、思想も、感情の全ても変わる。どうです、その時は人間も肉体的に変化するでしょう?」

「生きていても、生きていなくても同じだということになったら、みんな自殺してしまうだろうし、それが変化ということになりますね」

「それはどうでもいい。欺瞞が殺されるんです。最高の自由を望む者は、誰も自分を殺す勇気を持たなくちゃならない。そして自分を殺す勇気のある者は、欺瞞の秘密を見破った者です。その先には自由がない。ここに一切があって、その先には何もないんです。あえて自分を殺せる者が神です。今や、神をなくし、何もなくなるようにすることは誰にでも出来るはずです。ところが、誰もまだ一度としてそれをしたものがない」

「自殺者は何百万人となく居ましたよ」

「ところが、いつもそのためにではない。いつだって恐怖を感じながらで、その目的のためではなかった。恐怖を殺すためではなかった。恐怖を殺すためだけに自殺する者が、たちまち神になるのです」

「そうなる暇もないんじゃないですか」と私が口を入れた。

「それはどうでもいい」彼は軽蔑の口調さえまじる、冷ややかな誇らしさを込めて、小声に言った。「あなたが冷やかしておられるようなので残念です」三十秒ほど間を置いて彼は言い足した。

「僕が不思議なのは、さっきあんなにいらいらしておられたあなたが、今はそんなに冷静でおられる事なんです、お話には熱がこもっていますがね」

「さっきですか?さっきは滑稽でした」彼は笑顔で答えた。「僕は悪口を言うのが嫌いだし、笑うということがない」彼は悲しげにつけ足した。

「なるほど、毎夜、陰気臭く過ごしておられるわけだ」私は立ち上がって、帽子を手にした。

「そう思いますか?」いくらかびっくりした風に彼はにこりとした。「どうしてです?いや、僕は…僕は知らない」ふいに彼は言葉に詰まった。「他の人はどうか知らないし、僕は他の人のようには出来ないと、自分じゃ感じているんです。みんなひとつことを考えては、その後すぐ、他のことを考える。僕は、他のことが出来ない、生涯ひとつのことです。神が僕の生涯を苦しめてきたんです」彼は、ふいに驚くほどあけすけな調子になって結んだ。

「良かったら伺いたいのですが、どうしてあなたのロシア語はちょっとおかしいんですか?五年間の外国暮らしで忘れたんですか?」

「本当におかしいですか?知りません。いや、外国のせいじゃないです。これまでずっとこんな風に話してきたんです…いや、どうでもいいことです」

「もう一つ、少しデリケートな質問ですが、あなたは人と会うのが嫌いで、滅多に人と話されないも言われましたね、僕はその通りだと思うんです。それがどうして今は僕とおしゃべりをなさったんです?」

「あなたとですか?さっきちゃんと座っておられたし、それに…いや、そんなことはどうでもいい…あなたは僕の兄弟にとても似ているんですよ。異常に」彼は赤くなって言った。「七年前に死んで、兄貴ですが、実に、実によく似ている」

「きっと、あなたの考え方に大きな影響を与えた人ですね」

「い、いいや。兄は口をきかない方で、何も喋りませんでしたよ。あなたの置き手紙は確かに渡しておきます。」

彼は戸締りするために、角燈[四角いランプ]をさげて門まで私を送ってきた。『明らかに狂人だ』と私は心の中で決めた。

(フョードル・ドストエフスキーの小説「悪霊」第一部より)

 

 

(…)子供の頃、僕はよく横顔を打たれて、臆病者と罵られた。僕はつまらぬことを恐れていた。しかし、それから少しずつ、僕は本当の恐怖を知ってきたのだ。本当の恐怖というのは、それを産み出す内部の力が強ければ、恐怖もまたかえって強くなるていのものに違いない。そして僕達は恐怖より他に、人間内部の力を見ることが出来ぬのかもしれぬ。この力は到底僕達にわかりっこない力なのだ。無理にそれを考えようとすれば、すぐに僕達の脳髄が粉砕されてしまうような恐ろしい力である。しかし、やっと僕はこの頃になって、それが僕達の力であることを信じ始めた。僕達にとって、死の恐怖は強すぎるに違いないが、それでも本当は僕達の最後の力なのだと、僕はそんなふうに考えている。

(ライナー・マリア・リルケの小節「マルテの手記」第二部より)