公開日記

その名の通りです

19/04/11 : 忘れていたこと

僕は復讐を求める人間だ、と書いたら、それに対して反感を覚える人もいるかもしれない。少なくとも、数年前まで僕は自分が復讐を求める人間であると感じていた。そしてそれを、最近になってやっと思い出したのであった。


十代の頃に僕が暮らしていた環境は、とにかく当時の僕にとっては耐えられないものであった。父のことは言うまでもないが、僕は叔父にも悩まされていた。

叔父は精神疾患を患っており、その上アルコール中毒者だった。彼が酒に酔っている時には、とにかくどんなことでも起こった。ある時、叔父は深夜に酔っ払ってリビングで全裸になって眠っていたし、また違うある時は、リビングで眠りながら小便を漏らしていた、さらに違う時には、リビングの窓を開けてそこで立ち小便をしていた。しかし何よりも耐えられなかったのは、叔父が僕にした仕打ちである。

以前、叔父は僕が涙ぐんで話した打ち明け話を、酔いが覚めると同時に忘れてしまったことがある。僕はそのために叔父を避けるようになったが、そうする今度は、僕を敵対するような、憎悪に充ちた眼で見るようになった。これは僕を深い孤独に陥れた(とは言うものの、僕は叔父を心底から愛していた)。祖父は数年経てば僕の顔と名前を忘れるくらいには僕に思い入れをしていなかった。

祖父の息子は三人いて、そのうちの三男が僕の父であり、次男が僕達と同居していた叔父であった。して長男はと言うと、祖父の家の真隣に、それこそ数メートル先に自身の家を持っていた。彼は妻子持ちであったが、その人生は悲惨なものであった。

元々優秀で、勉強の出来た長男の叔父Aは、東京のさる国立大学から「うちの大学に入らないか」という推薦が来たらしい。しかし叔父はそれを断った、もとい、断わらざるを得なかった、と言うべきなのかもしれない。祖父がそれを許さなかったのだ。祖父は元々それなりに大きな地主であり、自分の土地にアパートを建てるくらいには財産があった。そんな祖父は、長男であるAが自分の手元を離れ進学することよりも、自分の家を継がせることを優先したのである。

叔父Aは、今でもアメリカ等に仕事で出張に出かけるくらいには優秀らしい。しかし、彼は永遠に祖父から逃れられない。なんと言ってももう歳も六十を越えているのにも関わらず、未だに祖父の隣に家を建てているからだ。Aの妻は、僕達の家系の異質さに慣れることが出来ず、やがて家にこもりきりになって、精神を病んでしまった。噂ではストレスのあまり口が裂けてしまっているらしい。彼の娘のYは大学を卒業した後に僕達の家を継ぐつもりでいる。


高校時代、僕は都内の大学に進学するつもりでいた。その理由は色々あった。元々勉強するのが好きだったというのもある。高校生活の後半に入る頃には、僕もニーチェの本に触れていたから、当時からパラダイム・シフトに関する考えは抱いていた。だから、良い大学に入って、自分と同じ志を持つ同志に出会いたかった、というのもある。新しい生活に身を置いて、新しい人間と出会い、自分の野心の実現のために情熱を注ぎたかったのもあるし、元々音楽活動がしたかったから東京に出たかった、というのも確かにあるだろう。

しかし、何よりも大きな理由は、「早くここから抜け出したい」ただそれだけだった。この感情が僕を何よりも突き動かした。早くここから、この世界から、この家系から抜け出したい。このままここで腐っていたくない。ここから抜け出して、違う人間として生きたい。新しく人生をやり直したい。そのためにも、早くここから抜け出したい。


不安定な人間が求めるのは、意志することよりもどこかに居座り続けることである。自分の現在の不幸に精一杯である人間は、現在の自分にばかり気を取られて、他人の不幸を気にかけることも出来ず、まして未来のことなど考えられないものだ。そういった人間の多くは、自分よりも強い力を持つ存在にひかれ、願わくばその存在に服従し、そして弱い自分自身を受け入れて欲しいと願う。

僕は不安だった。まさに藁にもすがりたいような思いで毎日を生きていた。現在の不安や不幸に精一杯で、未来のことなんてどうでもいいと思っていた時期もあった。そんな中で、僕は迷信深い人間になっていた。

ある日、僕は街中で偶然見かけた占い師に、どういう訳か心が惹かれた。普段ならそんなものは絶対に信じないのに、気が弱くなっていた僕は、とにかくこの悩みと不安を誰かに、誰でもいいから打ち明けたかった。そして何より、先の見えない自分の未来を誰かに照らして欲しかった。そんな思いから、僕は占い師に声をかけて、自分を占ってくれるように頼んだ。

占い師がどんな見た目をしていたか、そして僕が占い師とどんな事を話したのかは、この際どうでもいい。問題は、占い師の言葉が僕に与えた強烈な印象であった。もしかすると、僕は占い師の話術にはめられたのかもしらないし、上手い口車に乗せられたのかもしれない。なんと言っても気が弱っていたから。どちらにせよ、たった千円で僕は二、三時間ほど世にも奇妙な話を交えることとなった。なんと言っても当時の僕は迷信深かったのである。

占い師から語られた言葉は、要約すればこうだ。『元々あなたは気の弱い性格をしています。でもあなたは自分の性格を顧みずに、無理をして何かを成し遂げようとするから、そのためにあなたは失敗するでしょう。あなたはこのまま行けば自分の家を継ぐことになります。あなたとあなたのお父さんの性格は合うことは決してありえません、あなたは家を出る必要があひます』

果たしてあの占い師の語った言葉がどこまで本当だったのかはわからない。あんな婆(占い師は女だった)の言うことを信じる方が馬鹿げている、そう言い聞かせたりもした。しかしとにかく、あの女の語った内容は僕の不安を益々煽った。

(以来、僕はあの占い師のもとに行ったことがないのだが、あの女は今一体何をしているのだろう?僕の将来の夢が叶うかどうかに関しては、ただ「今はわからない」とだけ語っていた。しかし、せめて僕を安心させてくれる言葉でも語ってくれればよかったのにと、当時はよく思ったものだ)

しかし、占い師の女の言葉は的中した。僕は受験勉強の最中に体調を崩し、進学を断念することとなった。そして僕は、(これまた占い師の言う通り)家を出ることになったのである。


僕は復讐を求める人間だ。なぜなら、僕はいつだって一つの場所から逃げ出すように生きてきたからだ。僕にあるものといえば、人一倍大きな虚栄心と、自分自身に対する復讐心、そして自分の理想のための野心、それだけだ。ただそれだけが僕を突き動かしてきた。野望、野心、欲望、そして憎悪、または復讐心。ぼくにあるのはそれだけだった。当時の僕にとっては、才能もなければ何も無い、それしかなかったのだ。

僕には帰りたい過去もなかった。だから僕には未来しかなかった。僕は絶えず不満と不安を感じて生きてきた、そしてそれを解決するために、絶えず現在の現実で動き続ける必要があった。だから僕はどこまでも未来に依存して生きてきた。


現実で見かけた他人の不条理に対する怒り、「この世界は間違っている」という感情、自分を取り巻く環境への不満、そして自分の内側で沸きあがる漠然とした恐怖や不安、憎悪、復讐心、何より心の底から渇望せざるを得なかった夢や理想、そして愛。

僕は忘れていた。僕を突き動かしていたのはいつだってこれらのものだった。もとい、これらなしには現在の僕を語ることだって出来ないのである。