公開日記

その名の通りです

19/08/24 : 夜に歩きながら考えたこと

 今日、僕は夜を歩いた。

 思索というものは、部屋でじっとしているよりも、むしろ何かの作業、動作、行動の中での方が活発に行われやすい(無論、もしも僕に思索と言えるだけのものがあるならば、の話だが)。思考とは一つの運動である。つまり思考とは、今いる考え( = 場所)から違う考えへと「動く」行為に他ならない。

 人が何らかの示唆を受けるのは外部の影響によるものだ。部屋でなにもせずにじっとしていること、これはむしろ思索家のすることではない。部屋に一人でいるにしても、思索を好む人ならば、音楽を聴いたり、本を読んだり、楽器を弾いたり、その他何らかの学びを深めたり、つまり必ず孤独において何らかの「行為」をする。思考とは動くということであり、思索とは一つの行為である。

 思い悩むことも、やはり一つの行為である。正確に言うならば、苦悩とは、一つの考え( = 場所)から他の考えに移ろうとしてもがくことだ。ここから、この考えから抜け出したい、なのに抜け出せない。または、これが受け入れられないのに、これが離れてくない。苦悩とは一つの試行錯誤であり、今いる場所( = 考え)への拒絶の表れである。

 つまり、何かに思い悩むということは、未遂に終わる一つの行為なのだ。そして、悩みが晴れるということ、これは一つの行為の遂行か、または行為から逃避である。

 何もせず部屋でずっと項垂れているような日もある。この日もそのようだった。僕はずっと悩んでいた。白状するならば、最近、僕はとても追い詰められている。一つの精神的な危機を迎えていると言ってもいいかもしれない。

 僕はずっと考えていた。時折、僕は自分が酷く最低な人間で、今この瞬間も、とても間違ったことをしているのではないかという考えに襲われる。僕は本当に正しいことをしているのだろうか?何もわからない、何も。

 だから夜を散歩することにした。とにかく一度部屋から出て、新鮮な空気を脳に送り込む必要がある。そして僕は、歩きながら、自分の考えていた事の続きへと向かった。


 自分を不幸だと思うことには一種の喜びが存在する。人は時に、自分を卑下し、最低だと言って罵る行為に、他では得られないような喜びを見出す。

 罪の意識が人に陶酔感を与えることさえある。

 人の人生は何かを嘆くことから始まることが多い。その一方で、行き過ぎた不幸への嘆きは、むしろその人を心地よい感傷へと引きずり込み、優しい毒でその人の精神を蝕む。そう、不幸とは一つの麻薬なのだ。そして不幸に苛まれた罪の意識は、それが行き過ぎれば、ある種の自己憐憫をその人に与え、歪んだ自己愛を植え付けることになる。


 僕には自分の何が間違っていたのかがわからない。しかし、最近は何も、何もかもが上手くいかない。どうすればいいのかもわからない。このまま八月が終わろうとしている。僕は心残り以外のなにも感じることが出来ない。

 その一方で、別の悩みが僕を襲っている。二〇二〇年が近づいている。僕はもっと行動して、自分を外部へと広げなければならないはずだ。しかし、それを求めれば求めるほど、きっと僕は、他の側面で大きなもの喪失することになる。何故どちらも選ぶことが出来ないのか。そして僕はどちらも選ぼうとすることで、今、どちらも失おうとしている。


 悩みというものは、容易に誰かと共有するべきものではない。どんな人であろうと、自分が難しいと感じている事について話そうとすると、必ずどこかで言い間違えを犯す。よって、苦悩や思い悩みは、誰かと共有するために、容易に打ち明けるべきものではない。

 むしろ悩みとは、それぞれがその問題を見極めて、そしてそれができる限り肯定的なものになるよう努めるべきだ。つまり、それぞれがそれぞれの問いを生きて、そして他者の問いには敬意を払うことが大切である。

 では、誰にも自分の悩みを打ち明けるべきではないのか、となれば、そうではない。

 人と人は違う。よって、その人がありのまま、思ったままの事を他人に話せば、間違いなく他人はその人のことを誤解する。そして、その人のことを誤解した他人に弁解しようとして、その人はより多くのことを話し、益々相手を誤解させていく。

 思ったことをその通りに話すということは不可能なのだ。言葉でなにかをいい表そうとする時、人は必ず、物事を必要以上か必要以下に話す。つまり、人はなにかを誇張して話すか、または何かを低くして話すか、そのどちらかしか出来ないのである。

 ではどうするべきか。そう、お互いに自分の事さえも話せないのだからこそ、互いに寄り添い合うということが大切なのだ。

 誰かに自分自身についてを話すということは、他人を通して自分を模索するということである。なぜなら、僕達は自分自身を知らないからだ。自分を知らない僕達は、自分のことについてを話している際、時には自分でも思いもよらなかった言葉に出会うものである。

 僕達が誰かに自分の気持ちをうちあける時に必要なのは、自分であると同時に、相手になりきるということである。その相互作用が必要となってくる。そうでなければ、誤解は益々深まるばかりで、対話はただのすれ違いにしかならないだろう。打ち明け話というものは、打ち明ける側と打ち明けられる側が、互いに相手になりきることによって、初めて成立するのである。


 外を歩いていると、気温が随分涼しくなったことに気がつく。日中の日差しはまだ強いが、それでも夜はとてもやさしい。夜風は軽やかに僕達を愛撫してくれる。

 こうして一人で歩いていると、突然何らかの追憶が僕を襲ったりする。たとえば僕は、自分が以前、家を追い出された時のことを考えたりした。

 あの頃、短い間ではあるが、僕は様々な場所を所在なく歩き回った。友人の家に泊まったり、ネットカフェに避難したり、または二十四時間営業の店に居座ったりした。しかし、程なくして次の住まいは見つかった。

 そしてあらゆる所を彷徨い歩いていたあの頃、僕はひとつのことに気がついた。それは、この社会には、それこそ表には出さないだけで、「外側」で生きている人間が沢山いるということだ。

 一見すると普通な、どこにでも居そうな(むしろ裕福そうだと思われる)見た目をしているが、そういう人が、実はホームレスだったりする。まさかとは思うが、そのまさかなのである。このこともいつか追って書ければと思っている。

 アウトサイダーはあらゆる所に偏在している。ただ表面だけ一般人のような面をしており、まるでやさしい仮面を被っているが、その仮面の裏では、とても常軌を逸していた「何か」が存在している。そのような人が確かにこの世界にいる。その事を知ったのも当時であった。

 それと同時に、自分もアウトサイダーなのではないかという不安が、当時の僕を絶えず襲っていた。自分は違う、あいつらの仲間ではない、そのような意識がよくよく頭に思い浮かんだ。そしてそんな時、僕の頭には必ずと言っていいほどボードレールの次の詩句が思い浮かぶのだった。

 "せめて私が人間の底辺ではなく、私が軽蔑している人々よりも自分が劣った者ではないことを私自身に証する、よき数行の詩をこの手に成さしめたまえ。"

 今から思うと、あれもいい経験だったのかもしれない。最近では、そう考えられるようになった。しかし、当時は非常に追い詰められていたことも事実である。

 この差し迫った不安は新しい家を見つけてからも変わらなかった。結局そこも一年弱で飛び出て、今は新しい部屋をかりている。

 今だから白状できるが、当時はお金目当てで女性に近づいたりもした。あの女は金を持っていそうだ、利用してやろう、といったふうに思ったのである。

 しかし、いま考えると、僕は別にお金が欲しかったのではないのだ。そうすることで、自分に力があるのだと思い込みたかったのである。

 それも上手くいかなかった。理由は簡単である。僕は利用しようと思って近づいた誰かに、次第に情を抱いてしまうのである。おそらく、相手も僕がはじめは金目当てで近づいたのだろうということに気がついていると思われる。

 一度相手に情を感じてしまうと、もう上手く割り切ることが出来ない。当時は、そのことでとても悩んでいた。


 現代において、僕が可能性を感じるのは、ヘーゲルよりかはむしろカントである。

 現代哲学の基本的な枠組みは、カントに負うところが非常に大きい。ドゥルーズニーチェのことを「カントの批判哲学の継承者」として考え、現象学の祖であるフッサールや、二十世紀フランスの哲学者たちに多大な影響を与えたベルクソンも、カントの哲学をその出発点に持っている。

 ニーチェヘーゲルから影響を受けていると考える傾向が時折見受けられるが、彼はその初期の著作(『悲劇の誕生』)を除いて、むしろヘーゲルの哲学に否定的である。どちらかというなれば、彼の著作の中では、ショーペンハウアースピノザに次いでカントとプラトンの哲学への言及が多い。


 今日は普段は歩かない道を歩いてみた。とても新鮮な気持ちになった。やはり夜道を散歩するのはいい。

 しかし、また無駄なことを沢山書いてしまった気がする。こんなことよりも、もっと他にするべきことがあるだろうに。