公開日記

その名の通りです

19/04/14 : ニーチェとの対峙、そして決別

ニーチェは僕の青春だった。高校時代にニーチェに出会ったことは、僕の短い今日までの人生の中で、最も重要な出来事の一つだった。僕はニーチェに魅了された。ニーチェは僕にとって一つの始まりであった。

ある時は一日中ニーチェのことを考えたりもしていた。ハイデガーも書いていたことだが、西洋哲学とキリスト教を否定したように見えるニーチェは、その実どこまでも彼は道徳的であり、また善美なものを愛し、プラトニックな理想主義者なのである。そう、まさに彼は『最後の形而上学者』なのだ。そういう意味で、ニーチェの思想とはある種の自己否定である。

そして僕の哲学(そう、僕は今、自分を「哲学者」であると自称したい気分だ)、僕の「哲学」は、ニーチェが否定したもの、つまり道徳と理想、そして神を肯定する事から始まる。だからニーチェは僕にとって乗り越えるべき「敵」なのであり、また対峙すべき存在なのだ。


僕が孤独を愛するようになったきっかけもニーチェにある。そしてニーチェの影響でショーペンハウアーの思想にも触れた。ニーチェショーペンハウアーと来たら、もはやワーグナーに接近することが免れない。この三人の発見は、僕を益々孤独の内へと引きずり込むよう導いた。独りでいる時、僕の気分はさながらトリスタンであり、暗闇の中で独り未来のイゾルデへと思いを馳せていた。

ルソーが「告白」の中で近い体験談を書いていたが、誰しも一度は、自分のことを何でも理解していると思っていた他者から裏切られる経験をしているものだ。

両親や友達、または先生、もしくは恋人など。人と人が親しく交わっていると、どうして僕達は自分と他人の意識のあり方がそれぞれ異なっており、自分が言わなくてもわかっていると思っていることを、実は他人が理解していないということを忘れてしまいがちである。

しかし、突き詰めていけば、僕達の間にはそれぞれ意識の隔たりがあり、そこには目には見えない壁がある。よって、完全な相互理解が成立することなどありえない。

つまり、僕達は皆孤独なのだ。ただそれを多くの人が誤魔化しているに過ぎない。

こちらが相手のことを完全に理解していないのにも関わらず、相手にこちらのことをよく理解してもらうことを要求することなど、傲慢に他ならない。ここに僕が孤独を愛し始めた理由の一つがある。元々僕達は孤独なのだから、むしろ「自分が孤独である」という事を理解した方が、誰かに対してより配慮の取れた態度を取りやすい。孤独を選ぶということは、むしろ利他的な行いのように思われるのだ。

また、孤独だからといって、なにか悲観すべきことがあるとは思えない。むしろ孤独が必然だと考えるならば、それを受け入れてしまった方がずっといい。

時に、ウエルベックの小説にこんな一説がある。

(…)これからある七歳児を観察してみよう。彼は今の絨毯の上でおもちゃの兵隊で遊んでいる。どうか注意深く観察してほしい。親が離婚したため、彼に父親はいない。化粧品会社で重要なポストに就いている母親と、一緒にいる時間も少ない。それでも彼はおもちゃの兵隊で遊んでいる。そして、そうした兵隊たち、この世界と戦争の表象に彼が抱いている関心は、非常に高そうだ。すでに彼は愛情が不足している。それはたしかだ。しかしどうやら彼はこの世界にものすごく関心を持っている!

このように、僕達が子供だった頃は、よくひとり遊びをして、孤独な時を過ごしたのにも関わらず、全く孤独に苦痛を感じていなかったでは無いか。

そうでなくて、僕達が孤独に耐えられなくなったのは、僕達が人間関係のうちで孤独を感じたからである。人と関わっているのにも関わらず、寂しさが埋まらない。これが人が孤独に苦痛を感じる第一歩である。

孤独は良い。僕は孤独を愛している。孤独でいればたくさんの本が読めるし、いっぱい音楽も聴ける。楽器の練習だって好きなだけできる。孤独を知らなければ、人は人として成長することが出来ない。

よくよく孤独や憂鬱といった概念は、思春期から青年期に掛けての若い男女が苦しめられるものとして取り上げられ、それ以降の人達、つまり壮年以降の大人達はそれに苦しめられないとされている。何故なら、大体の人は実生活の中で、自分の悩みや苦しみに妥協し、諦めをつけ、そうして社会に出るからである。

それが悪いとは言わない、むしろ立派な行いだと言えよう。だから、このように孤独に向き合うことなできた僕は、幸いな人間だと思っている。


孤独の中で、僕はニーチェを愛した。ニーチェは僕の救いであった。しかしこの救いは、僕がニーチェの思想の中に救いを見いだしたという意味では決してない。僕は今日まで、様々な他人の不幸や不条理を見て、なんでこんな事が起こるのだとか、この世界は間違っているとか、そんな事を本気で思ってきた。そして、ニーチェの思想に触れた当時は、特にそういった感情を強く抱いていた。

ネット上で見かけた見ず知らずの少女や、せっかく友達になれたのに不登校になってしまった同級生。別に彼らを憐れむつもりは少しもない。それは彼らに対する侮辱だ。ただ、彼らのことを思うと、何も出来なかった自分が歯がゆくて仕方がない。今でもそうだ。そして、上の二人だけではない。僕に歯がゆさや、自分の無力さを嘆かせた人はもっとほかにも沢山いる。何か出来なかったのか、何故何もしてやれなかったのか。そう考えると、自分が憎くて仕方ない。

そんな僕にとって、ニーチェの哲学は一つの救済を指し示すもののように思えた。新しい道徳、新しい生き方、新しい人間の在り方を打ち立てて、全ての人が誇り高く、どんな不幸があっても幸福への希望を捨てない世界が来るかもしれない。これまで自分の感じた無力さや不甲斐なさを、もう感じなくてもいいのかもしれない。そんな気がした。だから僕はニーチェの思想に熱中した。彼の本を一頁めくる度に、僕は自分の胸の内の奥底にある、僕ですら見知らぬ何かが、深く共鳴し、共感するのを感じた。


この体験から、僕はみんなが僕と同じように、哲学や思想に何か救いのようなものを見出すに違いないと思った。孤独を愛すべきだという考えだって、きっとかつての自分のように悩める人の心を打つものだと信じていた。しかし違った。僕はそれに気づいてしまった。そして僕は、ニーチェの思想に限界を見いだし始めた。

何より、僕は孤独にこもりすぎた。僕が最もニーチェに傾倒していた時期は、正直に言って僕が最も暗い性格をしていた頃だと言っていいかもしれない。当時の僕は神経質で怒りっぽく、また嫉妬深かった。無愛想でもあった。そのくせ、誰かと出かけた時など、友達と別れる時が本当に辛かった。

日が終える頃、当時の僕の友達はみんな素っ気なく僕の前から去ってしまう。待ってくれ、行かないでくれ。また僕は、これから何日もまともに誰かと会話をしない日々が続くんだ。君にとっては、僕は沢山いる友達の内の一人なのかもしれない。でも僕にとっては、君は手で数える程度しかいない僕の数少ない友達なんだ。そんなことを言ってみたかったが、恥ずかしくて言えなかった。

僕は孤独を愛していたが、同じくらいに人間を愛していた。僕は忘れていた。僕は元々人と関わるのが好きな方の人間だった。孤独にこもりすぎて、そんな事すら忘れていたのだ。僕は自分が変わらなければならない事を感じていた。だからこそ、僕はニーチェの思想から離れなければならなかった。

人間は元来社交的な動物である。文明の始まりは人間が二人以上集まることにその原点がある。そして紀元前から、僕達人間は集団を作り、社会を形成してきた。文明をより高い次元に導くのは、孤独なマイノリティの人達である。しかし同時に、人と関わり、誰かを愛することを知らない孤独者は、決して大物になることなどできない。


自分が人間を愛しているという事に気づいていからというもの、僕はややニーチェの書物から遠ざかるようになった。その代わりに、僕はニーチェが影響を受けた作家の書物をよく読むようになった。ドストエフスキーシェイクスピアスタンダールモリエールスピノザパスカルに触れるようになったのも、やはりニーチェの影響である。

ただドストエフスキーに関して少し違う。彼の本を初めて手に取ったのは、ニーチェを初体験した頃とほとんど同時期であったが、彼の本を一層よく読むようになったのは、このように僕がニーチェの書物からやや遠ざかり始めた頃である。

それから僕は、哲学書よりかはむしろ小説を読むようになった。ハイデガーフーコードゥルーズなどの哲学者に興味を持ったのは、やはりニーチェの影響から抜け出ようとしていたまさにその時であるが、しかし僕は哲学よりも専ら文学に傾倒した。文学は良かった。人と会わなくても沢山の事をその作品の中で追体験できたから。


ニーチェから遠ざかった理由は、無論他にもある。これはニーチェだけでなくて、キェルケゴールなどにも言えることだが、どちらも理想を追いすぎて地に足の着いた生活が出来ていなかったという事だ。そしてこれは、僕自身にも言えることだ。

僕は夢見がちな理想主義者だ。自分がそうだという事は自分で一番よく分かっている。哲学者には二つの種類の人間しかいなくて、一つは恐ろしく神経質で生真面目な生活を送っている人で、二つは恐ろしく自由奔放で破滅的な生活を送っている人である。どちらにせよ言えることだが、大抵の哲学者は、自分の理想を追いかけすぎて、実生活の自分自身はボロボロなのである。

ニーチェキェルケゴールと並び実存主義の先駆者と呼ばれているドストエフスキーが、唯一マシな人生を送っていると言えなくもないが、彼の私生活もやはり非常に破滅的である。「どう生きるべきか」を考えるはずの実存主義哲学において、その失敗例を見せつけられては、「それを乗り越えること」を目標とせざるを得ないのである。


ニーチェから遠ざかることは、僕に長らく通わずにいた教会に通うきっかけを与えてくれた。こうして僕はキリスト教に回帰したわけたが、僕はニーチェを再び愛し始めた今でも、再びキリスト教の信仰を捨てるつもりは無い。

恐らくこれからも、死ぬまでキリスト教徒であり続けるだろう。ただ暫くは(もしくは一生)教会に通うつもりは無い、それだけの事なのだ。

再び教会に通わなくなってからもう数ヶ月の時が経つが、教会に通わなくなったことは僕にとって正解だった。今でもあの教会の牧師は僕にとって心からの尊敬の的であるが、しかし教会に通わなくなったおかげで、僕はあの腐った教会特有のまぬけな考えから抜け出し、より柔軟な思考が出来るようになった。これは僕に新しい習慣を勝ち得ることとなった。

キリスト教の最も優れた点であり、また最も恐ろしい点は、それが人間の弱さを非常に良く理解しているということである。そのことをニーチェはよく理解していた。

これはドストエフスキーも書いていることだが、強い人間ほど、自分の強さに耐えられなくなることがある。つまり、何か能力のある人や、他人によりも優れているように見える人ほど、自分が跪き、そうして絶対服従するべき存在を求める傾向にある。

そして、そのような人達にとって、「神を信じる」という行為は、決定的な自己存在の安定に繋がるのである。何故なら神は、彼らよりも強く大きな存在であり、彼らが跪いて絶対服従すべき存在だからである。


僕は紛うことなき理想主義者である。これはニーチェの影響もあるが、何より自分自身の経験に由来するものだと言っていいのかもしれない。

例えば男女の間に友情が成立することについて。僕はそれを固く信じているが、何故僕がそれにここまで固執するかとなれば、それは、そうしなければ僕自身の精神を保つことが出来ないからだ。

僕は、見た目が見た目であるから、同性から迫られたことも少なくない。それに実際、僕も好き好んで中性的な容貌のままで居続けている節がある(しかし、残念ながら僕は異性愛者だ)。

そして、もし男性と女性の間で友情が成立しないのならば、僕にとっては、同性同士の間で友情が成立しないのと同じ意味になるのである。なぜなら、僕には異性から迫られた(またはこちらから異性に迫った)のと同じくらいに同性から迫られた経験があるからだ。

だから、僕は異性間に友情が成立することを固く信じている、もとい信じなければならない。そうしなければ生きていけないのである。そして、もしどちらかが、元々性的な目的があってどちらかと友達になった話などを聞くと、(それが自分の場合でなくとも)何だかとても裏切られた気持ちになる。君たちの友情は結局表面上だけで、腹心ありきだったのかと、そう言いたくなる。

無論、僕が行き過ぎであることは分かっている。自分が理想を追い求めすぎて、地に足の着いた生活ができていないことくらい、僕が一番よく理解しているつもりだ。しかし、僕にはこうする以外にどう生きればいいかがわからない。


僕はニーチェに負うところが非常に大きい。デカダンスニヒリズムルサンチマン、そして永劫回帰、または道徳的価値観の転換。もし僕に独自の思索をすることが出来ているとするならば、それらの思索の始まりはニーチェに由来すると言っていい。僕にとって、ニーチェは最愛の哲学者であった。そして今の僕にとって、ニーチェは乗り越えるべき最大の「敵」である。


ニーチェは僕に新しい可能性を示してくれた。ニーチェの哲学との出会ったあの時から、僕の理想は変わっていない。もしいつかパラダイム・シフトを起こるとするならば、その時は新しい哲学が、道徳と、新しい人間の在り方、そして新しい世界を指し示すに違いない。パライダム・シフトはこれまでの歴史上でも何度も起きてきた。そして、現代の人間の価値観には既に限界が来ている。今こそこの世界には新しい価値観と、新しい秩序が必要なはずだ。

でもニーチェの哲学には限界がある。彼の言っていることは正しくもあるが、間違ってもある。今こそ新しい哲学のあり方が提示されなければならない。

この世界は間違っている、そう何度も思ってきた。そして社会の道徳が腐敗したその時にこそ、いつの時代でも正しさが求められてきた。今こそ、現代にこそ正しさが必要だ。ツケは支払わなければならない。やがて全ての人がその苦しみの報いを受ける時が来る、必ずだ。