公開日記

その名の通りです

19/03/02 : 断片集

みんな幸せにしようとしてみるがいい、誰も幸せにならないだろう。


哲学が何故ここまで人に魅力的に見えるかとなれば、それは哲学が、人間にとって身近でありながらも未知であるものを解き明かしてくれるからである。

同じように、何故あるものが誰かに対して魅力的であるかとなれば、それはその人があるものに対して不可解な印象、未知なる印象を覚えるからである。そして、あるものが、その人に対して、これまでには決して得ることの出来なかったものを与えてくれる、そのような感覚をも与えてくれるからである。

人は皆未知なものに惹かれる。

手に入れたと思っても、決して手に入れた実感のわかないもの、または、完全に知り尽くしてないはずなのに、何かを知った時よりもずっと強い満足感を与えてくれるようなもの。人が惹かれるのはそのようなものである。

知ることは人に喜びを与える。アリストテレスの言う通り『すべての人間は、生まれつき知ることを欲する』からだ。

あるものがあるものに対して決して満足を覚えさせず、それと同時にあるものの魅力が決して尽きないように思えるということ、そしてあるものが常にこちらに喜びを与えてくれるということ。これは、人間のうちにある知への潜在的な欲求、獣めいたとすらいえる知への欲求を、大いにそそる。


自分と同じ弱さを見出さなければ、他人の才能や優れた点を認める気になれない人は大勢いる。人が愛する天才とは、常に弱さを抱えた強者のことである。


中庸を恐れる多くの人は、中庸と平凡を混合しているからなのだ。そして、彼らの恐れの根底にあるのは、平凡な自分自身からこのまま抜け出すことが出来ないのではないか、という疑惑である。


多くの人は、自分の知っているものに自分を当てはめるために、途方もない努力を払っている。

ありのままの自分自身を受け入れることなど、誰にもできない。それには二つの理由があるが、一つとしては誰も自分自身を完全に知り尽くすことが出来ないからで、二つとしては自分が認めたくない自分自身を受け入れたくないからだ。

僕達は常に概念に突き動かされている。そして、ここにこそ僕達の多くが幸せになれない理由の一つがある。というのも、僕達自身が、いつだって僕達の知っている存在、またはそうありたい存在と同一であるということは、ほとんどありえないからだ。


現実に裏切られた時、人は理想を抱く。しかし、理想は再び現実のあなたを裏切るだろう。


これまで自分に対して支配的であった人が、自分に対して譲歩したような、下手にでたような態度をとる時、人はその人に対して、これまででは考えられなかったような傲慢な態度をとる。

これまで自分より強く見えた人が、今度は自分よりも弱く見えるように振舞った時、人は今度は自分が強者になった時の喜びを味わいたいがために、相手に対して散々な態度をとるものなのだ。

ではどうするべきか。人間関係とは、多かれ少なかれ、どちらかが支配的であり、どちらが非支配的(支配されているということ)であることが強いられる。そして、非支配的な人間は、支配的な人間に対して、むしろ自分に支配的であって欲しいという願望を抱いている、とすら言っていい。

いや、言い換えるならば、支配される側の人は、支配する側の人に対して、自分の全てを理解していてもらいたい、と願うものなのだ。

人は時に、誰かの注意を引きたいがために、あえて本心とは全く違うことを言ったり、嘘をついたりする。その一方で、相手が自分の見え透いた嘘に本気で悩んでいるのを見ると、少し興ざめするものだ。なぜなら、それは相手が自分のことをちゃんと理解出来ていない証だからである。

そこでその人は、更に相手に対して傲慢な態度を取ろうとする。もっと本心と違うことを沢山言い、もっと嘘をつき、これまで支配的だった相手に対して、もっとその人の戸惑うさまが見たいと思うだろう。

しかし、人はいつだって自分の全てを理解している誰かを許せるという訳では無い。もし相手に自分と共通する弱さがみいだせなければ、人は相手が自分の上に立つことも許せないだろう。


愛されるとは、誰かから特別に扱われるという事だ。愛とは理不尽なものだ。誰かを愛する時、僕達は同時に他の誰かを傷つけなければならない。なぜなら、僕達は誰かを特別扱いする時、他の誰かを特別ではない存在として扱うことになるからだ。

執着や束縛が愛のあかしであるとして扱われる理由はそこにある。というのも、それは誰かを自分の中で特別に扱っているという事の証拠だからである。

その一方で、これは僕達男性にとって何とも苦しい話なのだ。何故なら、僕達男性の多くが最も大切にするのは、自分自身の誇りであり、尊厳だからである。多くの男性が最も恐れているのは、自分の誇りが傷つけられることなのだ。

ところで、女性の誇りが求めるのは、自分が愛しい人から誰よりも強く愛されるということなのである。その女性のプライドが高ければ高いほど、その傾向は益々強まる。彼女は益々愛されることを求めるだろう。愛されない自分に対して平気でいられる女性はいない。女性は必ず愛を求める。


苦しみから抜け出すために先ずするべきことは、自分がなぜ苦しんでいるのか、その理由と原因を知ることである。