公開日記

その名の通りです

19/02/14 : 朝と夜にまつわる小話

朝に目を覚ました時、僕は何か非常な虚しさを感じることが多い。

虚しさ?いや、それとはまた少し違うのかもしれない。寂しさ、とも言うべきだろうか。とにかく、胸にぽっかり穴が空いたような、まるで目覚めると同時に何かを失ったような、そんな感覚である。そして、とても、とても胸が痛む。

朝から始まるこの感覚は、僕を非常に苦しめる。

時には一日中、この寂しさのようなものから抜け出せない時がある。一日中頭を抱えて、僕はどうして自分がこんなにも虚しくて、また絶望しているのかもわからないまま、ずっと同じ場所から動かないでいる。または宛もなくフラフラとさ迷い歩き、何かこの絶望から自分を救ってくれるものはないかと探し求め続ける。

しかし、この状態に陥った時、僕には自分の目に映るあらゆるものが、自分から遠いような気がしてくるのだ。いくら手を伸ばしても、すぐ近くにいる誰かにすら、触れることも許されないような気がしてくる。そう思えてならないのである。


果たして僕は絶望しているのだろうか?

しかし何故?何故僕は、朝の起床の時に、まるで胸がえぐれているかのような苦しさを感じるのだろうか。そもそもこれは本当に絶望なのか?ずっと前からこうではないか、今更話題にすることではないのではないか?

僕には何もわからない。ただ一つ言えるのは、この感覚はとても苦しいという事だ。

いつになればこの喪失感のようなものから抜け出すことが許されるのだろうか?それもまたわからない、原因がそもそもわからないのだから。


夜は人がよく最も孤独に耐えがたさを感じる時間帯として扱われる。一人一人に苦しく立ちはだかる夜。自分自身の存在の小ささと儚さを感じさせる夜。「死」をより一層身近に感じさせる夜。終わらない暗闇を孕み、虚無と永遠をたたえた夜。

真夜中に一人でいる時、自分自身の寂しさに耐えられなくなる、というような経験をしている(またはした事のある)人を、僕はよく見かけてきた。

実を言うと、僕にはそれがあまりよく分からないのである。ずっとずっと長い間、僕には夜を恐れる人々の気持ちに共感することが出来ないのだ。


夜。暗闇は際限なく広がっている。それには終わりがなく、また始まりもない。そして終わりもなく、また始まりもないものを、人は永遠と呼ぶ。

永遠とはつまり虚無である。何故ならそれは際限なく広がるもの、無限なもの、解決を必要としないものだから。

人が何かを発明したり、または何かに感動できるのは、人が有限だからである。浮き沈みがあり、変化があるからこそ、そこには喜びが生まれ、悲しみが生まれる。始まりがあるから終わりがあり、永遠に生きられないからこそ生きている心地を味わえるのである。

その一方で、暗闇はとこしえに続く。暗闇はどこまで行っても暗闇であり、そこには変化がない。

暗闇は無限である。よって、無限の中、永遠の中に、際限なく広がるものの中では、人はどこまで行っても感動を味わうことが出来ず、またいかなる感情を持つことも許されない。

もし僕達の存在が永遠であり、無限であり、果てしなく続くなにかであったなら、僕達はそもそも何かを生み出すことも出来ないのである。何故なら、有限であり、何かに対して様々な感情を抱くからこそ、つまり変化するからこそ、僕達は発明や発展を志すからだ。

永遠に近くありたいと思うなら、暗闇に、原初の始まりである終わらない暗闇に近づきなさい。辺りは黒に染められて、あなたの目には何も見えないし、またそこには何も存在しない。それが永遠であり、無限なのだ。何も生まれなければ、何も始まらない。何も死ななければ、何も終わらない。

この果てしない虚無こそが永遠なのだ。


夜に耐えがたさを感じる人々は、つまり自分の孤独と寂しさに耐えられない人々は、誰かと一緒にいることによって、誰かと話すことによって、とにかく他人を(どんな手段であれ)感じることによって、それを紛らわそうとする。

現代人の精神はとことんまで堕落した。しかし、彼らは暗闇の中にいながら、完全に暗闇の方へと堕ちてしまうのを恐れているらしい。しかし彼らは自分からは何もしない、かつてのユダヤ人のように救世主の到来を待ち望んでいるのだ。


夜に独りで居るのはとても好ましい事のように思える。暗闇の中に自分の意識が消えていくようなあの感覚は、他にはない快楽がある。

夜に、薄暗い部屋の中で、なにもせず、ただじっとしていることがある。または、例えば夜に渋谷などに行って、意味もなく人混みの中を歩き回ったりする。そのどちらも、自分の意識をぼんやりと薄れさせて、まるで自分がこの世に存在していないような感覚に陥らせる何かがある。これによって、僕は無限の、永遠の、つまり虚無の一部であるような感覚に陥ることが出来る。

忘我。自分自身を忘れること。それは夜に一人でいたり、または大多数の一部になったような感覚に陥ったりすることによって感じることが出来る。


しかし目を覚ますと、朝が来ると、全ては終わってしまう。

僕は大きな虚しさを、喪失感を、寂しさのような何かを、絶望を胸に感じる。それは心臓が抉り出されたかのような苦しみだ。