公開日記

その名の通りです

19/08/17 : 個人的な話、サルトル、作詞の完成

 人は他人によって変えられることはない。そうでなくて、人は他人を通して(または他人を利用することで)自分を変えるのである。


 精神的に安定しない日々が続く。

 特に一人でいる時は、絶えず頭に死の影が思い浮かぶ。毎日、来る日も来る日も、自殺という考えに僕は囚われている。苦痛が絶え間なく、吐き気のような不快感が何時間も襲うかと思うと、次には神経が麻痺するような感覚に陥る。音楽を聴く時間も減り、本を読む時間も減った。代わりに、何も出来ずにベッドに横たわる時間が増えるばかりだ。


 先月末に、何となしに副業のバイトを始めてみた。しかし、それも先日辞めてしまった。理由は特にない。これからは再び前から続けていた仕事に専念することにする。

 一ヶ月ももたなかった。コンセプトカフェでのバイトの方が厳しかったのに、それよりもずっと早く辞めてしまった。


 生きた心地がしない。暇つぶしをするかのように毎日を生きている。


 僕はサルトルに対して個人的な憧れを抱いて いる。彼は哲学者であると同時に小説家であり、劇作家であり、そして評論家でもあった。何より、彼は行動する知識人であり、一人の偉大なカリスマであったのだ。要するに、彼は僕の理想なのである。

 ここで僕が思い出すのは、パスカルの残した箴言だ。

 "この世の主人は力であって、世論ではない。"

 「他者」とは、人に最もよく働きかけやすい概念である。人が自らの心が動かされるのを感じるのは、自分が共感と共鳴を覚えやすいもの、つまり感情移入しやすいものである。そして、人間が最も感情移入しやすい対象とは、やはり他ならない同じ人間である。

 次に、人間は概念に突き動かされることによって生きている。概念( = 知識)は、それを得た人にそれに基づいた行動をとることを強いる。つまり、人は自分の知っている「概念」に自分自身を寄せるのだ。人は与えられた概念( = 知識)に自分を合わせて、偽りの自分自身を演じるのである。

 よって、他人が共感を覚えやすく、同時に優れた、革新性に富んだ「概念」の提示を行える人がいたとすれば、その人は優れた影響力を持つカリスマとして、多くの人の人生を変えることが出来るのだ。

 では、そのように優れた、強い影響力を持つカリスマであるためには、何が必要か。それは、すなわち弱くあるということ、そして自分の弱さに苦しめられるということだ。


 僕は強さを求める。しかしそれは、僕自身の弱さに対する復讐心に基づくもの、つまりルサンチマンの発作であるということを、僕は知っている。

 今日までに何度も考えた。僕を苛むこのような「弱さ」が存在しなければ、今頃もっと自由に、もっと多くのことを成し遂げられていたのではないか。しかし実際は違う、僕は自分の弱さに苦しめられ、このように無意味な幻滅の日々を送っているだけだ。

 そうだ。僕は自分がこのように病んでいなかったら、もっと強く、力のある人間として、自分の意志を大いに行使していた。そう何度も考えた。こんな風でなかったら、もっと今頃人生は上手く行っていた。だからこそ悔しい。実際は違うからだ。こんなはずではなかった。僕は、いつまで経っても、何も、何も上手くいかないままだ。

 もっと力が欲しい。僕は自分よりも強い人間に憧れる。僕は自分自身に復讐したくて仕方がない。しかし同時に、僕はこのような自分の考えが間違っていることも知っている。だから困っている。それに、いつまで経っても力は手に入らない。

 こんな現実が憎くて仕方ない。


 サルトルは文体も魅力的だ。『存在と無』は、偉大な哲学書であると同時に、サルトルの瑞々しい感性の閃きを感じられる書物である。彼はあれをカフェに通いつめながら書いたらしい。だから『存在と無』の中には、他の哲学書には見られないような生き生きとした描写が多く含まれている。


 日中には寂しさにも似た不安げな焦燥感によく苛まれる。そして、この胸を締め付けるような痛みは、僕を苦しめるのと同時に僕自身がとても空っぽな人間なのだと感じさせる。


 ついに曲が一つ完成した。これまでに難航していた作詞の作業が、なんとか乗り越えられたのである。とは言ったものの、歌詞は僕の好きなリルケの詩を下敷きにしながら書いた。やはり作詞の題材というものは中々思い浮かばない。だからこれは、僕の曲にリルケの詩を載せたようなものである。

 詩は、リルケの『花嫁』という詩を題材にした。19/08/11の日付の日記にそれが載せてある。とても美しい詩で、僕の大好きな詩だ。

 そして次に載せる文章は、そんなリルケの詩に基づいて書いたものである。良ければ読んで頂きたい。

"私を呼んで、恋人よ 私はずっとあなたを待っている。
窓辺に立ち、窓の外を眺める。並木道は夕日に染められている。
日が暮れゆき、夕暮れはもう私の見張りをしてくれないから
あなたの声で、早く私をあなたの夜の家に閉じ込めて。

窓の外にある 藍色の庭は、日が落ちれば夜の内に溶けてしまう。
夕暮れが逃げ、並木道にはもう誰の姿も見える事がない。
早く呼んで、だから 私をあなたの夜の家に閉じ込めて。
それでなければ、私は藍色の庭に消えてなくなってしまう。

日が暮れゆき、夕暮れはもう私の見張りをしてくれないから
あなたの声で、早く私をあなたの夜の家に閉じ込めて。
それでなければ、私は藍色の庭に消えてなくなってしまう。"

 曲の名前はまだ考えていない。一応完成を見たが、ここからいくらか歌詞の加筆が行われるだろう。

 しかし読み返してみると、自分が思った以上に女性的な歌詞で、少し気恥ずかしい気持ちになってしまう。