20/09/24

 男は男で固まって、「女にろくな奴なんていない」と言う。女も女で集まって、「男にろくな奴なんていない」と言う。双方ともに大きな誤解をしている。男にも女にもろくな奴なんてそうそういない。ただ、どんな人にも必ず愛すべきところがあり、そしてだからと言って、私が「ろくな奴」だというわけでもない、ということである。

 人間愛と人間嫌いは常に表裏一体な関係にある。私は人間を愛しているが、かと言って人と関わるのが好きなわけではない。むしろその逆だ。では何故「人間を愛している」と言えるのか。それについては、ただ一言「人間を苦しめるのが同じ人間であるならば、人間を癒すのもまた同じ人間である」とだけ述べておこう。結局、人が一番興味を抱くものとは、同じ人間にまつわることなのである (だから社交の場ではいつもその場にいない人の話がもちあがるわけだが) 。


 秋、一年の間に訪れる夕暮れ。秋が来る度に、私はよくボードレールリルケの詩を思い出す。「やがて我らは冷たい闇に沈んでいく。さらば、短すぎた夏の激しい輝きよ!」「主よ、秋です。夏は偉大でした。あなたの陰影を日時計の上にお置き下さい……」


 ロマン・ロランも書いていたが、この世にはいつも二通りの人間しか存在しない。つまり、健康な人間と不健康な人間の、その二通りである。

 この場合、健康とは、何も気を病まないとか、体調を崩さないとか、決してそういう意味ではない。気を病まず、病気にもならないよう注意して生きる方が、ロマン・ロランには遥かに不健康に思われただろう。では、ロマン・ロランの考えた「健康」とは何か。それを紐解くヒントは、ロランにも影響を与えたニーチェの中にあるように思われる。

 病苦に苛まれ、激しい吐き気や、この世界で自分がたったひとりぼっちであるような感覚に襲われたとしても、ニーチェは自身を「健康な人間」と称して止まなかった。それは決して強がりで言っているのではない。彼は本気でそう信じているのだ。ニーチェには次のような指摘がある。自己保存の法則(「あらゆるものは自己を保存しようとする」というスピノザの考え)には、いつも追い詰められており、自己の拡張を忘れた人間存在の状態をしか考慮に入れていない。あらゆる存在は、豊かになれば、自らを保存するよりもむしろ自らを溢れさせることを求めるようになる。つまり、健康な人間とは、何らかの形で豊かで、自分から溢れ出ることを求める、高い強度を持った者のことを指すのである。

 時に、ドゥルーズは自殺によって自らの生を締めくくった。それについて、彼の本を訳した宮林寛は、ドゥルーズ自身の次の言葉を引用した。「主体化こそ、線に挑み、線をまたぐ唯一の方法なのです。その結果、死や自殺に向かって歩むことになるかもしれませんが、(……) その場合、自殺は生に溢れた一つの芸術になっているのです。」

 芸術作品としての生を生きるということ。ドゥルーズにはフーコーに由来する考えの一つとして「芸術作品としての生」というものがある。そして、それは同時に「実験としての生」でもあるわけだ。

 私達それぞれを構成しているもの達の関係とは、それぞれによって異なっている。言い換えるならば、私達には互いに常に一概にすることの出来ない差異を抱えている。よって、私達が豊かに生きる方法とはそれぞれ異なっているわけだが、だからこそ私達はそれを実験することによってしか知り得ない。実験することが芸術作品としての生を生きることに繋がるのである。だからドゥルーズの自殺も、私には、生を豊かにするための一つの手段であったように思われるのだ。

 では、実験とは何か。そのような問いが思い浮かんでくる。実験の本質は間違いを求める点にある。信じられていた一般性から抜け出して、別の、新たな「正しさ」ためには、人は元々信じられていた「正しさ」の道から逸れる必要があるからだ。間違いを求め、道を踏み外すことを求めるということ。そしてこれは、芸術作品としての生に必要不可欠であるのと同様に、倫理的な実存にも必要不可欠なことなのである。というのも、もし倫理的な答えを求めるならば、人は時に背徳的に思われるようなことをも、あやまちをも犯さなければならないからだ。


 部屋で一人で過ごしている時に、過去の恥ずかしい出来事や、後悔していることを思い出しては、変な奇声を上げたり、突発的な叫び声を上げることが多い。これは私の悪い所なのだが、かつて恥を感じた相手に対して、私は中々上手く目の前に立つ気になれない。だから一層それを引きずることとなる。これまでに、どれだけ沢山の恥と後悔を重ねてきたか。それは知らない。我ながら、面倒な性格をしていると思う。

 自分で言うのもなんだが、ある角度から見れば、私は非常に大人である。落ち着いた態度が取れるし、その場に応じた対応も取れる。が、また別の角度から見れば、私は非常に子供っぽい人間である。明らかに、それ相応の経験が不足している。虚栄心から、普段は「何でも知っているんだ」といった態度を取ろうとする。しかしそれも、臆病からそうしているに過ぎない。

 きっとこれからも、私はまた恥を晒すようなことをするのだろう。今の自分にしたって、未来の私からしたら恥ずかしくなるようなことを、気が付かないだけで沢山しているに違いない。考えただけで頭が痛くなってくる。しかし恐らく、今の私に必要なのは、むしろ、あえて間違えようとすること、恥をかこうとすることなのだろう。

 今日まで、私はいつも、出来る限りあやまちを犯さないように、最善な道を選ぶことを願ってきた。それは、無闇な時間を費やしたくないからというのもあるが、それ以上に苦しみを最小限に抑えたいからというのがあった。しかし、ある一定の喜びを願うならば、私達はそれ相応の危険を侵さなければならないのではないか。そう、実験の本質は間違いを求めることにある。今の私に必要なのは、道を踏み外すことだ。

 もとい、道を踏み外したい。しかし、どこに私の踏み外すべき道があるのだろう?それさえもわからないのである。


 仮面を剥がせば、また別の仮面が現れてくる。この世においては、一切は仮面である。よく「ありのままの自分」という言葉が囁かれるが、人々がよく見落としている問題は、まさに大抵の人が自分自身の「ありのまま」を知らないという点にある。私達の本性とは、いつだって仮面を通してしか現れないのである。

 それは丁度音楽に似ている。ハ長調ロ短調など、音楽にはよくそれぞれに調整が与えられたり、またはそうでないとしても、ソナタ形式交響曲など、何らかの形式を与えられることが多い。これは、そもそもそれら仮面を与えなければ、纏まった音楽作品というものが成り立ち難いという点にある。音楽家というものは、十二音の何の規則もない混沌の中に、複数の規則 = 仮面を与えることで、音楽作品というものを成り立たせる。

 この事は私達の日常生活のことを思わせる。というのも、私達は自分の知っているものに(とりわけ共感できるものに)自らを寄せていくからだ。たとえば一人の子供が、液晶画面越しに観たミュージシャンの身振りの真似をするようになる、など日常生活の何処にでも溢れている出来事だが、この些細な出来事は、私達に「仕草よりも先に人があると言うよりかは、人よりも先に仕草があり、それが伝染している」ということを教えてくれる。

 もしくは、どこかの女学生が好きな小説に出てきたセリフを、そのまま自分の恋人に言ったり、または恋人の前で、あたかも自分がその小説のヒロインであるかのように振舞ったりする。この事もまた、私達が自分の知っているもの ( = 概念) に寄せることで自己を表現するということを教えてくれているように思われる。

 仮面から仮面へ。しかしこう考えてみると、一切が仮面である現実世界において、一体誠実であるとは何か、という問いが思い浮かんでくる。それは恐らく、それを踏まえてもなお、誠実であろうとすることにあるのだろう。

 人々と共に生きるということは、観客を持って生きるということでもある。他者の眼差しを意識する以上、私達はそれに合わせた振る舞いをせざるを得ない。ここでは、上に書いたものとは別の意味での「仮面」が生じる。だから、「真実に生きる」とは、観客を持たない世界を持つということ、孤独を抱くということ、隠された自己を持ち、秘密と共に生きるということでもある。それは、真実の愛が人目のつかないところにしか存在しないのと同様である。

 これは前述の「芸術作品としての生」の話にも繋がってくる。あらゆる芸術作品の魅力とは、まさにそれが何らかの秘密を有しているように思える点にある。つまり、語られたものよりも、語られないものの中にこそ真実があるということ。私達は仮面を通して自己を表すわけだが、それは同時に、元々不定形な私達の無意識があり、それを意識に表出させるために、何らかの仮面を借りる必要があるということでもある。または、自分の知っているものから自己を語ろうとするから、自ずと自らの知性によって形作ったものを「本当の自分」として語っている点にもあるだろう。どちらにせよ言えることだが、私達は常に、自らの内に潜在している語り得ないものを現働化させることで、自分自身のドラマを生きようとしているのである。

 それを言い換えるなれば、私達の生を真にドラマ化するには、今の自分には属さない自分をも生きようとする必要がある、という事でもある。つまり、今の私には語りえないもの、潜在していて、仮面の裏に隠れていて、私すらも知らない「本当の私」を生きようとすること。こうして「誠実さとは何か」の答えが徐々に明らかになってくる。つまり、生きられない自己を生き、生きられない時間を生きようとすること、それである。

 もし真実に生きたいなら、私達は何らかの形で隠されたものでなければならない。誠実であるとは、そういうことでもあるのではないか。


 最近、よくよく次の二つの文章が頭を過ぎる。この際だから、二つとも長いものではあるが、そのまま抜粋してしまおうと思う。

 「生活は厳しい。魂の凡庸さに己を委ねない人々にとっては、生活は日ごとの苦闘である。そして極めてしばしば、それは偉大さも幸福もなく、孤独と沈鬱の中に戦われている憂鬱なたたかいである。貧しさと、厳しい家事の心配と、精力がいたずらに費やされる馬鹿馬鹿しくてやりきれない仕事におしつけられて、希望もなく、よろこびの光も差さない多数の人々は、互いに孤立して生き、自分の同胞たちに手を差し伸べる慰めも持てないでいる。同胞たちは彼らを知らず、彼らもまた同胞たちを知らない。ただ自分だけを当てにするより他はないのである。そして最も強い人々と言えども、その苦悩の下に挫折するような瞬間がある。彼らは一つの救いを、一人の友を呼んでいるのである。」

 「自分が知らないこと、あるいは適切に知っていないことについて書くのでなければ、一体どのようにして書けばいいのだろう。まさに自分の知らないことにこそ、必ずや言うべきことがあるように思われる。人は、己の知の先端でしか書かない。すなわち、私達の知と無知を分かち合いながら、しかもその二つを互いに交わらせるような、そんな極限的な先端でしか書かないのだ。そのような仕方ではじめて、人は決然として書こうとするのである。無知を埋め合わせしようとすれぱ、それは書くこと[エクリチュール]を明日に延ばすこととなる。いやむしろ、それは書くことを不可能にするのだ。」

 

20/09/21

 人は過去の奴隷なのか。時折、そんな疑問が頭に浮かぶような場面に直面する。なるほど、それはそうかもしれない。しかし恐らく、過去のくびきから逃れる方法が、ただ一つだけ存在しているのではないか。

 それはつまり、過去を内省するということである。過去というものは、向き合わなければ逃れることも出来ないものなのだ。


 昔から、私は度々突発的な不安に襲われることがある。いつもそうではないが、時折そういう症状に苛まれるのである。で、そういう時は、不安で本が読めないことも少なくない。まるで何を考えたり、感じたりするようこちらを強いるものを、無意識的に避けているかのようである。これ以上考え事が増えて、悩み事が増えることを恐れているのである。

 だから考えなくてもいいものや、自分の不安を紛らわすようなものを、手探りで求めるようになる。意味もなくSNSを開いたり、必要のない調べ物をしたり、とにかく毒にも薬にもならないような情報を見ることで、今ある苦しみから目をそらそうとするのである。しかし、そうなると、今日もまた何もしなかった、無意味な時間を過ごしてしまった、という後悔が日に日に募るようになる。時に、人が不眠症を患う理由はいくつかあるが、その内の一つとして、終わる一日に満足が出来ないからというのがあるのは間違いないことだろう。要するに、無駄にしてしまった時間を悔いたり、本当はもっと実のあることをしたいと思っている分、過ぎていく一日に満足ができず、日に日に眠れなくなっていくのである。

 こうなるとどうしようもない。結局、数十ページ集中して本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いたり、楽器を弾いたり、自分が避けていた「不安にさせるようなもの」に向き合った方が、遥かにマシな結果に繋がる。要するに、過ぎる一日に満足も覚えられるし、不眠に苛まれる時間も減る。実際、どれだけ不安を覚えていたとしても、何かを始められればこちらのものなのである。問題は、始めるまでに時間がかかるという、まさにその点にある。


 かつて、今よりもずっと苦しい時期のことである。当時、私はよく「どうしてこんな事が起きねばならんのだ」とか「何故こんなに苦しまなければならんのだ」とか、そんな事を考えたりした。それもあって、以来私はよく次のような事を考えるようになった。つまり、 いかにして苦痛を最小限に抑えて、喜びを最大限に味わうかということ。

 がしかし、やがて私はそれが無理なのだということに気がついた。プラトンを含む多くの人が古来から書いていることだが、苦痛と快楽というものは、正反対なようなものに見えて、まさに一つのものなのである。ある人の感じる苦しみの度合いとは、まさにそのある人の感じる喜びの度合いでもあるのだ。苦しみが多くなるほど、人は些細なことにも感動するようになるし、喜びが少ないならば、そもそも苦しみさえもあまり感じないのである。

 時に、私達は皆幸福を求める生きる存在だ。だから何があっても喜びを得ようとする。が、喜びを得る程、人は苦痛を感じやすくなる。よって、人は幸福を求める生き物であるが、同時に決して幸福になれない生き物でもあるわけだ。思うに、この逆説的な点にこそ、私達人間の本質があるのではないか。


 「自分は唯一無二の存在ではない」という言葉をよく思い浮かべる。それは、一見すると否定的なものに思われるかもしれない。が、肯定的な側面もそこにはあるのではないか。というのも、言い換えれば、それはどんな人にも必ず同類がいるという事だからだ。もし私が唯一無二でないならば、きっと何処かに私と同じような人間がいるはずだ。そして私達は、だからこそ、自分と同じ人間を求め、半身を求め、片割れを求めさまよい歩く存在なのではないだろうか。

 ニーチェの思想の中では、運命愛と無神論という、一見すると相容れないような二者が同時に存在している。これは一体どういう事なのか。ニーチェ無神論の意義とは、まさに人間という存在の目的のなさを指摘した点にある。つまり、一切は偶然の戯れであり、ただ私達がそこに何らかの解釈を与えているに過ぎないのだということ。人生に意味はなく、ただ私達自身がそこに意味を見出しているのだということ。

 しかし、ここからが重要なのだが、もし人生に意味がなく、一切が偶然の戯れであるならば、同時に全てのことは必然であり、運命的なものであるという事でもあるわけだ。何故なら、一つの偶然は常に他の偶然の原因となるからだ。あらゆる出来事は連鎖的、連続的なものであって、ひとつの流れから区別して語ることが難しいのである。だからこそ、全てが偶然ならば、全ては必然だということでもある。つまり、偶然というものは、常に一つの運命なのだ。こうして、無神論と運命愛という、一見すると正反対のように見える二つの思想が、ニーチェ哲学の中で一つのカップリングをなすこととなる。運命愛とは、まさに無神論的な世界観の肯定と求愛を意味する。


 全ての喜びは永遠を欲する。人は何らかの幸福を覚えた時、同じ幸福が再び繰り返されることを求める。が、人間とは直線的な存在であるから、一度何かを経験してしまったら、それを踏まえた上でなければ生きることが出来ない。要するに、「同じ幸福」を求めている時点で、既に私達はかつてと同じような幸福を味わうことが出来ないのである。

 経験の本質は繰り返される事にある。どんな場合であれ、かつての出来事や思い出を想起させるような現在に直面せずに生きてきた人などいないであろう。しかし、丁度かつて全体主義で失敗したことのある国が、再び全体主義が台頭した際に「かつて」を踏まえたような批判が多く出てくるのと同様に、「かつて」と似たような出来事は起これど、「かつて」と全く同じ出来事が繰り返されることは決してないのである。前述の通り、経験の本質は繰り返されることにあるが、同時に経験とはどんなものでも常に一度きりのもの、かつてには存在しなかったものなのである。

 永劫回帰……この事は私に永劫回帰を思わせる。同じような出来事の繰り返しと、その内に見出される「新しさ」の連続。何かが繰り返される度に、私達はそこにかつてにはなかったものを見出す。それを新しさと見るか、変化と見るか、悲劇と見るかは人によるだろう。ただ、全ての喜びは永遠を欲するのである。言い換えるならば、人は望ましくないものが繰り返されるのを排除しようとするわけだ。永劫回帰は常に新しいものを産出し続け、同時に「喜び」に反するものを排除し続けようとする。そしてそのループが永遠に繰り返される。そう考えると、永劫回帰の思想はいかにも壮大で、私はまるで目の前に宇宙を広げているような気持ちになるのだ。


 日記を読み返していて度々思うことだが、我ながら誤字脱字が酷い。本当に酷い。以前から気をつけていることではあるが、中々直らないでいる。あと、所々読んでいて恥ずかしくなる節がある。よく正気でこんな事を書けたなと、書いている時の自分に対して思うことも少なくない。きっと、今日も日記もいつか読み返した時に、また似たような感想を抱くのだろう (出来れば避けたいことではあるのだが)。

 その人の書く言葉には、常に何かしらの形でその人の性格が表出しているものなのかもしれない。最近、ある友人の書いた文章を読んで、そう思ったのである。じゃあ、改めて自分の文章を読んでみると、なんというか、実に辛気臭い印象を受ける。皮肉屋で、神経質なところがあるが、いつも肝心なことが抜けていて、しまらない。ズボラだ。おまけに冷笑的なところがあるくせに、感傷癖が酷い。自己愛も大いに強いと来ている。とにかく、耐え難いものがあるのは間違いのない事だ。

 しかし、こうして考えていると、少し頭が痛くなってきた。この話はここでやめようと思う。


 人生の本質とは人生そのものの虚構性にある。あらゆるものの定義とは、他の同類との比較によって成り立つが、あらゆる人生とはたった一度きりのものであるから、比較が成り立たず、それ故に正解も糞もない、というわけだ。

 にも関わらず、人はよく今とは違った場合の人生のことを考える。それは人が、常に他人の中に自分の面影を見出すからだろう。それは同時に、あったかもしれない人生の可能性を見出したということでもあるからだ。

 私達はいつも、自分が酔える自分の姿を追い求めているのではないか。それは、どれだけ自己否定的な人についても言えることだ。私達は常に、自分の愛せる自分であろうとする。それは、自分自身をドラマ化したいがためではないか。私達は皆、自分が主役になれる場所を、自分自身をドラマ化できる舞台を探し求めているのである。


 かつてハネケは次のように語ったことがある、「芸術作品には、常に別の世界への希求がある」と。彼によれば、たとえそれがどれだけ残酷で、冷酷なものを描いているとしても、そこには常に、そのような現実のグロテスクを告発することで、よりよい現実への希求が含まれている、というのである。そして、私が思うに、それは芸術に限った話ではないのである。

 人が何かを生み出す時、たとえ生み出されたものがどれだけ悲嘆に満ちたものであろうとも、そこには常にその嘆きの解消された世界への祈りが含まれている。人によっては、嘆くという行為によって自らを始める場合さえあるからだ。嘆きには常に希求が含まれている。祈りが含まれている。だから、それは今ある世界を覆そうとする意志でもあるわけだ。

20/09/17

 晩夏、または秋の訪れ。夏の終わりには既に秋の始まりが含まれているのが常である。季節の変わり目にはよく体調を崩す。私は今朝体調を崩したばかりだ。で、そんな状態で、近くのコンビニへコーヒーを買いに外に出ると、ふと涼やかな風が、陰鬱に染った曇り空の下に流れているのを感じた。その時である。もう既に夏が終わりつつあり、それと同時に秋が始まりつつあるのを知ったのは。


 「もう耐えられん」とか「自分はもう駄目かもしれない」とか、一日に一度はそういった事を考える。で、毎日そんなことを考えながら、気がつけば二週間が経っている。この結果は、私を一つの推論に導いてくれる。つまり、皮肉にも、私はまだ耐えられるし、駄目でもないということだ。

 きっとこれからも、同じように毎日が過ぎていくのだろう。


 SNSを見ていると、時折恐ろしいような気持ちになる。皆が皆、各々好き勝手なことを話している。しかも、一見すると独り言に見えるそれらの言葉は、実は今同じようにSNSを見ている人を意識して発信されているのだ。ひとつの言葉も、誰かを意識せずに書かれていない。それでいて、あたかもそうでないかのように、自然な独り言として投稿されている。奇妙で、気味の悪い現象だ。

 で、何よりも恐ろしいと思うのは、自分もこの不気味なプログラムの一部として組み込まれているということだ。今や誰も仮想現実(バーチャルリアリティ)無しで生きていくことなど出来ないのである。


 「いいひと」とは何か。人が誰かを気に入るのは、それが自分にとって何か有益なものをもたらしているからだと言える。自分を楽しませてくれたり、面白い話をしてくれたり、または単純に容姿が自分の好みであるから、話すだけで気分がよくなったり、など。これらの結果が、相手に対して「この人はいいひとだ」という感情を想起させる。この事より、「いいひと」について語る時、私達は常に一つの注釈をしなければならない。つまり、それは「(自分にとって)いいひと」だということだ。とまあ、これは当たり前かもしれないが、この定義づけについて、善悪の価値観は関係ない。

 大抵の「優しい」人は、その人の内に見出された性格の弱さを、他人が勝手に優しさだと勘違いしているだけだ。というのも、人はよく優しい人と性格の弱い人を混同して考えるからだ。


 世俗は不愉快で、耐え難いものだ。しかし、厭世的であり、世俗から逃れるように生きることは、(あえて言うなれば)「哲学的」な態度ではない。というのも、哲学的なものとは、常にその時代と関係しているからだ。

 では何か。哲学とは時代に適応するために発明されるのか。否。むしろ哲学は、常に時代の病理を見抜き、それを批判することに役割がある。あらゆる哲学者とは時代の病理の発見者であり、その欺瞞の告発者である。よって、もし「哲学的」に生きるならば、私達は常に現代的であり、時代に関係し、世俗に参加(アンガジェ)するものでなければならない。しかも、それは流行に応じたものというのではなく、むしろ常にきたるべき時代のために生きるもの、すなわち反時代的なものである。

 リルケは孤独の幸福を知っている人であった。しかし彼は、孤独の幸福というものが、俗世を逃れたところでなければ存在し得ないことをも知っていた。もし世間一般に関わりながら生きていくなら、孤独は幸福なものではなく、むしろ人を追い詰めるものに変わっていく。だからこそ彼は、孤独の幸福と同時に、孤独の苦しみをも書いていたのではないか。


 孤独な思春期の日々。あの頃の私は、性格の大人しい、地味な学生であった。そして、あの頃も今と同じように長く髪を伸ばしていた。しかし、ある日何かの決心をして、私は自分の髪型を変えた。整髪剤を買って、身だしなみにも気を使うようになった。それからである。多少なりとも周囲の対応や、こちらを見る目が変わったのは。私は素直に嬉しかった。そして新学年となり、学校には沢山の新入生がやってきた。そして、信じられないかもしれないが、その中から一人、半ば私目当てで部活動に所属してきた女子生徒がいたのである。

 これまでにない経験に、私は心が踊った。それは恋愛の喜びと言うよりかは自尊心の喜びであった。私は父と兄、そして私の三人で長く暮らしていて、要するに男社会出身の人間であった。父はよく学生時代の自慢話をしたし、兄もまた自分の恋愛経験を鼻にかけながら話すことがあった。で、私にはそういった経験がまるでなかったので、よくよくプライドが傷つけられたものである。いつからか、私は男の一番の敵はおなじ男であると知った。それは、女の一番の敵がおなじ女であるのと同様であった。

 身だしなみを整え始めたのも、恋愛への欲求からというよりかは自尊心を守るためだといってよかった。男社会では、あるがままに弱くあろうとすれば舐められ、馬鹿にされ、軽蔑される。で、それを受け入れるのではなく、それに抵抗しようとして、初めて一人前として認められるのである。

 さて、馬鹿な方に話が逸れてしまった。そう、私はこれまでにないような経験に直面し、やや浮かれていた。そして、ある休日、私はついにその後輩と出かけることとなった。友人として異性と遊んだことは、それまでにも何度かあったが、最初から恋愛を意識した上で異性と出かけるのはこれが初めてであった。だから、やはり話が違った。向こうは、私の見た目から、なにか経験豊富で、遊んでいる年上のようなものを、私に期待していたように思われる。がしかし、当たり前だが、実際の私はそうではない。プリクラを誘われても恥ずかしくて拒んでしまったし、やる事といえばショッピングモールを宛てもなく歩き周り、本屋に入って自分の好きな作家の話をするくらいであった。無論、相手は反応に困っていたのを記憶している。

 要するに、何もかもが上手くいっていなかった。緊張も相まって、デートの途中から、私はへとへとに疲れていた。だから所々でベンチに座って休もうとした。こうして普段の運動不足が露呈することとなった。

 何より、荷が重かった。相手が初めから私にないものを期待しているのは目に見えていた。やはり、慣れないことをするものではなかった。

 その後、後輩と私が疎遠になったのは言うまでもない。しかも、後になって、相手には当時交際中の同級生がいたという事を知った。あと少しで、私は「乗り換え相手」にされそうであった、というわけである。この事実は、少年であった私の心に大きな衝撃を与えた。それは、相手への失恋のためというよりも、むしろ自分より年下の人間が、あんなに優しい顔をしながら、平気でこちらを騙そうとしたという事実のためにであった。「なんということだ、あんなに若いのに、平気でそんなことをしようとするなんて!」と、まあ、幼い私はそういった事を考えたものである。

 あまりにショックだったから、私は数日間寝込んだ。が、今ではそれもいい笑い話だ。


 よくよく思うのだが、私達の人生とは、十代の頃の変装曲(ヴァリエーション)ではないのだろうか。思春期の日々には、今後の人生への伏線が隠されているのではないか。


 ドゥルーズの小論『ニーチェ』の中には、次のニーチェ自身の手紙の数節が引用されている。

 「苦痛が絶え間ないのです。毎日何時間にも渡って船酔いに似た嫌な感覚が続き、なかば身体が麻痺しているせいで言葉がうまく話せません。そしてそれを忘れさせるのは、狂ったような発作だけです (この前の発作の時、私は三日三晩吐き続けました。死を渇望した程でした……)」

 私がニーチェを愛する理由が、この引用の内には含まれている。ニーチェの書物を読んでいると、私は「ひとりじゃない」という気がしてくる。ここには自分と同じように、または自分より遥かに苦しんだ人間がいる。それでいてこの人間は、私より果敢に生に向き合っているのである。どうしてその感覚に慰めを感じずにいられよう。孤独な、私的(プライベート)な思索家。ニーチェニーチェは紛うことなき私の青春であった。


 昔から、私は出来るだけ沢山の本を読もうとした。それは半ば好奇心からであったが、もう半ばは虚栄心からであった。多くの本を読んだという事実が、何か一つの自己存在の証明に繋がるように思われたのである。そして、これは読書に限った話ではなかった。出来る限り沢山の教養を身につけるということが、かつての私には、自分が何者かであるために必要なことのように思われたのである。だから、出来る限り沢山の本を読んだし、出来る限り沢山の音楽を聴いた。この努力が無駄であったとは思わない。ただ、かつての私が間違っていたのは知っている。

 自己というものは、本来不確定なものである。自分の一つの場所に固定したものにしようとすることは、流動的であり、変化を本質とする人間存在と矛盾する。むしろ、私達の存在の可能性とは、常に今の自我には回収されていない所にあるのではないか。人は、何かであるものではなく、何かになる存在なのだから。

 ドゥルーズが好んでよく書くことだが、彼にとって、理論とは道具箱だという。たとえば人は、書くことによって、何か一つの世界をその書物の中で展開する。言い換えるならば、この世界を覗くためのひとつのレンズがそれぞれの書物の中には存在するわけだが、この世界をいかに捉えるか、自分が知りたいものを知り、語りたいことを語るためには、何が必要か、どれが役立つのか。それはその選んだ書物次第である。つまり私達は、自分の目に合うレンズを選ぶために、またそのレンズからこの世界を覗くことで、何かを得て、何かを掴むために、そのために本を読むのではないだろうか。


 「自分が嫌いだから自分を好きになる人間も嫌いだ」という意見を、以前はよく見かけた気がする。が、かねてから私はそれに違和感を覚えていた。実際、実に馬鹿らしい理論である。何であれ、人は自分を愛することしか出来ない。ただ、愛し方が人によって違うから、それに気がつくことが出来ないのである。

 ある人は、ありのままの自分を愛している。しかしまたある人は、自分を愛しているが、理想の自分と現実の自分の差異から苦しめられている。とりわけ、自分自身が平凡であるという事実に苦しめられる人は実に多い。だから病的な振りをして、少しでも現実の自分から逃れようとする人もいる。「自分が嫌い」という自己否定には、常にそのような趣味がある。多かれ少なかれ、自己否定とは一種のナルシズムなのである。


 最近は夜が明けるのが遅くなったと思われる。夕暮れと夜明け前は、一日で最も世界が美しく彩られる時間帯だ。同時に、人が最も物思いに耽る時刻でもある。それらは私に、相反する二つのものが入り交じり、相克しながらも調和しているような印象を与える。昼と夜、生と死、愛と憎しみ。


 先日、二年以上会わずにいたある友人二人と久しぶりの再会を果たした。その内の一人がかつて私の住んでいたマンションの住人であって、彼とは偶然仲良くなったのだが、やがて彼経由でもう一人の友人とも知り合う機会を得たのである。再会した日の前日に連絡を頂いて、その次の日に会うことになった。まさか私のことを未だに覚えていてくださるとは思っていなかったので、とても嬉しい出来事であった。

 最近は、このように、かつて親交を結んだ事のある人と縁があることが多いように思われる。以前微力ながらに公演の手伝いをした作演出家の友人にも、約一年半ぶりに会った。それと、ここ一、二ヶ月の間で仲良くなった人の親友が、私が以前一度遊んだことのある人と同一人物であると知って、驚いたこともある (あの時、私達はカラオケに出向いた) 。訳あって疎遠になった過去の様々な出来事が、めぐり巡って再び私のもとに訪れる。ありがたい話だ。気分はまるでドラマの主人公である (問題は、向こうが私のことを覚えてくれているかどうかという事なのだが) 。

 自分で言うのもなんだが、私は自分を表すのが下手くそな人間だ。人付き合いもあまり良くないし、いつも自分のことで精一杯で、他が見えていない。要するに、私は自分勝手な人間なのである。しかし断言したい事が一つある。つまり、自分は記憶力のいい方の人間だと。

 これまでに少しでも友情を勝ち得たことのある、または勝ち得たいと思ったことのある人のことは、今日まで、一度たりとも忘れたことはない。本当はもっと仲良くしたいのに、私の精神的な困窮や、その他様々な要因のために、疎遠になってしまった人、友情を育む機会が奪われた人もいる。私は本当に人付き合いが下手くそで、いつもその辺りが上手くいっていない。それでも、覚えていて欲しい。今日までに友達になれた人の事を、私は決して忘れたことはないと。どれだけ人と関わるのが億劫になり、獣のように自らの内にこもる時でも、私は他者から受けた愛と友情を、または他者に贈りたかった愛と友情の熱意を、忘れたくはない。その想いを表明することが、今の私の示せる精一杯の誠実さのように思われる。

 

20/09/15

 物語の終わり、それは常に物語の中盤に内在している。しかし、私達を魅せる物語とは、いつだってその終わりを予測させないものである。

 それは感動の作用というものが、いつも不意に訪れ、後ろから突き刺すようにこちらを襲うものだからでもある。たとえばある人が幸福を夢想していたとして、やがてその幸福が、自分の夢見たとおりに実現したとする。その時、きっとその夢想家は、現実に対してかすかな失望を抱くだろう。何故なら、夢への思い入れが強いほど、夢と現実の微細な違いに悩まされるからだ。

 よってあらゆる幸福とは、常にこちらの予想を多かれ少なかれ裏切らなければ訪れないものだと言える。それと同様に、「これは一体どうやって終わるんだ」と思わせる物語でないなら、それは物語として優れていないのである。


 人生はよく物語に例えられる。実際、人は自分の人生をまるで物語のように語ることもある。ただ、一つのものの定義とは、常に同じものとの比較によってしか成り立たない。そして、あらゆる生命の特徴は、それがたった一度きりのものであるということにある。ただの一度しか起こらないものとは、実際、一度も起こらなかったようなものである。一度しかない人生とは、常に定義出来ず、不確定で、答えの出ない虚構であり続ける。

 人生の本質は、このように、人生そのものの虚構性にあると言える。

 また人は、よく物語を意識しながら物事を考えようとする。ことに恋愛においてはそうだ。ニーチェディオニュソスアリアドネの関係を意識して女性に求愛していたろうし、『存在の耐えられない軽さ』のテレザは自分と同じトルストイの読者であるとしてトマーシュに惹かれた。トマーシュにしても、自分のもとに来たテレザの姿に『出エジプト記』の冒頭を連想した。小説的な性格をした人なら、きっと自分の現状と最近読んだ小説の内容を照らし合わせて、そちらに合わせるように行動するだろう。

 ただ、物語は世界の新しい見方を教えてくれはすれど、実際の人生が自分のよく知る物語のように進行することは稀である。それは、どれだけ自分に似ていると思った主人公にしてもそうだ。この私にしても、今日まで読んできた本の主役と、よく自分自身を重ね合わせたものだ。かつて、私はツァラトゥストラであったし、マルテ・ラウリツ・ブリッゲであったし、ジャン・クリストフであった。ジュリアン・ソレルであったことも、ハンス・カストルプであったこともある。一度は三四郎であった気がしなくもない。

 が、結局はその誰でもなかったのである。私の読んだ物語の主人公と実際の私の間には、経験した内容の差異があり、生きている時間の差異がある。となると、どれだけ自分の知っている物語のように生きようとも、そこにあるのはただの欺瞞だけとなる。

 こうして考えを巡らせると、ふと、物語を見出すことと問題を設定することが似ている、ということに気がつく。

 前述の通り、物語というものは、常に結末を内側に含みながらも、その結末が予測できないものであり続けるものだ。言い換えるならば、予測可能な結末に物語を収拾させようとするものは、既にその時点で物語として失格なのである。時に、問題設定というものは、常に実際の出来事に照らし合わせることで発明される。物語もこれと同様で、物語というものは、常に現実の出来事からの影響をなくして考えることが出来ない。それは丁度、現実に即して夢という発明品が生まれるのと同様である。

 問題設定にしても物語にしても、重要なのはいかにして創造的な発明をするかということである。人は自分の知っているものにあわせて物事を考える。逆に言えば、もし新しい知識を編み出すことが出来たならば、人の考える内容にも新たな局面が見えてくるわけだ。優れた問題設定が、新しい物事への見方を与え、これまで見過ごされていた側面に焦点を当てるように、優れた物語の発見は、常にこれまでは見過ごされていた、生きられなかった世界の発見へと繋がり、実存することの意義を与えてくれるのではないか。私が言いたいのはその事なのである。


 受け入れてもらえると思ったものが受け入れてもらえない。恐らくこの気づきにこそ、多くの人の出発点があるに違いない。自己の発見とは、いつだって他人には理解され得ないものを見出すことである。

 影響を受けるということは、その影響を脱した後になって初めてその真価が理解できるようになる。何かから学ぶことは、同時に何かより脱することでもある。


 コインランドリー。私の部屋には洗濯機がない。だからよくコインランドリーを利用する。

 最寄りのコインランドリーは家から歩いて五分前後の所にある。が、わざわざそこまで行くのが面倒で、よくよく行くのを延期してしまう。だから結果として、いつも物凄く洗濯物が溜まる。

 今回にしてもそうだ。数日前から、そろそろコインランドリーに行こう、コインランドリーに行こうと思いながら、行くのが面倒で、結局今日までそれが伸びてしまった。今日にしても、「行かないと」と思いながらも、気分が憂鬱で、どうにも行くつもりになれなかったが、ついに重い腰をあげていったのである。

 世の人々を見ていると、よく疑問に思う。どうすればそう生きることの隅々にまで気を使えるのだろう?言い換えるならば、どうすれば自分の情熱をそこまで拡張し、拡大することが出来るのか?

 そしてこの問いは、同時にまた次の問題提起にも繋がる。つまり、いかにして理性 = 自意識の王国から抜け出すかということ。

 

20/09/09

 食事を摂るのは何故こんなにも面倒なのか。毎朝、目が覚める度にそう思う。

 私は基本料理をしない。誰かといる時ならするかもしれないが、一人でいる時は絶対にしない。普段の食事は買って済ませている。菓子パン、コンビニのおにぎり、カップ麺。この四年間で、どれだけそれらに世話なったかは知らない。お気に入りのカップ麺は『どん兵衛』シリーズで、新作が出る度にそれを買っている。おにぎりなら、ファミリーマートから売り出されている『卵かけご飯ふう』が好ましい。

 このような自分の食生活に、不満を覚えることも殆どない。むしろ悪くないと思ってきたから今日まで続けているのである。健康なんか知ったことか。健康に気を使うあまり神経質になる方が、遥かに不健康な話ではないか。

 部屋に食糧がないから、いつも何処かに買い出ししに行かねばならない。時には事前に買っておいたスナック菓子で食事を済ませることもある。で、これが結構悪くないのである。


 子供の頃は、脂分の強い料理を食べるのが苦手であった。しかし家族は私と反対にそういった料理が好きであった。だからよくよく苦労もした。ご飯を食べたふりをして吐き出す、ということもよくしたものだ。で、それが後になって知られて、怒られたこともあった。

 昔ほどではないが、今でも時折「脂への嫌悪」を覚えることがある。今日も気まぐれで入ったラーメン屋のスープがあまりにも濃くて、食べた後に吐き出してしまった。やはり、あまり慣れないことはするべきではない。


 ミヒャエル・ハネケの一連の作品には、共通して一つの特徴が見受けられる。それは一般性への告発である。彼の映画にはよく、一般性を代表したような中流家庭、裕福で、一見すると恵まれているようにさえ思われる家庭、または人物が登場する。そして、その一般性というものが、果たしてどれだけ秘密をおしつぶすことによって成り立つかということが、恐らく彼の全作品に通ずるテーマの一つである。

 たとえばであるが、私達先進諸国の一般的な生活は、後進国の犠牲なしでは成り立たない。資本主義の発展にしても、その輝かしい進歩の裏には常に犠牲がつきまとう。ヘーゲルは「ナポレオンが歴史を前進させるためには、道中の花を踏み潰すのは仕方の無いことだ」と語ったが、そのナポレオンの功績を語られることは多かれど、ナポレオンの影響でどれだけ多くの死者が出たかはあまり語られない。規模の大きな話になるが、これが私達の現実である。美しい表面は、いつだってその裏にあるものを押し潰した先に成り立たない。

 それで、私達は後進国や、これまでの歴史で犠牲となった国や人を踏み台にして毎日を生きている訳だが、果たしてそんな私達の中で、どれだけの人が胸を張って「私は幸せだ」と言えるだろうか。間違いなく少数だ。これだけの犠牲を払って、これだけの恵まれた生活( = 一般性)を獲得したのにも関わらず、誰も、何も楽しそうな顔をしていない。これは明らかにおかしい。それは子供にだってわかる事だ。では、誰かがこの現状を変えなければならないはずだ。

 しかし誰もその事を口にしない。何故か。そうする事で一般性が壊れるのを恐れ、一般性から外れるのを恐れているからだ。トルストイの小説「イワン・イリイチの死」の冒頭場面が、まさにその事を上手く説明してくれる。イワン・イリイチの友人がイワンの死について考えている時、彼はふと自分も彼と同じように苦しんで死ぬのではないかと思い、恐ろしくなるのである。が、次の瞬間にはその恐れも消えている。何故なら、それはイワンに起こったことであり、自分に起こったのではないとして、見て見ぬふりをしたからである。私達の生活とは、このように、何か自分を不安にさせるものを押し潰さなければ成り立たないのである。

 こんな生活の中で、私達の性根が腐るのは当たり前だと言える。一般性を徹底した先にあるのは、常に一般性の腐敗か、またはその崩壊なのである。ハネケはそれについてを上手く書いている。彼の代表作とも言える『ピアニスト』は、ある女流ピアノ教師が主人公である。母親からの厳しい道徳的な教育( = 一般性の押しつけ)と共に育ち、未だに束縛の強い母と共に生活をしている彼女は、恋愛経験が殆どなく、中年になっても尚男性との付き合い方がわからない。だからある日、目の前に彼女に求愛する若い美青年が現れても、それにどう対応すればいいかもわからない。母の束縛のためにむしろ性癖の歪んだ彼女は、ある日「私を殴って」とお願いをする。しかし実際に彼に殴られると、彼女は痛くて泣き出す。いつも見ているアダルトビデオのように振舞おうとしても、理想と現実があまりにも違うので、ただ恥を晒すだけで終わるのである。

 何故一般性は悪なのか。それは、一般性が虚構であることしか出来ないという点にある。物理学の法則というものは、ある一定の状況下を想定して、その場合に起こる事を前提として発見される。これと同様に、一般的なものとは、常にある一定のものを想定されて見出されるものだが、言い換えるならば、人は常に一般的なものに類似していることはあれど完全に当てはまることはないのである。何故なら、人間存在とはそれぞれが根源的な差異を抱えたものだからだ。

 それぞれの存在には、それぞれが発生した環境、時間に、どれだけ似通ったものの間同士でも違いがある。だから、一般的なものを自らに体現するとしたら、それは一般的なものに当てはまらない自分自身の差異を押しつぶすこととなる。『クレヨンしんちゃん』の野原一家は一般的だろうが、野原一家に似てはいても、完全に当てはまる家庭など一つとして存在しない。で、この一般的なものと自分を比較して、似ていないところを見つけると、「どうして自分は普通になれないのだ」と悲嘆する。しかし待って欲しい。一般性とは、そもそも虚構であって、存在しないのである。

 それだけではない。こうして一般性と自己との間に生じる葛藤は「悲しみの運動」へと繋がる。人は自分が与えられたことのあるものしか他人に与えることが出来ない。言い換えるならば、これは悲しみを与えられた人は、他人にも悲しみを与えたいと願うということなのである。不幸とは伝染病だ。ルサンチマンとは伝染するのである。

 最近観た映画に『WAVES』というものがあるが、それもまたこのいい例だと言える。筋書きだけを見るとありきたりな青春映画に思われる作品だが、この映画の独創性は、アメリカの比較的裕福な黒人家庭に焦点が当てられているという点にある。黒人で豊かな中流家庭を築ける人が増えたのは、本当に最近の話だと思われる。だから家庭内における子供に対して、父親が「俺達の世代はお前達よりも苦労した」と辛く当たるのは容易に想像できる話だ。前述の通り、ルサンチマンは伝染する。子よりも強く迫害を受けた父は、子に厳しくあたる事で自らの苦しみのツケを支払おうとするのである (話は逸れるが、これがマッチョイズムの非難される理由の一つでもある。マッチョイズムとはルサンチマンによる虚構である。「俺も頑張ったからお前も頑張れ」の裏にあるのは、「俺はこんなに苦しんだのだからお前もこれくらい苦しむべきだ」という漠然とした他者への復讐心の表れである) 。

 再びハネケの話に戻るが、こうして彼の作品に共通する、あるもう一つのテーマが、すなわち「有罪性の問題」が浮かび上がってくる。

 罪。罪とは何か。ドゥルーズによれば、無私( = 無償)の邪悪さとは存在せず、あらゆる「悪」は、利益を求め、償いを求める運動だという。では、それは何のための利益か、何のための償いか。そう、悲しみの、である。ここにもまた、「悲しみの運動」が、ルサンチマンの発作が見受けられる。

 一方で、ハネケも指摘している通り、私達の犯す「罪」とは、意識的というよりかは、気が付かないうちに犯したものの方が遥かに多い。先程書いた『WAVES』の話に、少しだけ戻ろう。黒人として差別されて育った父は、当然のように裕福な生活を送る息子に厳しく当たる。その反動もあってか、息子は作中で非常に大きな罪を犯すのだが、それは重要ではない。重要なのは、このように、不幸が伝染し、連鎖しているという事である。父からすれば、息子の罪は息子の責任である。しかし、よりよく見るならば、父の厳しさが息子の過ちに繋がったのは否定出来ない。しかし、その父にしても、遡れば黒人として強く差別された歴史を持つのである。

 罪の根源はルサンチマンにある。そして、私達人間の存在とは、常にルサンチマンと切り離して考えることが出来ない。これもあってか、それともキリスト教的価値観に基づいてか、ハネケはこう断言する。「私たち人間は本来罪深いものである」と。なるほど、それは否定出来ない。では私達はどう罪に向き合って生きていくかということになる。

 文化への傾倒は、恐らくこのルサンチマンから逃れる方法の一つだと言っていい。私達の内で、何らかの作品に感動したことがある人ならば、誰でも一度は「凄い、これを作った人はまるで神様みたいだ」と思ったことがあるに違いない。私にしてもそうだ。たとえばキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』を初めて聴いた時、私には彼が永遠のヒーローのように思われた。このように、何かに感嘆するということは、自分の感嘆した何かの持つ可能性を信じるということでもある。文化への傾倒とは、それを生み出した人間の偉大さを信じるということだ。

 しかし、文化は人を孤立させる。そうでなくとも、文明の発達とはメディア(媒体)の発達であるわけだが、それは人を益々孤独にさせるものなのだ。これもまた、ハネケの指摘していることである。すなわち、メディア(媒体)が豊富になり、それに囲まれるほど、私達は生きた心地を、現実を生きている実感を失っていくのである。

 夏目漱石は、恐らくいち早くこの問題を指摘した作家だと言える。彼の後期作品には、常にある一定の人物が登場する。それは、ニヒリズムに苛まれる文化人の姿である。哲学にも芸術にも素養があり、教養高い文化人、だがいつも心のどこかで虚しさに苛まれ、身近な誰かさえ信じることが出来ないでいる。『行人』の主人公などまさにその典型である。そう、文化は人を孤立させる。そして、孤立するほど、人は虚しさに苛まれ、何をするのも億劫になる。

 ではこの孤立の問題を解決するものとは何かとなれば、それはより深い他者との関係の回復である。


 ヴィスコンティの映画に『家族の肖像』というものがある。「家族」を描いた絵画に囲まれて過ごす孤独な老教授のもとに、ある日風変わりな家族が押しかけてくる。半ば無理やり教授のもとに居座る彼らに、何やかんやと言いながら、教授は彼らと同居し続けるのである。

 初め観た時は、映画の善し悪しはさておき、教授の心情にあまり感情移入をすることが出来なかった。裕福で、自らの知的好奇心を満たすだけのものも揃っていて、孤独に、自由に生きることの出来る環境を持っている。レコードプレーヤーから流れる美しい音楽、寝る前にベッドの上でする楽しい読書、目を上げれば絵画の住人達が微笑んでいる。で、そんな孤独な生活をかき乱すような人間と共に生活する。あまりにも理解できない話だ。

 がしかし、最近になって、私はこの教授の気持ちがわかるような気がしてきた。そう、孤独に生きるには、人生はあまりにも長い。何より、私はまだ若い。情熱も有り余っている。そして、私にはこの情熱をぶつける相手が必要だ。まあ、そう簡単にそういった相手と出会えるものでもないのだろうが。


 電車に揺られながら、ふと外に映る景色を眺めた。時刻は既に夕暮れの訪れを告げていた。淡い青紫の空に、燃えるような夕陽が差し、入り交じっていた。で、それをふちどるように、雲が大海の波のように、またはなにか大きな生命のように入り乱れ、動いていた。それはあまりにも美しい光景であった。私はまるで絵画の中にいるような心地がした。昔から、このような景色を前にすると、私はまるで神の前に立たされているような気がしてきたものである。きっと天の上には神の国があると信じていた古来の人々の気持ちが、わかるような気がしてくるのである。

 それから目の前は真っ暗になって、電車がトンネルの中に入ったのを知る。それまでの雄大な空模様に代わって、私の顔が大きく映し出された。昔に比べて、少し顔が丸くなったかもしれない。

 

20/08/07

 先日、久しぶりに映画館に向かった。本当に久しぶりのことである。記憶が正しければ、最後に行ったのは『ハウルの動く城』で、だとすれば約十五年ぶりとなる。父と兄と私の三人で見にいったのを覚えている。昔から、映画が好きにも関わらず、何故か映画館で観ることだけは避けていた。が、丁度気になっていた映画の上映期間がそろそろ終了するとの事で、この際一度行ってみようという気持ちになったのである。

 映画を観た後、帰りの電車にぼんやり揺られながら、思えばこれまで一度も友人と映画館で映画を観たことがないという事に気がつく。学生時代、友達がいなかったといえば嘘になる。むしろ私はそれなりに友達がいた方であった。が、いつも、ほとんどの友人に対して、何かよそよそしいものを持っていたのかもしれない。映画を観に行く話は何度かあったし、そう誘われもした。ただ、何故かわからないが私はその手の話題を上手く避けていた。休日まで友人と遊ぶ気力がなかったのである。人と話すと、それだけ人と話したくなくなる。ただ、そういう時に話したくない相手を、果たして本当に友人と呼べるのかとなれば、それはその通りかもしれない。

 そんなこんなで、今日まで経験して来なかった事は大いにある。実はプリクラもまだ撮ったことがない。この手の話題は、あげて行けばキリがないことだろう。それで僻んだりするつもりもない。ただ、内的な気づきとはいつも新鮮な感覚を伴うもので、私達が好んで語る話題とは、いつだって普段の自分に不慣れなものなのである。


 チェーホフの短編に『犬を連れた奥さん』というものがある。不倫を題材にした小説で、読んだのも随分昔の話なのだが、その印象的な小説の終わりを、私は今でも何かの節に思い出すのである。人目を盗んで密かな会合を重ねる二人の男女。一体いつまでこんな生活が続くのか、一体どうすればこの状態から抜け出せるのか?そんな疑問が浮かぶと、ふとあと少し、あと少しできっと全てがよくなり、素晴らしい生活が待っているという、そんな淡い希望が頭に浮かんでくる。しかしそれと同時に、心のうちでは、本当の解決はまだまだ先で、二人ともまだ旅のはじめに立ったばかりなのを痛切しているのである。

 このシーンでは三つの感情(または情念)が入り交じっている。一つは「いつまでこんな生活が続くのか」という疑問であり、それはこの現状から早く抜け出したいという願望の表れでもある。もう一つは「あと少しできっと全てがよくなる」という希望であり、上の疑問に苛まれる二人を慰めるために見出された期待である。そして最後の一つは、自分達の苦しみはまだ始まったばかりであり、本当の困難はこれから始まる、この不安定な関係はまだ安定を得ることが出来ないという、直観的な気づきだ。直観の恐ろしさはまさにここにある。 言葉では上手く言えず、はっきりとは説明できないが、身体的に、強くそれを感じとってしまう。だから下手な論理よりもはるかに説得力があるのだ。

 私自身、「あと少しで何かが掴める」とか、「もう少しで欠けたピースが埋まる」とか、そんな予感に襲われることが多い。しかし、そんな時はいつも決まって、中々その「あと少し」が埋まらないのである。まさにこの『犬を連れた奥さん』と一緒だ。どうすればここから抜け出せるのか?あと少しで何かが掴めるはずなのだが……しかし、そのあと少しにいつまで経っても手が届かない。だからその先がまだまだ長いのを感じる、というわけだ。

 時に、ベルクソン哲学の面白い所は、問題設定についての思想を編み出した点にあると思われる。世の中には、正解不正解より先に、そもそも問題が上手く設定されていないことが非常に多い。丁度チェーホフの例と同じで、問いへの答えは出ているが、その問いから抜け出せないのである。するとそもそも、問題の設定の仕方が間違っているということになる。

 思弁的なレベルでいえば、問題というのは問えば必ず答えが出るようになっている (この単純さが論理のいい所だ) 。言い換えるならば、真の「正解」にたどり着くためには、そもそも優れた問題を設定し、創造する必要があるわけだ。

 私にしても『犬を連れた奥さん』にしても、恐らくはそもそもの問い方が悪いのである。観点を変えれば、条理も不条理になる。「あと少し」を埋めるための方法は、きっとこれまでの物語の筋書きからは外れた観点にしかないのである。ただ人は、「これまでの物語」を踏まえなれば、ある一つの観点に立つことも出来ないし、また「ある一つの観点」しかないように思えてしまうのである。丁度、『犬を連れた奥さん』をはじめから読んだ者が、その終わり方( = 観点)以外に世界線がないと思われるのと同様に。


 ただ、あれは本当に美しい小説であった。今日までに何冊か恋愛小説を(長いものから短いものまで)読んできたが、あれほど美しいものはそう見なかった。書いていたら、久しぶりに読みたくなってきた。にも関わらず、部屋の中を探しても、中々それが見つからない。どうやらなくしてしまったらしい。また古本屋で買い直さなければならないようだ。


 今日の夜、友人の家に何人かで集まり、餃子を作って、焼いて食べた。食べている最中、私は当然の感動に襲われて、少し泣き出しそうになったのを、今ここで白状したい。それは、なにも出来た餃子が泣くほど美味かったからではない。このように人と食卓を囲むのが随分久しぶりのように思えたからだ。

 私はよく友人の家で共に調理をするし、人の手料理を食べるのが久しぶりという訳でもない。ただ、このように、男女混合で、テーブルと椅子があって、座りながら和気あいあいと食事を共にするということは、私にかつての家庭の記憶を思い出させた。もうずっと前に忘れたはずの記憶である。懐かしいような、嬉しいような気がした。だから、何か胸に込み上げてくるものがあったし、目の上に涙が溜まりそうになった。ただ、ここで泣き出すのはあまりにも馬鹿らしいというか、滑稽なように思われた。そう、滑稽なまでに感傷的である。そして、自分の滑稽さに気がつくと、心も落ち着き、感傷的な気分も去っていった。


 自虐。人が自虐するのは、自分のある側面を見て、それを滑稽に思ったからである。ただ、全ての人がそれを滑稽に思うわけではないし、むしろ自分から見て滑稽に見えるものとは、他の人から見れば悲しげに見えるものだ。だから自虐的になるほど、人は他人と笑う観点がズレていくこととなる。そしてこのズレが、益々自虐を加速させるというわけだ。


 あらゆる芸術家はある程度の厭世家でもある。世の中が嫌いでなければ、人は芸術になど傾倒しない。

 何となしに立ち寄った古本屋で、ドストエフスキーの『白痴』の二巻と三巻(望月哲男氏の訳したもの)が、それぞれ百円で売られていた。『白痴』はドストエフスキーの小説の中でもとりわけ思い入れのあるものの一つである。初めて小説を読んでいて辛い気持ちになったものだ。特に後半はあまりの悲痛さに読むのに時間がかかった。が、それだけに思い入れのあるものである。当時は木村浩の訳で通読したが、私は望月氏のファンでもあったので、以前同じように中古で安く氏の訳した『白痴』一巻を見かけた時、それを買っておいたのである。もう一年近く前の出来事だ。こうして月日を大きくまたいで、私は望月訳の『白痴』を全巻揃えることとなった。それと同時に、それを再び(違う訳者によるもので)読むきっかけをも得たというわけだ。

 読書好きの人とはこれまでに何度か出会ったことがあるし、またそのような友人も何人かいる。ただ、それぞれがそれぞれ、違った読書の趣味を持っていて、同じ作家や本に対しても違った意見を持ち、時には意見が合わないと感じることも多い。しかし、それでいいのである。他から見れば、私もきっとそのように見えているのだろう。何であれ、自己を見出すという作業は、他には上手く理解されないものを抱くということなのだ (「人生とは、このように、小さな孤独の数々から成り立っている」と、ロラン・バルトは書いていた)。

 もとい、だからこそ私達はなお一層に本を読むのだろう。そして、これは読書に限った話ではないのではないか。本であれ音楽であれ、または絵画であれ映画であれ漫画であれ、何かの作品に触れて「これは自分だ」とか「自分のことを言っているんだ」とか、もしくは「この人は自分の言いたいことを言ってくれている」と感じさせるものがある。そして、そういったものこそ、真に私達の心を揺さぶる作用を持つ。しかも、何故このように感動するかとなれば、心の中でぼんやりと感じていたり、理解は出来れど上手く言葉で説明出来なったものを、それらの作家達が作中ではっきりと、自分の代わりに表現してくれているからである。

 読書は自分が語るべく言葉を見つけるための作業だ。しかし、それと同時に、創作行為とは、あらゆる芸術家が、他の語りえないもの達のために、彼らの代わりとして、何か大切なことを語るということなのである。よって、創作行為には常に表現が付きまとうが、それは自分と同じものを感じる仲間へ、遠くいる友へ、彼らのためにメッセージを送ることであり、私達があらゆる作品に触れるのは、このような仲間を、遠くにいる友人を見つけ、理解するために触れるのだと言っていい。


 自意識は反省する事によって生まれる。個性的な人とは、何らかの形で反省する事を知った人のことを指す。

 アリストテレスは暇(スコレー)が人間の文化を支えるために必要なものだと考えた。これは何も、文化というものが必ずしもブルジョワ趣味に基づいて成り立つということではない。そうでなくて、人間は自分の時間を持たなければ物を考えるということを学ばないことを意味している。

 人は変えられることが殆どであって、変わろうとして変われる者は稀である。


 恐らくだが、今自分が「足りない」と思っているものが埋められても、私はまた「自分には何かが欠けている」と感じることだろう。今日までの自分の人生は、結局それに尽きるように思われる。何かを追い求めて、捕まえたと思っては別の何かをまた追い求める。そして、それを繰り返している。いつも何かが欠けている気がする。自分には何かが足りない。それは、そもそも自分が根源的に何かを失っているのであり、今の自分の求め方では決してそれが埋まることはないという事なのだろう。なるほど、やはり私は問題設定が間違っているらしい。またはじめからそれを問いたださなければならない。

 確かロマン・ロランは次のように書いていたはずだ。「我々の思想はそれぞれ、我々の生涯の一瞬間に過ぎない。もし生きるということが、自らの誤謬を正し、おのれの偏見を征服し、おのれの思想と心とを日々拡大する、というためでないなら、それは我々にとって何の役にたつのか」と。

 今の私には、それよりも正しいと思える言葉を知らない。

 

20/09/03

 小学生の頃の話である。学年がいつかは忘れたが、ある日の昼食後、私はその日の給食を、トイレの小便器に吐き出したことがある。無論、小便器では嘔吐物は流れない。だから、やがてその吐き出された給食の発見者が現れてきた。下校前になれば、クラスのホームルームで先生の口からその事が伝えられた。この小さな事件は、クラスや学年の一部で話題となった。

 が、次の日になると、私は先生から呼び出しを食らった。彼は「心当たりはないか」と私に聞いた。私は「ない」と答えた。次に、先生は私が小便器に吐いている所を見た生徒がいるという話をした。それに対して、私は素直に自分がしたと白状して、謝った。先生は私を責めなかった。ただ、何故こんな事をしたのかと聞いた。吐きたかったが、どこに吐けばいいかわからなかったのか。それともただの愉快犯なのか、など。しかし私は、それに対して何とも答えなかった。何故なら私も、自分で何故そんな事をしたのかがわからなかったからである。

 その日の事を、今日ふと思い出した。もう長く忘れていた記憶である。それで何かが起こるわけでもなく、その後も私の平穏な学校生活は続いた。ただ、自分が何故小便器に吐いたのかは、結局今でも分からないままである。

 突如思い出されたこの記憶は、私にハネケの『ハッピーエンド』の冒頭場面を想起させた。精神薬を服用しているシングルマザーに育てられている娘がひとり、自分のペットを殺す様を動画で撮っているのである。娘が何故そんな事をしたのか。その理由は最後まで明かされない。ただ、その数分後に、娘の母親は死ぬ。薬物の過剰摂取が原因である。映画の本編はここから始まるのである。


 ある晩のことである。出先からの帰り道、少しお腹がすいたので、私は偶然降りた駅のホームにある蕎麦屋に立ち寄った。そこでテーブル席に座りながら自分の注文が出てくるのを待っていると、店内に一人、老人が入ってくるのが見えた。老人は注文を済ませると、小刻みに全身を震わせながら、不安げに店内を見渡した。彼は自分の座る席を探していたのである。

 この時の老人の表情を、私は忘れることが出来ない。まるで赤子のように原始的な、つぶらな瞳をしていた。その顔はまるで人間的な表情が全てはぎ落とされているかのようであった(表情を持つということは、人間による社交的な文化の一つである)。何より、彼は孤独であった。そして、誰もそんな彼を気にかけてなどいなかった。

 幸いにも、老人の座るべき席はすぐに見つかった。老人の近くで食事を済ませた客がさっさと店を出ていったのである。こうして老人が席に着くと同時に、私の不安もおさまった。

 昔から、このような老人のことが他人事に思えなくて仕方ない。がしかし、老人を自分の事のように考えると同時に、自分は決してこの老人のようになってはならないという気持ちが湧き上がってくる。それは何も相手を軽蔑しているからではない。ただ、相手への同情が行き過ぎるあまり、自分が本当にこの老人のようになってしまうことを恐れているのである。何より、自分のような若者と多くの経験と歳月を積んだ老人を同一視するのは、むしろ老人の方に失礼であるように思われる。

 ただ、老人のあの顔は、「何もない」という絶望を痛切に私に教えてくれた。まるで人間的なものがない。全てが無に帰したような、感情もなければ理性もないような顔。あれが一個の人間が生きた末にあるものである。そして、そんな彼を気にかける人間が何処にもいないのだ。老人はひとりぼっちで、自分の座るべき場所を探して、所在なさげに辺りを見渡している。これがどれほど恐ろしいことかわかるか。白状するが、私には彼がまるで未来の自分の姿のように思われるのである。


 深夜。片手に缶の酒を持ちながら、自宅へと続く道を歩く。街頭に照らされながら、目先に伸びる影を眺めて、この夜が永遠に続いて、自分はいつまでも家に帰れないのではないかと空想する。そして片手で酒を煽りながら、もう片方の手で自分の髪をくしゃくしゃにする。一体いつまでこの状況が続くのか。それとも、自分は一生このままなのだろうか。ずっとこの状態から抜け出せないのか。私はずっとひとりなのか。そう考えると、やはり歩いても歩いてもこの道が続いていて、自分は永遠にこの夜から抜け出せないのだという感覚が一層強くなるのであった。私には、このままひとりで生きるなど耐えられないような気がした。

 その時である。ふと、私は自分を客観視した。で、こんなふうに物事を考えながら、あたかも一人芝居をするかのように自分に酔っているのが滑稽のように思えてきた。で、しばらくその場で笑った。それから、違うことを考え始めることにした。


 人前に出れば、多かれ少なかれ、人は他者の眼差しを意識することを強いられる。嘘をつかずに生きるということは、「他者」という観客を持たずに生きるということだ。嘘をつかずに生きるという事が不可能な理由はそこにある。社会生活とは、常に人が嘘をつくよう強いるものなのである。

 それでも、真実に生きようとする方法が一つだけ存在する。それは、自分だけの秘密を持つこと、隠れて生きようとすることである。真実に生きるとは隠されたものとして生きることなのだ。だからもしこの世に「真実の愛」などがあるとすれば、それは覆い隠さず、見世物のように他人の目に晒された愛の生活などではなく(そんなものでは決してない)、隠されて閉じられた、秘密の愛、自分と相手の他の誰にも知らず、共有されることのない愛のことを指す。


 精神を病んだ人には、大まかに二通りのタイプが存在する。一つは他者との和解を求める人であり、他者との現実的な問題(愛し愛されること、どこかの集団に順応すること)が原因で悩んでいる者のことである。もう一つは自己との和解を求める人で、彼は分裂した自己を解決し、自らの内側で矛盾し対立したものを再び統合することを求めている。

 物語の結末というものは、常に物語の展開する最中に含まれている。だからある者の変化とは、既に彼が変化する前に内在しているのである。

 自由。人が自由を求めるのは、何らかの不自由を自らに感じているからだ。もし自由を愛する人がいたとすれば、それはそれだけ不自由に苛まれていた人のことでもある。


 理想と現実の何処で折り合いをつけるべきなのか。最近はよくその事で思い悩む。どんな人でも間違いを犯さずして生きていくことなどできない。ただ、間違いを犯している時、人は自分の何処が間違っているのかがわからない。それが問題なのである。

 困惑は募れば倦怠に変わる。いつからか、私はまるで怠惰な人間になってしまった。

 人はよく、鈍感であることと強くあることを混同して考える。確かに、一つの問題に悩まなくなったという意味では、強くなることは鈍くなることと同じかもしれない。ただ、それは単に思考がそこまで及ばなくなったから悩むこともなくなった、とも言い換えられるだろう。一番いけないのは、かつて悩んでいた日々を忘れるということである。私達が最も忘れてはならない思い出とは、いつだって私達が最も弱かった日々のことである。


 ここ一年は、ドゥルーズロマン・ロランの本ばかりを読んでいた気がする。私の知る限り、ドゥルーズがロランについて言及したことは一度しかない。それはスピノザにまつわる本の最後の部分である(同書の注の中でも一度だけ触れている)。しかし、私には、この二人の作家に、何か緊密な親和性があるように思われるのだ。

 実際、両者ともにスピノザニーチェベルクソンに関心があり、また影響を受けたのもあるだろう。それから、他の偉人たちの業績を纏めることで、自らの思想を形成する点も似ている。ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』には、彼が伝記を記した三つの偉人の姿(ベートーヴェンミケランジェロトルストイ)が反映されているし、ドゥルーズの『差異と反復』には、上の三人を含むドゥルーズが影響を受けた哲学者への独自解釈が大いに反映されていることは言うまでもない。両者ともに、著作全体を通して「生への信仰」と「人間であることへの誇り」を書き表している点も指摘すべきだろう。ドゥルーズはかつて「生を貶め、人間を下品なものにするのを批判するのが哲学だ」と、大まかに言えばそんな感じのことを語ったことがある。ロマン・ロランにしても、「一個の人間として恥じない者」としての生き方を、自らの著作を通して探求した人だと言える。その他にも共通点は多い。流麗な文体、音楽的な文章、幅広い芸術への愛好、など。

 私は何も、ドゥルーズがロランから影響を受けているのだと言うつもりはない。ただ、自分のドゥルーズ読解が、ロランの助けなしには成り立たなかったのは事実である。

 あと少し、あと少しでドゥルーズ思想の根底を把握できそうな気がする。ただ、その「あと少し」が中々難しいのである。ドゥルーズは大好きだが、読んでて「どうしてこんなにややこしい書き方をするんだ」と思うことも少なくない。本当にややこしい。で、そのややこしさを解消するために、次は何を読むべきか、これを読んではどうかと、頭を抱える日々が続いている。

 あと少しで欠けたピースが埋まる。それは丁度、夜空を眺め、雲を追い払い、星をあるべき所に収めることで、一つの星座が見えてくる感覚に近い。もう少しで私の求める星座が夜空へと浮かび上がる。そして、ジグソーパズルが完成した時、私はきっと何かを掴めるような気がする。果たして何が掴めるのかはわからない。ただ、きっと何か、違った景色が見えるようになる気がする。そんな事を、漠然と直観しているのである。


 ドゥルーズプルーストの言葉「美しい書物は一種の異国語で書かれている」を好んでよく引用する。彼の書物の読みづらさは、まさに彼がフランス語の中で異国語であろうとした点にある。で、彼の著作は皆、彼の別の著作との密接な繋がりを持つ。だからそれぞれの本を読み解いていくことで、やっと彼の思想の全体像が浮かび上がる。正に彼の著作はあらゆる言語に対して異国なもので書かれているのだ。これがドゥルーズ思想の厄介な所である。

 では、何故そんな厄介な思想家の本をわざわざ読むのかと聞かれれば、それは上手く答えられない。ただ読まざるを得ないから読むのである。強いて言うなら、この感覚は恋に近い。何か私にこれまでにないものを与えてくれる。だから私はドゥルーズの本を夢中で開くのである。人が愛するのは、いつだって理解できるものではなく、理解したいものなのである。


 笑わないで聞いて欲しい。私にはちょっとした夢があって、それは、いつか奥さんが出来たら、ハネケの『愛、アムール』という映画を一緒に観たいのである。理由は簡単で、それが私の一番好きな恋愛映画だからだ。自分と同じ観点でものを観て、自分と同じようにそれに感動して、そうして私のこの気持ちを共有したいのである。

 ハネケの映画では、必ず作中でスピーカーや、または誰かの演奏から、よくよくクラシック音楽が流れることがある。『ベニーズビデオ』では、それはバッハであったし、『愛、アムール』では、それはシューベルトであった。今私が聴いているのも、やはりシューベルトである。作中で使われていたものと同じ、即興曲集D.899だ。演奏はクリスティアン・ツィマーマン。もう何度聴いたかわからない録音だ。

 シューベルトの晩年の作品を聴いていると、まるで自分が酷く年老いた者のように思えてくる。そして、様々な感情や追憶が、走馬灯のようにこの身に襲いかかるのである。