21/10/17

 ニーチェによれば、私達の行為はどれも解釈に基づいて行われていると言う。たとえば子供が親に甘えるのは、「親が自分を愛している」という無意識上の解釈に基づくからである。だからこそ、いかなる言動にもその裏には必ず解釈が存在する。よって、「解釈」という行為それ自体は「解釈の解釈」ということになる。

 ここから導き出される結論とは何か。それは「この世界の一切は解釈あるいは表現である」という事だ。もし何らかの行為が必ず解釈に基づいて行われるならば、私達の言動の一切は「解釈の解釈」である。何故ならば、こちらに何がするよう促す相手の言動さえも、既に何らかの解釈に基づいて行われているからだ。そして、その相手の解釈さえも、また別の解釈に促されている……。このように、ニーチェが見たもの、それは解釈に解釈が覆い被さる世界、仮面の上に仮面が重ねられた世界である。こうしてニーチェは真理なき世界の実在を目の当たりにする。そしてそこでは、偽なるものの力能が人々を突き動かしているのである。

 この世界とは、力とその表現が支配する舞台である。私達の感情を例にとってみよう。嫉妬に狂った人間の感情表現について、「憎んでいる」というよりかは「愛しいが故に憎んでいる」とする方がより適切であろう。しかし、だからと言って後者の表現が永久不変の真理なわけではない。人が嫉妬を覚えるのはシチュエーションによって性質が異なるから、より適した表現がそこにはあると言えるだろう。

 この事から理解されるのは、真実というものはこの世になく、より適切な表現、より高い強度を持った表現だけが存在するということだ。この場合、表現されるのは力であり、また表現するものも力である。私達の感情はより説得力のある表現によって常に席を譲られる。だからこそ、私達の内に「本当の気持ち」なんてものは存在しないとも言える。ただそこには、より程度の高い表現か、あるいはより程度の低い表現だけが存在する。私達の内でうごめく潜在的な力、嫉妬という力、怒りや悲しみといった力を、より上手く表現する別の力が存在する。だからこそ、この世界とは力とその表現が支配する舞台である。

「真理なき世界の実現」というテーマについて、私達は時間の側からも直面することとなる。つまり、真実は常に時間によって危機に晒されるということだ。ある時は一つの解釈が正しく見えて、また別の時には別の解釈が正しく見える。このように、私達は常に時間によって考えを変化するよう強いられる。それは、時間が常に私達の考えを変える出来事の出現を可能にするからだ。時間の裂け目から事件が介入し、今日までのこちらの正しさを偽に変える。何故ならば、人は思考に苦しみを強いるものに直面した時にしか、思考を発展させないからだ。人が正しさについて考えるのは、常に正しさが失われつつある時のみなのである。危機あるいは苦しみを与える出来事こそが、私達の真実を偽に変える。そして人は絶えず結果から原因を考えるものである。言い換えるならば、原因の推測は絶えず現在のこちらの偏見に依存する。だからこそ、唯一無二の真実とするべきこの世界の解釈は存在せず、絶対的な因果性(「あれのせいでこうなった」)というのも存在しない。今は正しいと思っている過去の原因も、別の結果に出会えばコロッと変わってしまうだろう。

 こうして力の側から、時間の側から、真理なき世界の実現が到来する。この時、私達はどうしてもある一つの問題に直面せざるを得なくなる。それは信仰の問題である。しかし、それは決して宗教的な問題ではない。また神の問題でもない。それはこの世界を生きることへの信頼、喜びが悲しみに勝ることへの信頼の問題である。まさにそのような信頼を失いつつあるということ、あるいは既に失ってしまっていること。それこそが私達の直面する最大の危機なのだ。

「現代的な事態とは、我々がもはやこの世界を信じていないということである。我々は自分に起きる出来事さえも、愛や死も、まるでそれが半分しか関わりがないかのように、信じていない。」

 だからこそ、私達は生への信頼を再び取り戻さなければならない。この信頼あるいは信仰の問題は、そのまま倫理の問題にも関わってくる。こちらの生きる経験が、あたかもこちらの生への信仰を奪うかのように働きかけることがある。あたかも今日まで自分のしたことが全て間違ってきて、自分の積み上げてきたもの全てが、ガラスのようにバラバラに崩れ去ってしまうのである。ならば倫理とは、私達の経験に先立ち、そして私達の経験を乗り越えるものを教える存在でなければならばない。何故ならば、倫理こそが私達の生存を形成するからである。勿論、倫理学の目的は絶対的な正しさを獲得することではない。その時々にこちらの振る舞うべき動作が異なる以上、絶対的に正しい生き方などあるわけがない。ならば、倫理とは何か。それは私達がこの世界を信じる理由を与えてくれるもの、喜びが悲しみに勝ることを教えてくれるものである。そして、ただそれだけが、私が生きる上で必要なものである。

「我々は一つの倫理あるいは信仰を必要とする。こんな事を言えば、馬鹿者共は笑い出すだろう。それは他の何かではなく、この世界そのものを信じる必要であって、馬鹿者共もやはりその世界の一部なのである。」

 先のニーチェの話に戻ろう。もしあらゆる行為が解釈に基づいて行われるならば、よくよく哲学で取り扱われる「心身二元論(精神と肉体の対立)」は錯覚だということになる。あらゆる言動( = 身体)がそのままこちらの解釈( = 精神)によるのならば、人間の精神が能動的になる時に肉体も能動的になり、また精神が受動的になる時に肉体も受動的になると言える。これが所謂「心身並行論(身体と精神が並んで存在する)」という奴だ。「私達は身体が何を為すのかを知らない」とは、この心身並行論を唱えたスピノザが残した有名な言葉だが、今こそ私達はこの言葉を思い起こさなければならない。人は自分の身体が何をなすのかを知らない。何故ならば、身体とは思考と並んで存在すると同時に、決して思考し得ない何かを含んだものであるからだ。そしてこの思考し得ないものこそが、私達の思考を危機に晒すと同時に、私達の思考の拡張=拡大を可能にする。

 ドゥルーズの哲学には、その最初期から一貫したある一つのテーマが存在する。それは人間の能力の拡張=拡大である。ヒューム論において、ドゥルーズは度々「人間は本性的にエゴイストではなく偏見的である」というテーゼを取り上げる。私達には共感する能力があるが、しかその共感の幅は本来非常に狭い状態に限られている。人間は自分に近いもの、自分の原因となってくれるものほど重要視にする傾向があるからだ。よって現実問題を解決する上で、大切なのは自然を抑圧することではなく、むしろ自然を拡張することである。自然状態[ありのまま]では狭いままである共感能力を、拡大しなければならない。それこそが無駄な争いを減らす最前の手段だからだ。そして、だからこそ正義とは自分から最も遠い人間の苦しみを、あたかも自分の近くにいるもののように感じ取ることである。

 自然を拡張=拡大するということは、まさに人間が明確な本能を持たないからこそ可能なことだとも言える。同性愛や女装/男装の文化が示すように、人間は本来「自然」とされたものから次第に抜け出す生き物である。「人間は本能を持たず、諸制度を作り上げる。人間は種から脱皮しつつある動物なのである。」だからこそ、人間には明確な能力の規定が可能ではない。絶えず現状から抜け出すものである以上、人間の能力は衰退するか、あるいは増大するかのどちらかとなる。だからこそ、人間の能力の拡張=拡大は可能であり、またそうしなければならないとも言える。何故ならば、それこそが私達が直面した危機を解決する唯一の方法であり、私達の「進歩」であるからだ。

 芸術は人間の「感じ方」を拡大する。音楽の感動は、こちらが今日まで上手く表現出来なかった感情が、その中で上手く歌われているからこそ生まれるのではないか。文学の感動は、自分が今日まで上言い表せなかったものが、その本の中で見事に表現されているからこそ生まれるのではないか。同様に美術の感動は、今日まで私が捉えることの出来なかった世界の美しさが、そこで可視化されているからこそ発生すると言える。「絵画の使命とは、見えない諸力を見えるようにする試みとして定義される。同じように音楽は、音的でない諸力を音的にするよう努める。」だからこそ、芸術の目的とは人間の感覚する能力の拡大である。同じように、哲学の目的は人間の思考する能力の拡大であり、科学の目的は人間の技術能力の拡大を目的とする。

 ではこの能力の拡大とはいかにして可能になるのか。それは他ならない、身体に目を向けること、感覚し得ないもの、思考し得ないもの、体系化し得ないものに直面することによってである。

「確かなのは、信じるということは、別の世界[死後の世界]を信じるということでもなく、改造された世界を信じるということでもないということだ。それはただ単純に、身体を信じることである。言説を身体に取り戻すということである。そしてそのためには、言説以前の、言葉以前の、事物が名付けられる前の身体に到達しなければならない。」

 能力の拡大を目的とする以上、芸術、哲学、科学は本質的に生命への愛、喜びへの愛に満ち溢れている。一人の芸術家、哲学者、科学者の人生がどんなに悲劇的に見えたとしても、彼らの絶え間ない試行錯誤の裏には、必ずや生命への意志、喜びへの意志が隠されている。だからこそ「悲愴な創造などなくて、いつも喜劇的な生があるのみ」である。しかし、現実はそうはいかない。私達はありのままの生をいきる権利を、純粋状態の喜びを味わう権利を、生まれた時から奪われていると言える。子供の頃、私達は与えられた環境をそのまま生きることしか出来ない。だからこそ、どんな人でも子供の頃はある程度受動的、隷属的であることしか出来ない。そして、自分に与えられたものが、そのまま自分に最も適した生活様式なわけではない。大抵はむしろその逆である。私達は、自分の性質に見合った生活を手に入れようとすれば、必ず苦労する運命にある。だからこそ、喜びを求めようとしたら、むしろ悲しみを味わう羽目になったということが度々起こることになる。そして、子供の頃に、受動的で隷属的であった頃に犯した罪のために、大人になった後に苦しむことにもなる。そういう意味では、私達は無実でいる権利すらも奪われていると言えるかもしれない。

 しかし、奪われているならばそれは取り戻されなければならない。これは権利問題である。ここで倫理の話に戻ろう。芸術家には、新しい「感じ方」を創造する能力への信頼がある。哲学者には、新しい思考を可能にする理性能力への信頼がある。そして科学者には、新しい技術を発明する知的能力への信頼がある。しかし、これらの能力がありのまま発揮される舞台などこの世界の何処にもない。何故ならば、生まれた頃の人間は誰しも何かしらの隷属状態にあり、しかも大抵はそれから完全に抜け出すことの出来ないまま死を迎えるからだ。だからこそ、能力の拡張=拡大を求めるならば、絶えず悲しみと苦しみが付きまとう。ドゥルーズはベーコンの絵画について「叫びの彼方には微笑みがあるが、彼はそれにたどりつけなかった」と書いたことがある。まさに私達はあのフランシス・ベーコンの絵の人物のように、喜びを求めた結果、顔を醜く歪ませ、ヒステリーに駆られ、叫ばざるを得なくなるような瞬間に到達する。私達が倫理を必要とするのは、まさにそのような時である。

 無意味とは意味の欠如というよりかは、むしろ意味の過剰から生じる。だからこそ、「<理性>は神経症によって死に絶える」こととなる。考えすぎることによって、人は自らの思考の限界に直面する。ならば、問題となっているのは、いかにして理性なしで物事を済ませるかではなく、むしろいかにして理性の能力を復権させるかということである。思考の無能力に直面した時、それを拡大するチャンスを与えてくれるのは、まさに思考し得ないものに目を向けることによってでしかない。第二次世界大戦によって西洋の理性への信頼が意図も容易く失われたように、人が今日まで積み上げてきたものとは、案外簡単に壊れるものである。ならば、その逆の場合も可能であるということとなる。つまり、今日まで不可能だとされてきたことが、ある日突然可能になることも有り得るということだ。今日までの経験を乗り越えるもの、今日までの経験に先立つものが、私達の経験には内在している。ならば、そこに秘められた可能性に賭けなければならない。そして、その可能性を信じること、その可能性を生きることこそが、私達の倫理とならなければならない。信仰とならなければならないのだ。

「問題は、言葉の手前で、あるいは彼方で、世界への信頼を再発見すること、取り戻すことである。」

「諸身体を構成すること、それによって、我々が世界への信頼を取り戻すこと、理性を取り戻すこと……。」

 

21/10/10

 愛情の反対は無関心であるとよく言われる。しかし、私はそうは思わない。愛情の反対とは、むしろ失望である。無関心、それは文字通り何の関心も持たない状態を指す。だからこそ、丁度大地に種が撒かれて芽が生えるように、無関心から関心が芽生える可能性は大いにあるわけだ。また、相手の気持ちをよく理解するために、私達は時にどんな相手に対しても多少の無関心を必要とされることがある。曇りのない眼差しで物事を捉えようとするならば、個人的な感情は捨てなければならない。よって、私には無関心がそんなに悪いものだとは思われない。

 では、失望とは何か。もし無関心が何の関心も持たない状態であるとすれば、失望とはむしろ何の関心も持てない状態を指すと言える。失望した時、人は相手に関心を持ちたくても持つことが出来ない。何故なら、相手の「たかが知れてる」からだ。だからこそ、相手が何をしても、何を言っても、聞く耳を持つことが出来ない。よって失望とは、相手に対して愛情も憎しみも抱くことが出来ず、ただ軽蔑の混じった嫌悪感だけを覚える瞬間を指す。

 何かに対して好意を寄せる時、どんな人間も相手に期待を抱かざるを得ない。その期待とは自分に対する利益への期待である。そして、それは決して物質的なものだけではなく、精神的なものをも意味している。相手が自分に金を寄越してくれることを期待して、相手が自分の心の居場所となってくれることを期待して、相手が自分の肉体的な欲求を満たしてくれることを期待して、相手が自分の精神的な苦痛を癒してくれることを期待して、相手が自分のビジネスに利用できることを期待して、相手が自分を救ってくれることを期待して……。プルーストの語るように、私達は対象を単体で愛するというよりかは、対象が想起させる別のものを踏まえた上で相手を愛すると言える。だからこそ、愛情の本質は別の世界への期待である。言い換えるならば、この期待が損なわれた時、愛は終わる可能性がある。

 どんな人であれ、友人や恋人に対して、何らかの我慢をする時が訪れる。それもかなり頻繁に訪れると言っていいかもしれない。そして相手の嫌な所を見た時、相手の美点を想起させることによって( 「あれにはあんな所もあるしな」)、あるいは自分の欠点を想起することによって(「自分にもこういう所があるしな」)、私達は相手の欠点に目を瞑ろうとする。もしくは、時には相手の欠点のために、相手を愛おしく思うこともあるだろう。だからこそ、失望した時、私達は何の曇りもない眼差しで相手の欠点を眺めることとなる。その時こちら抱く感情とは、愛情でもなければ憎しみでもなく、ただただ「不愉快だ」という感情、軽蔑すべき対象に出会った時の嫌悪感、不快感である。

 ここから疲労が生じる。そしてこの疲労は何も美しいものではない(というのも人は時に、相手のために疲労することに何か特別な喜びを見出すからだ)。失望と共に生じる疲労は、ただただ「面倒だ」という気持ちをこちらに呼び起こす。だから相手がどんなことを言っても、どんな行動をとっても、もはや「相手にするのが面倒臭い」以外の感情が湧いてこなくなる。

 ただ記憶だけは残り続ける。現在が醜く見えようとも、思い出はいつまでも美しくあり続ける。だからこそ、次第に人は目の前の相手を愛するというよりかは、記憶の中の相手を愛するようになる。失望した後にも相手と接するとしたら、それは目の前の相手を愛するというよりかは、かつての記憶の中にいる相手の姿に執着しているからである。だからこそ現在の相手に、過去の記憶が繰り返されることを願わずにいられない。ここで再び期待の反復に直面することとなる。

 何にせよ、この世には愛情や憎しみよりも大きな感情がある。それは失望であり、それに伴う疲労である。だからこそ、私は憎まれることよりも失望されることを恐れる。また、憎むよりも失望することを恐れるとも言える。


 物質的に自由になることと精神的に自由になることは同義である。金は現代において非常に重要な問題だ。資本主義社会においては、あらゆるものが物質化され、商品化されている。それは決して服や食品だけではなく、人や、愛情にしてもそうだ。今の時代、金で買えないものなど殆どない。だからこそ、金銭をより多く獲得することは、すなわち精神的に自由になることのかなり一般的な近道だと言っていいだろう。しかし、ならば次のように言うことも出来るのではないか。つまり、精神的に自由になることが、そのまま物質的な自由に繋がるのではないかということだ。

 ここで私が思い出すのは、ウータン・クランのあの有名な一曲だ。あの曲はトラックもいいが、歌詞が本当に美しい。そこではある男の話が描かれている。それは「自由」を求めて失敗した男の話だ。

 金を稼いで貧困から抜け出そうとした若者は、十五歳で刑務所に入れられてしまう。しかし彼は次第にあることに気が付き始める。つまり、"But as the world turned, I learned life is hell / Livin' in the world no different from a cell (やがて時が経つにつれて、俺は人生は地獄だと理解した/シャバを生きることもムショにいることも大して変わりはない)" と。薬物の売人をしても、警察に怯えて生きるばかりだ。そして鬱を紛らすためには薬に頼らざるを得ない。薬をやってる時だけが苦しみから逃れられる。でもそのせいで貧乏からも抜け出せない。そして自分より若い世代にその事を伝えようとしても、誰も耳を傾けてくれない。ガキ共は皆薬漬けになって、誰も彼も好き放題暴れ回ってる。しかしやがて奴らも気づくだろう。俺の言っていたことの意味がわかるだろう。つまり、"life is hectic (人生は厄介なものだ)" ということを理解するだろう。そして次の言葉が繰り返され続ける。"Cash Rules Everything Around Me (金が俺の周りの全てを支配している……)" と。

 ここでは、心身共に自由な生活をするために、金銭を獲得しようとする若者の姿が描かれている。彼らにおいては、物質的な自由を得ることが、そのまま精神的な自由を得ることに繋がっている。事実、それは正しい。恐らく私達の大半は、精神と物質の密接な繋がりから決して解放されることなく一生を終えるだろう。そして物質から解放されることは、すなわち精神から解放されること、死に至るということだ。

 では、この場合「自由」とは何か。自由とは出口を見出すということである。もし物質によって精神の自由が手に入るならば、逆の場合もあるはずだ。つまり、精神によって物質の自由が手に入るということだ。それは何も、精神的に豊かになることで金銭的にも豊かになるというわけではなく、むしろ精神的な自由を獲得することによって、あらゆるものが物質化=商品化するこの社会において生き延びる手段を獲得するということである。だからこそ、自由になるとは出口を見出すことである。

 上のウータン・クランの曲では、薬物の売人では自由になれないと気づいた男が、音楽によって自由になろうとする姿をも描いている。人間は自分が解ける問題しか設定出来ない。もし答えが出ているはずなのに、いつまでも同じ場所に頭をぶつけ続けているならば、それは答えが間違っているのではなく、問題の設定の仕方がそもそも間違っている。大切なのは答えを出すことではなく、問題を設定することだ。だからこそ、自由になるということは、別の仕方で問題を設定すること、かつての答えを捨てて別の答えを求めるようになることである。精神的に自由になることが、そのまま物質的な自由に繋がるとすれば、それは思考の向きを変えることによって、新しい物質との向き合い方を獲得するということである。


 あらゆる芸術は音楽に憧れる。少なくとも私にとって、音楽は他の芸術よりも重要なものである。美しい音楽には鎮痛剤のような作用がある。再生した瞬間に、それまでこちらを支配していた苦しみがスーッと消えていくのだ。こればかりは本を読んでいても、映画を観ていても得られないものである。こちらの意識を遠のかせ、こちらの全てを忘れされるもの。音楽。

 とりわけ悲しげな音楽にはある特別な作用が含まれている。その音楽自体が悲しいわけではないのに、あたかも音楽が自分の代わりに悲しんでくれているような感覚をもたらすのである。別の場合でも同様である。スリップノットを聴いて暴れ狂う少年は、別に元々暴れていた訳ではなく、ただ音楽が自分の怒りを代弁してくれるような錯覚をもたらすため、突然狂ったようにヘッドバンキングをするのである。ショパンの曲に涙を流す人は、別に元々泣きたかったからではなく、曲が自分の分まで泣いてくれるような気がするから、泣き出してしまうわけである。

 この音楽と「私」との間で行われる共振の作用。それが聴き手にある強い感動をもたらす。それは理解することの感動である。自分の感情が理解されるという感動、あるいは音楽によって自分の感情を理解するという感動だ。恐らくどんな芸術鑑賞にも、この共振の作用があると思われる。しかし音楽よりも強くそれを促してくれるものは他にない。音楽ほど強く、直接的に、こちらの心に響く芸術は他にないのである。だからこそ、「あらゆる芸術は音楽に憧れる」。これは確か昔の偉人が残した言葉なのだが、しかしそれが誰なのかは忘れてしまった。

21/10/06

 何かを「美しい」とする行いは、それ自身無関心なものである。たとえば「彼女の肉体は美しい」「彼の顔はとても綺麗だ」など。これらの美的判断は、ある種の客観性をもって行われている。「美しい」という価値判断は、本来他者と共有されたものだからだ。そのことは、世間一般における誰かを「美形」だと見なす価値観が共通のものであることからもわかるだろう。

 よって、美的判断とは本質的には無関心な行いである。ここにカントが『判断力批判』の中で展開した最もスリリングな理論が含まれている。つまり、カントによれば、高次の感情は無関心なのである。何かを「美しい」と判断する上で、個人的な関心は必要とされない。むしろ美が普遍的なものであるならば、それは無関心な状態でしか認識され得ない。よって、高次の感情(より美を認識するのに適した状態)とは無関心である。

 一方で、別の場合が存在する。それはドゥルーズが『カントの美学における発生の概念』の中で触れている事である。そこには苦痛を伴い、こちらに苦しみを強いるような美の啓示が存在するというのである。ドゥルーズ=カントはそれを「崇高」と呼んでいる。

「理性と構想力 [想像力] は、緊張、矛盾、苦痛を伴う分裂の真っ只中でしか一致しない。一致が、しかし不協和の一致が、つまり苦痛の中での調和が存在するのである。そして、こうした苦痛だけが快を可能にする。カントは、構想力が暴力を受け、その自由を失うことさえあるという点を強調している。」

 こちらにとって何か意味深く感じるもの、こちらが考えずにはいられないものは、勿論こちらを魅惑するが、一方でそれが把握しきれないからこそ、私達はそれに魅了されているのだとも言える。だからこそ、意味深いもの、崇高なものとの出会いには、ある種の苦痛が、不快が伴う。今日までのこちらの想像力を飛び越えるほどのものとの出会いが、こちらに理解しえない苦しみを強いる。しかし、だからこそ、理性と想像力は一致する。それは自分に苦しみを強いるものの認識である。そして、そこから更に認識することの喜びが生じる。不快から快が生じるのだ。悲しみの中で何かを発見した時、人は悲しみを覚えながらも喜びを感じるものだ。たとえ悲しんでいても、そこに何か特異的なものを見出した。だからこそ理解する喜びが生じているのだ。よって、次のように言うことも出来る。つまり、悲しみが人を特別にさせるのだと。

「しかし、極めて一般的な共通概念 [一般とされているもの] が我々に不一致を理解させる時 [我々が一般的なものと一致しないのを理解する時]、そこにまた能動的な喜びの感情が生じてくる。つまり、常に我々が理解することから能動的な喜びが生じてくるのである。」

 ここにドゥルーズはユーモアを発見する。つまり、こちらに悲しみを強いるはずのものが、解析されることによってむしろ喜びに転じるということである。そして、このユーモアの問題こそが彼の関心を寄せる作家に共通しているものである。「テクストを解釈することは常に、テクストのユーモアを見極めることと同じではないでしょうか。偉大な作家とはよく笑う人なのです。」

 ユーモアの問題は、彼がマゾッホ論を書いて以来、定期的にドゥルーズの著書に登場するテーマである。マゾヒズムの本質は、快楽を禁止するものから、むしろ快楽を引き出すことにある。罰は対象に快楽を禁止することを目的とする。おしりペンペンをするお母さんは、子供に「してはいけないこと」を教えるためにそれをする。つまり、子供が「したかった楽しいこと(味わおうとしていた快楽)」を禁止するために、母はおしりペンペンをするのだとも言える。マゾヒズムのユーモアはここから生じる。もし罰するという行いが快楽を禁止するためにあるのだとすれば、マゾヒストはこの「罰」を通して禁じられた快楽を味わうのである。このように、マゾヒストは、こちらに禁止を強いるものを通して、むしろ禁じられた快楽を味わおうとする。マゾヒズムの本質はユーモアにあるのだ。

 しかし、ならば何故マゾヒストは罰されることを求めるのかという問題が出てくる。私の理解が正しければ、その理由は大まかに二つに分けられる。一つは贖罪のためである。自らに罰を下すことで、罪を償い、禁じられた快楽を味わう権利を得ようとしているのだ。しかし個人的には、もう一つの理由の方が興味深い。それは、マゾヒストが罰を通して快楽への期待を高めているということである。「快楽[の実現]は欲望を中断させてしまう。従ってプロセスとしての欲望の構成は、快楽を払い除け、無限に斥けなければならない」。

 マゾヒストは待機の状態を好む。こちらに下される罰は、その分こちらに「よりよい状態」を、理想的な世界を想起させる。マゾヒズムの本質はその理想主義にある。実際、快楽の発生は緊張の状態と密接な関係にある。人は緊張から開放された時にこそ快楽をよりよく感じるのである。「興奮の拘束のみが、興奮を快へと「解消しうる」ようにする、それのみが興奮の放出を可能にする。」

 だからこそ、マゾヒズムは拘束されることを求める。それは、拘束されることによって、より高い次元にある快楽を期待するからだ。この待機の状態が続けば続くほど、実現される理想への期待は高まる。だからこそ、マゾヒストは自らを罰する更なるものを求めようとする。そして罰されることによって、中吊りになることによって、快楽が完全に実現されないことによって、自らの理想への妄想を深めていくのである。

 ドゥルーズマゾッホ論の比較的最初の部分で、次の点について触れている。つまり、マゾヒストは自らの理想のために、自らを罰する者をむしろ教育するのである。事実、マゾヒズムの本質は自ら服従することによって相手を支配する点にある。『毛皮を着たヴィーナス』のヒロインは、別に元々サディストなわけではない。むしろ純粋な心の持ち主だが、マゾヒズムの教育によって、マゾヒストを調教するよう強いられる。理想には犠牲が付き物である。理想主義の本質はその残酷さにある。マゾヒズムは自らの理想のために犠牲者を求めるが、それ故マゾヒストは自らを罰する者に対して残酷になるのである。そして、この理想と残酷さを実現するためにも、マゾヒズムは契約を相手に求める。そして契約を結ぶことで、相手が自分を調教する者になるよう教育する。また、理想を求めるからこそ、マゾヒズムの本質はその現実への否認にも見受けられる。

(実際、ドゥルーズマゾヒズムの特徴を説明する上で最も強調するのはこの「契約」の問題である。マゾヒストは契約を好み、契約によって自らの理想を実現させようとする。一方で、ドゥルーズによれば、サディストはむしろ「純粋理性を好む」という。サディズムの喜びは、より確かな論理を組み立てることで、かつて正しいとされていたものを(「自然」を)転覆することである。「重要なのは、推論自体が一個の暴力であることを示すこと、そしてまったき厳格さ、平静さ、静けさを伴う推論が、暴力的なもの達の側にあるのを示すことなのだ。重要なのは誰かに対して示すことですらなく、論証者の完璧な孤独と全能性とに一体化する論証を用いて、論証してみせることである。」だからこそ、マゾヒズムの残酷さに対して、サディズムの冷淡さが対比される。「サドの主人公達は、推論の全能性によってのみ到達可能なあの観念に比べれば、自分達の現実の犯罪があまりにもちっぽけなものであるのを見て絶望し、怒り狂いもするのである。」)

 ユーモアの話に戻ろう。このように、ドゥルーズマゾヒズムに大いに関心を寄せていた (事実、ドゥルーズマゾッホ論が発表されて以来、マゾヒズムを論じる上で「契約」の概念は必要不可欠になったらしい)。しかし、だからと言って彼自身が別にマゾヒストであるというわけではない。それは彼が『欲望と快楽』の中で否定していることだ。恐らくドゥルーズマゾヒズムに関心を寄せる上で、最も注目していたのはユーモアの問題だ。ユーモアは、自らの喜びを得るために悲しみを利用する。丁度マゾヒストが罰を通して禁じられた快楽を得ようとするように、ユーモアは本来悲しむべきはずの現実を解析することで、そこから喜びを引き出そうとする。それは彼の苦痛への趣味を示すものではなく、むしろ喜びへの大いなる愛を表している。たとえ悲しむべき現実であろうとも、そこには認識することの喜び、理解することの喜び、思考することの喜びがある。この時、より高次な理性の発展のために、悲しみは利用される。

「病人よりも医者に近いため、この作家は診断を行う。だが、その診断は、世界の診断である。彼は一歩一歩病の跡を辿ってゆく。だが、その病とは人間の類としての病のことである。彼は健康へのチャンスを算定する。だが、その健康とは新たな人間の偶然敵誕生のことである。」

 こう考えると、ドゥルーズの哲学は弁証法なのではないかという疑問が生じてくるだろう。その通りである。事実、彼はヘーゲル弁証法に否定的なだけであって、プラトンの弁証術に対しては肯定的である。「つまり、プラトンにおいて、分有の原理はとりわけ分有する側から求められたということである。分有は大抵の場合、外から突然やって来る出来事として、分有されるものが受ける暴力として現れる。」人はこちらに苦痛を強いるものと出会った時にしか、こちらに暴力を振るうものに出会った時にしか、自らの思考を発展させない。これはドゥルーズが『差異と反復』の第三章において展開した基本的なモチーフでもある。

 では、ヘーゲル弁証法ドゥルーズ弁証法の間には、いかなる違いがあるのか。これはあくまでも個人的なイメージだが、ドゥルーズの場合、思考を発展させれさせるほど、「一なるもの」が、全体が、解体されていくのである。彼の哲学の本質は、絶対的なものをバラバラにする点にある。だからこそ、同じ弁証法の趣味があれど、より高次な「絶対知」に到達しようとするヘーゲルの哲学とは正反対なものだと言わざるを得ない (そんなにヘーゲルに詳しくないから、この表現が合ってるかがそもそも不安なのだが)。ドゥルーズの哲学は反弁証法弁証法である。これは財津理氏が『差異と反復』の「訳者あとがきに代えて」でも触れていたことだ。

 先日、ドゥルーズの『スピノザと表現の問題』を読了して、大いに感動した。非常に難解な本で、一時間で二十ページを読むのがやっとであったが、決してポストモダン的な胡散臭さがなく、学術的な意味で難しかった。しかし、本当に読んで感動した。これまで私がスピノザに対し抱いていたイメージが一八〇度変わったと言っていい。そこには静的な、東洋思想の賢人にも似たものが全くなく、むしろ徹底した唯物論が、動的な力の哲学が展開されていた。これを読了することで、私は前より遥かにドゥルーズ哲学への理解が深まったような気がする。このまま上手く行けば、来年の春までには、纏まったドゥルーズ論が書けると思われる。

 ドゥルーズへの理解が一段落したら、今度はマルクスフーコーネグリ辺りの本を読むことが出来たらと思っている。権力論に興味があるのだ。この世界とは、力の、力に対する関係である。私達は、労働においてだけではなく、むしろ休息や、恋愛や、抵抗や怒りにおいてさえ、何らかの形で機械の一部となっている。どんな人間も、自分が他に影響を与える力であり、また他から影響される力であることから逃れられない。力と力の関係であることから逃れられない。権力は関係性の内にしか存在しないのである。そして、社会が権力=関係である以上、そこには必ず権力闘争が存在する。私が興味があるのはそこなのである。そして、この考えをもっと徹底することが出来たなら、きっと今よりもずっと面白い結論が導き出せる気がする。

 そういう意味では、いつか社会学や経済学もちゃんと勉強したい。あとは生物学なんかも学べたらと思っている。暇な時によくYouTubeで動物の動画を観たりするのだが、驚くことが非常に多い。シャチは知性が高く、基本的に無駄な狩りをしないが、好奇心から人間に近づいて、じゃれるつもりで人間を傷つけてしまうらしい。シロナガスクジラは非常に大きな声を出すため、そのおかげで一五〇キロメートル先にいる仲間ともコミュニケーションが取れるという。カバは縄張り意識が強く、基本的に草食性なのだが、縄張りに入ってきた動物には必ず攻撃する。だからアフリカで人間が死ぬ一番の原因はカバなのである(勿論、動物から襲われた場合のみに限るが)。皆、私と同じ哺乳類なのに、私とはまるで別の進化を遂げている。しかし同時に、私が共感を覚えずにはいられない点が幾つかある。実に興味深い話だ。

 以前日記の何処かで書いたが、幼少期の私の夢は動物学者になることだった。「学者になったら解剖もしなきゃいけないんだぞ」と言われて、当時はその夢を諦めたが、今ではむしろその仕組みが気になっているのだから、一度くらい解剖に立ち会ってみたいという気持ちがある。

21/10/01

 クリスチャンだった頃、私には主に通っていた教会が二つある。一つは地元にある教会で、もう一つは上京後に出会った教会である。どちらの教会にも大変世話になったが、特に後者の教会の牧師には、非常に大きな影響を受けた。それは思想的な意味だけではなく、人間的な意味においてもそうである。牧師は大変な人格者であった。彼の周りにはいつも沢山の人がいて、皆が彼の事を慕い、敬っていた。実際、牧師は尊敬に値する人物だった。聡明な頭脳の持ち主で、当時は某大学での講師を兼任していた。また、性格も柔和であり、自分を慕い求めてくる教徒の一人一人に誠実に接しようと努めていた。

 ただ、彼が信徒に対する時の態度は非常に印象的であった。特にその表情には注目に値すべきものがあった。なるほど信徒に接する時、牧師の口元は必ず笑っていた。目元も細めていた。しかし、目の奥は決して笑っていなかった。眉間にはいつも皺がよっていた。それは口元の優しさとは似ても似つかない、厳しく、冷たい印象をもたらした。まるで仮面の笑顔がそこに張り付いているかのようだった。

 しかし、私はそんな牧師のことを心から尊敬していた。そして、自分の将来なるべき姿をそこに見出していた。彼こそは、かつての私の憧れた「立派な人間」そのものであった。そして、この牧師の教える道こそが自分の人生を正しく導いてくれるのだと信じて止まなかった。

 次に、もう一つの教会、私が地元にいた頃に通っていた教会についての話をしよう。そこの牧師との間には、ある忘れられない思い出がある。彼女(その牧師は女性だった)はとても特殊な人だった。後に聞いた話によると、夫を亡くした後にキリスト教信仰に目覚めたらしく、牧師になる頃には既に齢六十を超えていたらしかった。だから私が出会う頃には、既にそれなりにお年を召していた。

 日本のキリスト教徒の数は決して多くない。都会ならともかく、田舎となると教会に通う人間の数はごく僅かしない。また、いても老人ばかりである。それは私の地元にしても同じであった。私の通う教会の日曜礼拝には主に昼の部と夜の部があった。当時の私が参加していたの主に夜であった。そして、昼間はともかく、夜になると本当に人がいなかった。薄暗い礼拝堂には、ただ私と牧師以外の誰もいなかった。だから私達は二人きりで神様にお祈りを捧げていた。そして礼拝後は談話室に向かい、互いに言葉を交えた。そんな夜が殆ど毎週であった。この習慣は、私が上京するまで続いたものであった。

 そんなある晩のことである。その日の礼拝後、私は牧師にある特技を披露することになった。なんて事ない、実につまらない特技である。だからその詳細は省くことにしようと思うが、ただ、牧師はそれを見て大変感動したらしかった。「特技」を披露し終えると、彼女は拍手した。そして、立ち上がって、大体次のようなことを言った。「凄い!神様は私には何にも与えてくれなかったのに、与える人には沢山のものを与えるのね!」

 恐らく、悪気はなかったのだと思われる。ただ、少し動揺した。私を責めるつもりはなかったのだろうが、それから牧師はよく「神様は私には何も与えてくれなかった」と語るようになった。勿論、それに加えて「その分、不思議な出会いに恵まれた」とも語ってくれた。ただ、この話をしてると、まるで私があまりに恵まれた人間のように見えてしまう。実際はそんな事もないと思う。だからこの話はあまりしたくない。しかし、それでも語らざるを得ないのは、この時のことが本当に印象に残っているからだ。この牧師には本当に、本当に世話になった。だから責めるつもりは更々ないが、しかし当時は、何か突き放されたような気分になったのをよく覚えている。「ショックだった」とは言いたくないのだが、しかし悲しくないわけがなかった。ただ、それでも私は教会に通うのをやめなかった。それは神のことを心から信じていたからでも、牧師のことが好きだったからでもない。当時の私には、唯一付き合いのある親友の他に、その牧師くらいしか話し相手がいなかったのである。そして私の親友は、私以外の友人にも心を開いていた。だから友達にべったりすることも出来なかった。

 少年の頃、私は変に余計な気を遣う子供で、容易に人に心を開かない偏屈者だった。否、それは今もあまり変わっていないかもしれないが、しかし今はそんな事はどうだっていい。とにかく私は、いつも一定の距離を置いて牧師に接していた。だから牧師にしても、あの偏屈な少年とどう接すればいいかわからなかったのだろう。以前、帰郷した際にこの地元の教会に顔を出したことがある。勿論牧師は私を笑顔で歓迎してくれた。そして「ここがあなたの帰る家です」とも語ってくれた。実に感動的な話である。そう、そのはずなのだ。しかし私は、どうしても牧師の笑顔を心の底から信じることが出来ないのである。これ程の恩恵を受けておきながら、このように語るのは、きっとよくないことなのかもしれない。しかしそれでも、私はどうしても牧師のことを疑わざるを得ないのだ。恐らく、彼女は私のことがあまり好きではないだろう。考えすぎかもしれないが、恨んでさえいるのではないか。実際、私はそう思われても仕方ないような人間だ。私達の間には、決して越えることの出来ない心の壁があった。それは私から築いたものかもしれないし、私のせいで築かれたものかもしれなかった。何にせよ、牧師は何も悪くなかった。何も悪いことはしていなかった。彼女は師として充分すぎるくらいの務めを私に果たしてくれた。しかしどうしても、私は心からそれに感謝することが出来ないのである。恐らく、私達は二度と顔を合わせることがないだろう。それに、向こうも別に私と会いたいとは思っていないだろう。今はただ、この場を借りて彼女への感謝を述べることで、少しでも自分の恩知らずさの償いをしようと思う。

 上京後に出会ったもう一人の牧師も、私に非常によくしてくれた。前述の通り、彼からは人としても、キリスト者としても、大変強い影響を受けた。ただ、それも今では心の底から肯定出来ない事柄である。さて、私が彼の教会に通っていたのは十九から二十一の頃である。私はそんな、若くて貴重な時間を、キリスト教という馬鹿げたもののために無駄にしてしまったのである。勿論、今でも習慣で「キリスト教徒である」と語ることがある。それに実際、私は洗礼を受けているのだから、そう語る資格があると言える。ただ、今ではそれすらも後悔を覚えることがある。勿論、私が学び切れていない事で、面白いことがキリスト教には沢山あるのだろう。そして、もしかすると後になってそれを学ぶ時期が来るのかもしれない。しかし、決してそれは今ではない。私は本当に、馬鹿なことに時間を費やしてしまった。悩む必要のないことに、いつも頭を抱えていた。もっと肝心な問題が他にあるのに、もっと取り組むべきことが別にあるのに、それに目を向けなかった。キリスト教徒をやめた今、私は初めて自分の誤りに気づいた。そしてそれに気づいた今、既に私の若き日々は相当失われていた。


 恐怖と迷信は似ている。それはどちらも、何かが存在するからではなく、むしろ存在しない何かのために生じる。大抵の人が何かを恐れるのは、それが得体の知れないものだからだ。もし今目の前に虫を恐れる人がいるとするならば、その人は虫の不規則な動きと、いつこちらに飛んでくるかもわからないその突拍子のなさに恐れを抱いているのである。幽霊が怖い人もこれと同様である。人は「幽霊」という実在するはずのないものが実在するかもしれないからこそ恐怖を抱く。言い換えるならば、恐怖というものは常に可能性から生じるのである。人は「目の前にいるはずのないものがいる」という可能世界のために苦しめられているのだ。

 恐怖と迷信が似ている理由がここにある。そして、迷信はまさにそれを利用して更に自らを大きくしようとするのだ。

 この場合、迷信とは必ず宗教的な意味のみを含むのではない。偏見や思い込みなども、やはり「迷信」と呼ばれるべきものだろう。何故なら、偏見にしても思い込みにしても、どちらもこちらが恐怖すべきものを見出さなければ生じえないからだ。そしてじっさい、どんな恐怖も悲しみがなければ生まれないのである。人が何かを恐怖しているのは、それによって自分が悲しみに暮れる可能性があるからだ。いるはずのない幽霊に出会った時、人はこれまで信じてきた「幽霊のいない世界」が信じられなくなるだろう。ある人間の嘘に出会った時、私はその嘘のために相手の他の言葉も疑うようになるだろう。そしてそれを避けたいと願うならば、私達は恐怖を覚えざるを得ない。だからこそ、あらゆる恐怖は、悲しみが再来することへの恐怖でもある。こちらを悲しませる可能性のあるものに再び出会うかもしれないからこそ、その可能性を排除しようとするのだ。

 悲しみは人を内省的にさせる。そして迷信はそれを利用して、内省に耽ける人の心にあるはずのない因果性を植え付けるのである。「今の俺の苦しみはあの時の罪のせいだ」「今この国が悪いのはあの国のせいだ」「あの時私がああなったのは皆あの人のせいなんだ」など。人はよく原因があって結果があると考えたがる。しかし、それは間違いである。実際、人は結果に直面した時にしか原因についてを考えようとしない。だからどんな因果性も、結果に依存しなければ見出されない。それを踏まえるならば、悲しみから帰結された答えはどれも迷信だと言える。何故ならば、悲しみにくれる人は理解するよりも先に自分を悲しませるものに復讐したいと願うからだ。なるほど人は悲しみによって真実に直視するものかもしれない。しかし真実を直視できても真実を理解できる人間は稀である。

 過去の記憶は、目の前にある物質と同様で、解釈しなければ何の意味も見出されないものである。言い換えるならば、どんな過去の記憶も、自分の現在にそのまま属するわけではない。だからこそ、私達は過去の記憶を目の前にある物質と同じように考えなければならない。それはこちらに影響を与えることは出来ても、こちらを構成することは出来ない。

 記憶と物質が同一のものであるならば、逆の場合も考えられるだろう。つまり、目の前にある物との出会いが、こちらに忘れていた過去を甦らせるのである。例えば今、この瞬間に誰かと出会うことで、私は今日まで積み上げてきたもの全てを投げ捨ててしまうかもしれない。それは第二次世界大戦によってそれまで西洋が築き上げてきた理性への信頼がいとも容易く崩れ去るのと同様である。だからこそ、今日まで私に隷属状態を強いてきたトラウマが、ある日突然、何かのきっかけに解決されることも有り得る。だからこそ、物質には無限の可能性が潜んでいるとも言える。自分とは別の物質、自分とは異なる身体には、まだ見ぬ「私」の記憶が埋もれている。そこには賭けを行うべき勝機が潜んでいる。そして私達はこの勝機を信じなければならない。

「自由への愛が希望、恐怖そして安らぎに優っていなければならない。」

21/09/25

 人が恐れるのは不幸よりかは退屈である。そして、退屈さとはその凡庸さの表れでもある。では、そもそも私達は何をもって「凡庸なもの」と見なすのか。それは他ならない、相手の底が知れた時である。もし私達が日常に耐え難い凡庸さを見出したとするならば、 それは決してそこに何のドラマも含まれないからではない。むしろ、そのドラマのたかが知れているからである。よって、私達が退屈を感じるのは、何も起こらないからでは決してなく、むしろ何が起きてもその程度が知れているからだと言える。目の前で悲劇が演じられても、見出されるのはいつも「お決まり」のパターンである。ここから遠く離れた地で紛争が起きても、繰り返されるのはかつてと同じ愚行である。私が目にするのは、いつもの、決まりきった、馬鹿の一つ覚えのように繰り返される愚劣な物事ばかりだ。これらの愚鈍さは、あたかも「現実なんてそんなものだ」と、あるいは「人間なんて愚かで醜い存在である」とこちらに伝えているかのようである。

 日常に耐え難い凡庸さを見出すのは、まさにこの時である。まるで一切が既に決まりきっていて、自分のやる事なす事全てが無意味であり、無力であって、何をしても少しもこの世界はよくならない、あるいは何があっても少しもこの世界は変わらない。凡庸なものとは、あたかもそのような絶望をこちらに味合わせるためにあるかのようだ。

 小津安二郎の映画を観ると、よくこの凡庸さについての問題を考える。小津のその舞台美術への異様なこだわり、構図の美しさへの尋常ならぬ執着は、シネフィルの間ではよく知られていることだ。スクリーンいっぱいに広がるのは、氷の結晶のように繊細で、変化に満たされた空間である。しかし、そこを行き来する人間は皆決まった言葉しか口にしないのである。いつも同じ文句ばかりを繰り返しており、顔つきにしても、あたかも場面によって決まった仮面を使い分けているかのようだ。しかしある時、不意にそれが崩れる瞬間が訪れる。それはまるで、時間の経過と共に生じる出来事が、純粋で空虚な時間の形式が、一見すると終わらないように見える凡庸な日常を壊さずにいられないかのようである。真実とはいつも時間の力によって偽に変えられるのである。だからこそ、それまで正しいとされていたものが崩れ去り、「一体何が正しいのか」と考えざるを得ない場面が訪れることとなる。

 同じ言葉、同じ表情、同じ態度が絶えず繰り返される、凡庸な日常。しかしそれに亀裂を走らせるかのように、時間の力が侵入してくる。時間の裂け目から見えてくるのは、今日までの私達の知られざる姿である。退屈と凡庸さのために隠されていた、別の真実の姿である。小津安二郎の有名な紀子三部作は、どれもそれを描いていると言える。『晩春』においては、それは結婚を迫られた時に見せる娘の険しい表情である。『東京物語』においては、今は亡き息子の嫁が語る「私はずるい人間だ」という告白がそれに当たる。そして『麦秋』においては、婚期を逃した長女の隠された本心こそが、それまでの仲のいい家族をバラバラにすることに繋がるのである。

 しかし、それでも日常は変わらない。あるいは、変わらないかのように振る舞い続ける。時間の裂け目は埋め立てられ、あたかも何も起きなかったかのように、再びかつてと同じ日常が上演されようとしている。しかしその時、既にそこにはかつてにはない何かが侵入しているのである。老夫婦の妻が死に、もしくは家族に迷惑ばかりかけていた父親が死ぬ時、登場人物の誰かが泣き出す。しかし凡庸なものの魔力は、あたかも何も起きなかったかのようにそれを覆い隠そうとする。

 ここから見出されるのは、もう一つ別の結論である。つまり、凡庸な日常を生きる私達は、愛も死も、その何もかもを自分に関係のないことのようにしか考えなくなるのである。あたかも全てが決まりきっているかのように、全てのたかが知れているかのように、一切を考えてしまう。だから純粋で空虚な時間の力が、これまでの日常に裂け目を入れても、それで変わるのはごく僅かな人間である。よって、そこに見出されるのは、変化を信じることの出来なくなった、進歩を信じることの出来なくなった人間の姿である。時間は私達の真実を偽に変える。だからこそ人は永遠に変わらない真実を求めたりするのだろう。しかし、なるほど人は変わらないものを求める。だが人生の中で、何の変化もなく生きている人間がいたとすれば、それは学習能力も持たない馬鹿だと言わざるを得ない。かつて変化を引き起こす時間のために苦しんだ私達は、今や何も変わらない凡庸さのために苦しめられることとなるのだ。

 もしある人の善良さがある人の凡庸さによって計られるとするならば、何故善良さと凡庸さがイコールになるのかが、こうしてわかってくる。凡庸なもの、変わらないものとは、私達を安心させるものなのではないか。善良さとは、時間の経過のように人を不安に陥れ、人に変化を強いる非凡なものとは、正反対なものなのではないか。言い換えるならば、私達が悪だと見なすものとは、それが実際に悪いからではなく、ただそれがこちらを傷つけるかもしれないからこそ、そう呼ばれるのではないか。安心して生きるために、私達は他者に、日常に、そしてこの世界に、凡庸であることを求めるのではないか。だからこそ、より善い世界の実現を求めるならば、私達は「一線」を超えざるを得なくなる。何故なら、絶えず繰り返される愚行から抜け出すためには、たとえ身に覚えない罪のために裁かれることになろうとも、非凡なものの方へ歩みを寄せるしかないからである。


 この世には、他人の足を引っ張ることでしか生きる喜びを感じられない人間が一定数いる。彼らの大抵は、特に容姿が優れているわけでもなければ、音楽的才能や、文学的才能があるわけでもない。また身体能力が別に特化しているわけでもない。あるいは、何か秀でたものがあったとしても、決して凡人の域を出ない。にも関わらず、彼らには妙に人を惹き付ける所がある。私自身、その手のタイプの人間に今日まで何度か出会ったことがあるが、特に何かが優れているわけではないのに、彼らの何かが異質に見えるのである。では、彼らの一体何が異質なのか。そう、彼らには特異的なルサンチマンの才能があるのだ。この世には天才的なルサンチマンの持ち主が一定数いて、彼らの喜びは、まさに他人の足を引っ張り、好んで他人を不幸にすることにある。よって、彼らの人生の目的は、自ずと他人を自分と同じかそれ以上に不幸にすることとなる。

 ここで彼らのことを、ドゥルーズライプニッツ論に倣って「呪われし者」と呼ぶことにしようと思う。何故なら、私は彼らのことを考えていると、彼のライプニッツ論を思い出さずにはいられないからだ。ドゥルーズによれば、ライプニッツの道徳とは進歩の道徳である。では、進歩とは何か。進歩とは、この場合、より広い魂の振り幅を獲得することである。音楽の偉大さは、聴覚不可能な諸力を聴覚可能にすることにある。同様にして哲学の偉大さは、思考不可能であった諸力を思考可能にすることにある。私達が進歩と呼んでいるものは、このように、より広い「感じ方」を可能にすることである。科学技術の発達は、日常生活において実在不可能であったものを実在可能にしたからこそ、進歩と呼ばれるのだ。

 では、このような進歩の道徳において、「悪」と呼ばれるものは何か。それは、魂において最小の振り幅しか獲得できない者のことである。よって、ドゥルーズ=ライプニッツによれば、「悪」あるいは呪われし者は、憎むこと以外に「感じ方」を持つことが出来ないからこそ、地獄に落ちるのである。

「彼らは過去の行為のために呪われているのではなく、彼らがその度に更新する現在の行為によって、彼らがおぞましい喜びを見出す神への憎しみによって、「罪にまた罪が重なる」ように絶えず彼らが再開するこの憎しみによって、地獄に落ちるのである。ユダは神を裏切ったから地獄に落ちるのではない。そうではなく、神を裏切りながら、彼は神をもっと憎み、神を憎みつつ死ぬからである。(……)もう少しの振り幅を獲得していたら、現在において憎むことをやめていたら、魂は即座に地獄に落ちることをやめていただろう。」

 このように、呪われし者、他人の足を引っ張る以外に喜びを感じられない人間は、まさにその憎悪に満ちた行為のために呪われているのではなく、かつての自分が抱いた憎しみを、あるいはかつて自分が体験した苦しみを、忘れられずにいるからこそ、あるいは何度もそれを思い出さずにはいられないからこそ、呪われているのである。ドゥルーズライプニッツ論における最もスリリングな理論がここにある。否、それはここから更に深い展開を見せることとなるだろう。つまり、ドゥルーズ=ライプニッツによれば、私達はこれら呪われし者の力を、他ならぬ進歩のために必要とするというのである。

ライプニッツ楽天主義は、無数の呪われたものに根拠を持っているが、彼らは様々な世界の内にある、最良のものの基盤である。彼らは可能な進歩の無限量を解き放つ。それこそ彼らの怒りを倍増し、進歩する世界を可能にする。ベルゼブルの憎しみの叫びは、[魂の]下の階を震撼させるのだが、この叫びを聞くことなしに、我々は最良の世界を考えることなどできない。」

 私の好きなヴァレリー箴言に次のようなものがある。「悲しみは喜びよりも一層真実に近い。」憎悪に満ちた者、天才的なルサンチマンの持ち主は、他人と同じ喜びを感じられないからこそ、他人が喜びのために目を逸らしている事実を直視する。あるいはシェイクスピアが『リア王』に残した言葉に従うならば、「赤ん坊がこの世に生まれた時に泣いているのは、この阿呆共の舞台に立つのが嫌で仕方ないからだ」。どんなに清らかに見える環境であろうとも、その裏には必ず不潔なものが潜んでいる。たとえ無垢な心を持って生まれてきたとしても、私達は生まれた時から無実である権利を奪われているのである。悲しみに暮れる者は、何も知らずにいた時には見えなかったものが見えてしまったからこそ悲しんでいるのだ。しかし、だからこそ、悲しみにより近い人間、憎悪に満たされた人間、呪われし者の協力がなければ、私達は進歩を可能にすることが出来ないのである。不可能であった進歩を可能にすること。感覚不可能であったものを感覚可能にすること。もしかすると、ただそれだけが呪われし者の役立つ唯一の手段なのかもしれない。

 そして、それは時間の力を可視化することでもある。時間には今日までの真実を偽に変える力がある。ならば、この見えない時間の諸力を理論化することこそ、私達における進歩と呼ばれなければならない。それは、かつての時間とは異なった魂の振り幅を獲得することでもある。時間における真実の危機に面して、求められているのは唯一無二の変わらない真理ではない。むしろ真実の危機に合わせてより広い思考の幅を獲得しようとすることである。


 人間関係には管理の問題が付き物である。それは、他人をいかに管理するかではなく、予測不可能な「他者」に直面する上で、いかに自分を管理するかということである。『差異と反復』の後半をはじめとして、ドゥルーズは時に「他者」という存在のアプリオリ性について語ることがある。家族であれ、友人であれ、恋人であれ、そこには必ず自分とは異なった意識を持つ人間がいる。だからこそ、他者の行動とは、何であれ今日までの私達の経験では予測不可能なものが多少なりとも含まれている。他者とは、常にこちらの経験を乗り越えるものであり、またこちらの経験に先立って存在するものである。だからこそ、他者に向き合うことは、それ自体今日までの自分を他者の中で見失うことに繋がる。

 ここで直面するのが、前述の通り、管理の問題である。つまり、今日までの自分を打ち崩し、新しい真実を出現させる他者と時間の形式の中で、いかにして自己との間に理性的な関係を確立するか。「私は絶えず「我」自身との間に人間的関係を創造し直し続けなければならない」のである。

21/09/19

 人が最も恐れているもの、それは不幸ではなく退屈である。人間が自殺する理由として最も多いのは、恐らく不幸ではなく、むしろ不幸も幸福も忘れてしまうほど退屈な日常にある。退屈であればあるほど、人は自分も周りも腐っていくような感覚に陥る。よって退屈さとは、日常の耐え難い凡庸さをそのまま意味するものだと言える。

 そして、この公式にこそ、私達の生活における最大のパラドックスが存在していると言える。なるほど、人は不幸よりもむしろ退屈を恐れている。しかしある程度善良であるためには、人はある程度凡庸でなければならない。何故なら、ある人の善良さ、人間くささ、人間らしさとは、そのままある人の凡庸さを意味しているからだ。退屈から逃れるためには、凡庸から逃れなければならない。しかし凡庸から逃れれば、それだけ人は善良でなくなる。しかしあるがままの凡庸さを受け入れていけば、人は次第に退屈のせいで死んでいくだろう。

 だからこそ、私達は時に「一線を超えること」が求められる。自らの耐え難い凡庸さから抜け出すためには、一線を越えるしかない。そうする以外に助かる道はない。それ以外に選択肢はない。少なくともその時にはそう思えた。だからこそ、それは「最善」の選択だったとも言えるだろう。しかし行為の後には反省がつきまとう。やがて自分の行いを道徳的な「善悪」の価値観によって裁く時間が訪れるだろう。その時、私達は自らの罪深さに苛まれることになる。

 私はあまりいい人間ではない。今日までの自分の行いを振り返っていると、ふとその事に気がつく。それは心の内で思っていることにも当てはまる。当たり前だが、他人が何を考えているかなど、傍から見ればわからないものだ。しかし、それはこちらにしても同じである。皆、私のことを誤解していると思う。恐らく、私は周囲からよく言われるような「いい人間」ではない。尤も、これも相手がこちらを「いい人」だと思ってくれているという前提に成り立つのだが。

 白状すれば、私にはナチュラルに人を見下す癖がある。例えば今、目の前に自分と同じ本が好きな人がいるとして、その人と話をしたとする。しかし、そういう機会に恵まれる度に、私は失望を覚えた。あんなに面白い本を読んだのに、相手から程度の低いの感想しか聞けないからだ。あれを読んだのに、何故その程度のことしか考えられないのか。私は愚かにも、あれだけの本を読んで、おまけにそれが好きだと語っているのだから、それ相応の感想が聞けるものだと期待してしまうのである。しかし、その度に返ってくる言葉は、いつも当たり障りのない、在り来りで、平凡な言葉である。勿論、それで相手を嫌いになるわけではない。ただ「何故そんなこともわからないのか」とか「どうしてあんなに面白い本を読んでそんなつまらない話しか出来ないのか」とか、そんな事を真面目に考えてしまう。本でなくともいい。音楽や映画の場合でも同じだ。ああ、あんなに素晴らしいものに触れて、それが好きだと語っているのに、その程度のことしか言えない。一体何を見ていたんだ。

 勿論、どんな人にもそれぞれ異なった長所がある。私が今、失望してる目の前の相手にしても、きっとこちらが気づいていないだけで、沢山の面白い所があるのだろう。そう、私にはそれがわかってる。だからこそ、相手に対して距離を置かざるを得ない。きっと距離を詰め過ぎれば、頭では上のように理解していても、相手が不愉快でたまらなくなる。自分とは違う優れた所があるとわかっていても、相手が馬鹿に思えて仕方なくなる。

 しかしそもそも、私にはそんな風に人を裁く権利などない。人を見下す権利などない。それはわかっているつもりだ。きっと気がつかないだけで、私も相当な馬鹿な振る舞いをしているのだろう。だから、相手に感じる多少の不快さは目をつむるべきである。恐らく私にしても、そのようにして誰かから目をつむってもらっているのだろうから。

 基本、私はあまり自主的に何か活動をしたいとは思わない。その理由の一つがここにある。例えば今日から、私が主体となったバンドを組むとすれば、きっと上のような現象がスタジオで起こることとなるだろう。「何故そんな簡単なこともわからないのか」「どうしてあれを聴いてその程度の感性しか持てないのか」。そんな風に怒ってしまう自分の姿が容易に想像できてしまう。あまりにも非常識な振る舞いだ。それでは、私は「他者との生活」を生きられない。こちらも相手も居心地良く過ごすために、社会空間にはある程度の調和が必要なのである。それに私自身、人と一緒にいる時にずっとギスギスしていたら、苦しくて耐えられなくなってしまう。

 冷笑するつもりはないが、他人の言動が滑稽に見えて仕方ないことがある。たとえばあまりにも仰々しく、重々しい表現で誰かが不幸を語ってたりすると、思わず吹き出してしまうのである。別にその人のことを馬鹿にするつもりはない。ただ、どう考えても借り物の言葉で、実際よりも誇張して自分の不幸を語っているのがわかる。実に平凡で在り来りな表現だ。気分はアダルトビデオで変な喘ぎ方をする女優を観た時のそれである。もしくはジャルジャルのコントを観ている時の気分に近いだろう。

(実際、詩的な文章というものは、そこにある種の硬質さが含まれなければ、途端に知能の足りない人の書いたものにしか見えなくなる。もとい、大体の文章はそうだと思う。鉱物のような冷たさがなければ、どんな文章もポルノ以上のものにならない。どれほど語彙力が豊富でも、どれほど巧みな詩的表現の使い手でも、本当に馬鹿の書いたものにしか見えなくなる。見下すつもりはないが、内心興ざめしてしまう。)

 しかし、信じてもらえないかもしれないが、本当に馬鹿にするつもりはないのである。ただ心の何処かでそんなことを考えてしまう自分がいるだけだ。

 勿論、たとえ「馬鹿だ」と思ったとしても、決してそれを口にするつもりはない。気づかないだけで、自分も馬鹿なこと、間抜けなことを沢山しているに違いないからだ。そして今日まで、私はそんな自分の愚かさを沢山見逃してもらってきた。だから私も同じように誰かの愚かさを許容するべきである。馬鹿に見えても、馬鹿にしないことが大切だ。それに、こちらが相手を馬鹿にすることで、その返しとして相手から「痛い所」を突かれる可能性が高い。ただそれが嫌だから、何も言わないでいるとのもあるだろう。

 本心をいえば、こんな自分が嫌で仕方ない。何故私はこうなのか。何故私は「いい人」になれないのか、立派な人間になれないのか。この問題は、今日まで私を悩ませてきたものの一つである。少なくとも、自分が他人ならば、こんな人間と仲良くしたいとは到底思わない。私は屑だ。最低な人間だ。そしてどうすればここから抜けだせるのかがわからないのだ。

 だから周囲の人間は、自ずと私のことを誤解しているという結論が出てくる。このブログを好んで読んでいる人にしても同じだ。皆、私に騙されているのである。私は本が好きだし、それなりに多くの本を今日まで読んできた。だからこそ、それなりにきれいな文章の書き方を知っている。また、今の自分が綺麗な文章を書いていることも知っている。そして、そのために沢山の人が今の私を誤解していることをも知っている。皆、私のことを繊細で、優しい人間だと思っている。馬鹿げた話だ。断言していいが、そんなはずがない。

 冷静に考えてみてほしい。私は凝った文体の好きな読書家だ。だから自ずとそれっぽい文章を書くのは当然のことではないか。そして何より、文章が綺麗だからと言って人間性もまた綺麗だとは限らないのである。既に何度か書いたことがあるが、作品と作者は別物である。私のブログは作品ではないが、しかし私の書く文章と私自身は別物である。皆、文章が綺麗だからといって騙されてはいけない。人に読ませるために書いているのだから、文章が綺麗に取り繕われるのは当然のことである。実際の私は、そんなに綺麗な人間ではない。傲慢で、自分の利益ばかりを求めて生きる、卑怯な、ずる賢い人間である。ハイエナのように獲物を求めては、誰かの死体を喰らいたいと願っている人間だ。もしくは寄生虫のように誰かを利用して、欲を満たしたいと願っている人間だ。作者とは作品の影であり、作品こそがその主体である。だからこそ、私の書く文書において、私自身のことはそんなに大して問題ではない。それを踏まえた上で、騙されないよう注意することが必要だ。

(もし将来何らかの形で本を書くことが出来るのならば、理想的なのは「私」が消えた作品だ。あまり自分で言いたくはないが、自分のプライベートな内容にも触れる以上、このブログは多少なりとも私小説チックな所がある。しかし、私自身は別に私小説が好きなわけではないし、そういうものを書きたいわけでもない。むしろ私が書きたいのは、最早作者が注目されなくなる作品、ただ作品だけが注目される作品、作品がすべてを語る作品である。また、このブログに関しては、暗い内容が多い分、皆こっそり読んでほしいと思っている。「読んでます」と言ってくれるのは有難いが、正直少し恥ずかしいのである。)

 本心を言えば、この世には許せない人間が沢山いる。被害者面して、「自分はこんなにも苦しんでいる」と語るくせに、自分がどれだけ他人を振り回してきたかは気にもかけない奴。善人面して、あたかも自分が綺麗な人間可のように振る舞っているが、今日まで自分がしてきた悪事は無かったことにしている奴。どちらも吐き気がするほど気色悪い。その神経の図太さには憧れを抱かざるを得ない。

 しかし、本当はこんな皮肉も言いたくないのである。ただ自分が望まずとも、そういう考えが頭に思い浮かんでしまう。私は醜い人間だ。繰り返すが、私に他人を裁く資格などない。それはわかっている。それに、もしかしたら私自身、他人から見て「許せない」ようなことをしているのかもしれない。だからこそ、尚更他人を裁くことなど出来ない。それもやはりわかっているはずなのだ。なのに、何故こんなに嫌味たらしい言葉ばかりが思い浮かぶのだろう。


 絵画においては絵が語る。音楽においては音が語る。映画においては映像が語る。このように、優れた芸術作品とは、本来説明する機能を持たないものが「説明」を可能にするからこそ生じると言える。

 では、文学についてはどうなのか。「文が語る」とは決して言えないだろう。何故なら、文章それ自体が既に説明する機能を持っているからだ。よって、文学においては、他の芸術とは全く異なる現象が生じることとなる。文筆家は、美しい文章を生み出すために、言葉から説明する機能を排除しなければならない。文学においては、余白が全てを語るのだ。文章それ自体が決して直接描かないものを、他ならぬ文章によって表現するということ。詩人とは誰か。それは、言葉によって言葉以上のイメージを想起させる者を指すのではないか。

 これらの事を踏まえた上で、「芸術家の務め」とも言うべきものが定義可能になる。つまり芸術家とは、私達が本来持っていなかったイメージを私達の感覚に与える者である。

 

21/09/15

 小学生の頃、私の学年にはDという男子生徒がいた。体格が大きくて、いつも汗をかいていた。肌が白くて、顔についた沢山のそばかすが印象的な少年だった。確か小学五年生の終わり頃まで私達の学校にいた。しかし卒業まであと一年という時に、Dは突然転校してしまった。転校する前、既に彼は学校に通うのをやめていた。

 未だ眠れぬ夜が続いている。先日の日記でした思い出話の名残が、どうやらまだ後を引いているらしい。今日はこのDという少年の話をしよう。以下に続く文章は、私が眠れぬ時に書き溜めたものである。

 小学三年生の頃まで、Dは私達と変わらない一般的な生徒であった。つまり、皆と校庭で遊び、よくよくはしゃいでいた。私は学童に通っていたから、あまり彼と遊んだ記憶がない。しかし低学年の頃は彼と親しく話したことはよく覚えている。快活で、よく笑う少年だったが、しかしその大きな身体に似つかないくらい繊細な心の持ち主でもあった。当時のアルバムには、何かの行事で笑顔を見せる彼の写真が収められていた。今はもう手元にないが、それは彼が他の子供たちと仲良く生活していたことを記録していた。

 しかし、子供の世界というものは春の嵐のように気まぐれに出来ている。ある時、私達の間でも、特にやんちゃで、他の子供にも強い影響力を持っていたある少年が、「Dの体が汗臭い」とよく言うようになった。事実、Dは代謝がよかった。私達よりも身体が一回り以上大きかったから、その分沢山の汗をかいていた。しかし、それからまるで伝染病のようにDへの悪評が広がり始めた。気がつけば誰もがDを避けるようになっていた。近づけば「くさい」「菌がうつる」といって煙たがられた。しかし遠くにいれば陰口を言われていた。休み時間には、Dを利用した遊びが提案された。勝負に負けた子供は、罰ゲームとしてDの身体に触りに行くことになっていた。そして負けた子供は心からそれを嫌がっていた。仲間外れにされたくないのか、それとも彼なりの意地だったのか、時にDは自分からその「ゲーム」に参加することがあった。いじめられるようになってから、Dは悪戯をするように誰かに飛びついたりした。そして愛想よく笑っていた。Dの笑顔は印象的で、私は彼の困った顔より笑った顔の方をよく覚えている。それは人によく気が利く子供に特有の笑い方だった。

 Dのいじめは学年で大きな問題となった。そして何度もDをいじめてはならないよう先生から指導が入った。その度に学年では集会が開かれた。先生達の誰もがこの問題に頭を悩ませていた。しかし、いじめは中々なくならなかった。むしろ生徒達は、自分達の方がDにいじめられているような顔をした。「Dに触られた」と言って泣き出す子供まで現れた。その扱いはまるで動く汚物だった。泣きたいのはDの方に違いなかった。

 しかし、ある時からふいにいじめが沈静化したように記憶している。否、「沈静化した」というよりかは「以前ほど酷くなくなった」と表現した方が適切かもしれない。恐らく、先生からの度重なる注意が効果を出したのだろう。それは私達が小学五年生になる頃の事だった。私とDはその時、同じクラスだった。かつては学年の全員から避けられていたが、今ではクラスの人間の何人かとは普通に話をするようになっていた。勿論私もDと話した。あの頃、私達は、短い間であるが以前よりは平和な日々を送ることが出来ていたと言えた。

 しかしそれもまた呆気なく終わることとなる。そして、その友情の日々を終わらせたのは他ならない私なのであった。

 それはある日の休み時間のことである。既に時刻は午後を迎えていた。学校がもうそろそろ終わる頃で、陽は少しずつ傾き始めていた。私はDと窓際にある本棚の近くで話をしていた。そして、何故かは忘れたが、Dが私のことを「チビ」と言っていじり始めた。当時から体格の小さかった私は、別にそのことを気にしていたわけではないが、やり返しとして、Dに向かって「うるせえ、そばかす」と言った。それに対して、Dはまた私に「チビ」と言った。ここから、私達の「チビ」「そばかす」という罵りあいが始まった。子供達の間でよく見られる光景である。しかしこの「じゃれあい」は突然終わった。Dは自分のそばかすを気にしていたのである。今考えれば、それも当然の事だった。Dの体臭が指摘されるようになってから、彼のそばかすもよく笑いの種にされたのである。先程まで笑っていたDは、突然泣きじゃくって、私の首元に飛びかかってきた。そうして私を押し倒して、私の首を絞め始めたのである。

 周囲にいる人間が止めに入った。突然の出来事に、私は苦しさよりも驚きを感じていた。自分が置かれた現状がよくわからなかった。そして自分を助けたクラスメイト達が心配していることがよくわかった。私は彼らを安心させたいと思った。しかしあまりの困惑から、その場で泣き出してしまった。でも周りには自分が大丈夫だと伝えたかった。だから突然笑い出したりもしてみた。こうして泣いたり笑ったりを繰り返している内に、私はただの大泣きしている子供になってしまった。

 ここから先の記憶はもうない。だからその時Dがどんな顔をしていたのか、今の私にはわからない。

 次の日から、Dは学校に来なくなった。Dが不登校になってから一ヶ月が経つ頃、彼が他の小学校に転校したことが、担任の先生の口から語られた。学年中の子供がその知らせを聞いて喜んだ。誰も悲しんでいなかったし、誰も良心の呵責など覚えていなかった。少なくとも私の目にはそう見えた。Dとの間で起きた件については、誰も私のことを責めなかった。むしろ皆がDの悪口を言っていた。中には「あんな奴に触られて可哀想だ」と同情を寄せる同級生もいた。そしていなくなったDについては、ただ悪口だけが寄せられていた。

 Dの名前を久しぶりに聞くことになったのは、それから時を経て、私が中学二年生になる頃である。当時、私の通っていた塾のクラスには、それぞれ別の中学に通っているが、仲のいい友人が何人かいた。その内の一人が、ある日私にこう聞いてきた。「ねえ、Dって知ってる?」

 私は「知っている」と答えた。すると、彼女は自分の学校でDが虐められていることを話し始めた。理由は私達の小学校と同じ、体臭であった。Dの席の周りには空白ができていて、誰もがDを避けているとの事だった。女子生徒の友人は話を続けた。「それでね、私可哀想になっちゃって、今日Dに話しかけたんだ。そしたらすっごく喜んでたよ!」

 その日、彼女はDに話しかけたことをきっかけに、彼と仲良くなったらしかった。そして彼から沢山の話を聞いたらしかった。中でも印象に残ったのは、Dが毎日一時間以上もお風呂に入っているということだった。その話を聞いて、私はDに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そして「またDの話を聞かせて欲しい」とお願いした。彼女は快くそれを承諾してくれた。

 次の日も、私達は塾に集まっていた。そして私と顔を合わせた途端に、例の友達は語り始めた。「昨日話したDのことなんだけどさあ。昨日私が優しくしたからって、いっつも学校で私の周りをうろちょろするんだよね。ずっとつきまとってきて。正直、ウザくてさあ。それに、やっぱりくさいんだよね。で、ついつい言っちゃったんだよね。『くさいから話しかけるな』って。」

 私は絶望した。目の前の友人を責めるつもりはなかったが、しかしやるせない気持ちでいっぱいだった。勿論、私には彼女を責める権利などなかった。しかし、怒りを覚えた。ただ、それを何処に向けていいのかわからなかった。自分には何も出来ないことを知った。それは少年の日の思い出の中で、私が最も自分の無力さを感じた瞬間の一つだった。

 Dは今、何をしているのだろう?Dの家庭環境がどんなものであったのかは知らないが、しかし彼の父親はとても厳しい人だった。ある日、登下校中にDが彼の弟と問題を起こした。それは子供にはよくあるような、些細な出来事であった。しかしDの父親は激怒して、平日の学校に殴り込み、生徒たちの見ている前でDを殴打し始めた。Dは鼻血を流していた。それを見た先生は止めに入った。学年中が騒然としていた。その恐ろしい形相から、「Dの父親は元ヤクザだ」なんて噂がどこからともなく流れ始めた。それの真偽はさておき、今の私が思うのはただ次のことだけである。あの頃のDには、家庭にも居場所がなく、学校にも居場所がない。何故こんな事が起こりうるのか。何故、何の罪もない子供がこんな風に苦しまなければならないのか。そして何故私はそれに加担してしまったのか。

 時々、思うことがある。Dはあれから決して自分の少年時代の影から抜け出すことが出来ず、そして今も尚それに苦しんでいるのではないかと。 そして自分をこんな風にした当時の同級生達を恨んでいるのではないかと。勿論、恨んでいるだろう。恨んで当然である。だから、私はよく考えるのである。ある日突然、私の目の前にDが現れて、「お前が俺の人生を台無しにした」「俺が今こんな風に苦しんでいるのは全部お前のせいだ」なんて責め始めるんじゃないかと。哲学的な綺麗事を並べる私に対して、「昔あんな酷いことをしたのに、よくそんな善人面ができるな」なんて語り始めるんじゃないかと。「俺がこんなに苦しい思いをしてるのに、お前は楽しそうに生きているな」と言うんじゃないかと。勿論、Dにはそう語る権利がある。彼には今の私に復讐する権利がある。そうされても仕方ないことを、かつての私達はしたからだ。しかしそうはわかっていても、やはり何かに罰されるのを恐れて生きるのは、とても苦しいものである。毎日、私は自分を裁くものの存在に怯ええながら暮らしているのである。決して罪悪感に苛まれているのではない。ただ恥に苦しみ、自分を罰するかもしれないものを恐れているだけだ。


 人生のある時期まで、私は深くキリスト教に傾倒していた。聖書をよく読み、自主的に教会に通い、上京する前には洗礼を受けた。「人間は罪に堕ちた存在であって自力で罪を償うことはできない。償うことが出来るのは神である。しかし償いを必要としているのは人間である。ここに人間が救われるならば、神が、神であると同時に人間であるキリスト・イエスになって、人間に代わって贖罪の死をとげなければならない理由があるとする。」この「人類の罪を償うために十字架にかけられた神の子キリスト」という考えに、かつての私は強く感銘を受けたのである。

 しかし、結局信仰生活は長く続かなかった。二、三年ほど前から教会に通わなくなり、今ではほとんど信仰を捨てたと言っていいだろう。では、何故棄教したのか。その理由を端的に述べるならば、宗教というものはどうしても人間の思考を腐らせるものであるからだ。これは決して言い過ぎではない。宗教の本質はファシズムとそう大差ないのである。

 その理由を述べる前に、先ず宗教(というよりかキリスト教)のいい所を述べようと思う。『ヨハネによる福音書』にはある有名な言葉がある。「神が御子[キリスト]を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく世を救うためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。」これはどういう事なのか。つまり、信じない者は既にこの世で裁きに合っているという事だ。そしてこの世で裁きを受けている以上、どんな悪人も天国に行って救われるのが当然となる(万人救済説)。では、そもそも神の子キリストを信じるとはどういう事なのか。実を言えば、『ヨハネ伝』の中で、キリストはたった一つの掟しか信徒達に与えていないのである。キリストの唯一の教え、それは「互いに愛し合え」ということだ。「互いに愛し合いなさい。それが私の命令である。」そしてそれを守る以上、人はキリストの友であり(「あなた方は私の友である」)、また神に救われることとなる。

 実際、ここまで聞けば聞こえはいいが、しかし問題は次の点にある。キリスト教の考え方には、「神が今現在もこちらの生活に介入しており、そこには私達が知らないだけで神のご計画がある」というものがある。だからこそ現実で苦難にあっても、それには神から与えられた意味があるのであって、決して無意味ではない。そしてたとえ現実で報われないままだとしても、神様がそれを見ていてくださる。自分が無惨に死んだとしても、神様が天国で私を受け入れてくれる。

 では、この考えの何が問題なのか。それは、人々が現実の問題に対して抵抗するのを辞めてしまう点にある。自分の今現在の行いも、直面してる苦難も、神の御計画の内にある。だから教徒たちは目の前の現実に対して、行動するよりも先ず解釈することが求められる。あたかも目の前で起こる現象になにか意味があるかのように。しかし実際は違う。現実で起きる出来事に意味などない。そして神の意志に相応しい意味を見出そうとする以上、解釈はどうしても恣意的なものになる。結果として、目の前に起こる悲惨に対して無抵抗で、ただただやられるがままになる善良な人々が量産されることとなる。

 これだけならまだいい。問題は更に次の点にもある。つまり、キリスト教徒である以上、人は聖書に書かれた言葉をそのまま神のお告げとして信じなければならないのである。私が教会にいて最も肌に合わないと感じたのこの点である。聖書は疑うべからざる聖典である以上、先ず聖書の内容を信じることが信仰生活へと繋がってくる。だからこそ、信仰とは先ず信じることから始まるのであり、思考から信仰へ至ることは決してない。聖書に書かれた内容をその言葉通りに受け入れられなくなった時、信仰生活は破綻するというわけだ。

 宗教とファシズムが似ている理由はまさにここにある。無条件に信じるものを踏まえなければ成り立たない以上、宗教は思考する必要のない (あるいは思考してはならない) 前提を必要とする。そして、この前提を受け入れることから信仰生活が始まると言っていい。だから教徒達はその「考える必要のない前提」が絶対に正しいことを、先ず信じなければならない。そういう意味では、宗教を信じることはほとんど洗脳されることに等しい。宗教が常に権威的なものに利用されてきた要因も、恐らくそこにあるに違いない。一定数の人間が疑う必要のない前提の上でしか成り立たない以上、宗教は人々を統制することに適用しやすい。だからこそ、宗教が大多数の人間に普及するほど、それだけ宗教は権力によって利用されることとなる。言い換えるならば、教会の教え通りに信仰を守るならば、私達はどうしても自分の思考を腐らせることになってしまうのである。

 こうして私は信仰を捨てた。在り来りな言い方をするならば、救いを求めたが、結局救われなかったわけである。しかし、今ではそれでよかったと思っている。私は哲学者ではないが、ドゥルーズはよく「哲学の本質は無神論的な所にある」と述べることがある。既存の思考を支配するイメージから抜け出そうとするからこそ、人は新しい思考のイメージを獲得することが出来る。その時、そこには新しい世界の見え方が生まれ、かつてよりも自由で、創造的な実存が可能になる。哲学の本質は反宗教、無神論にある。ドゥルーズは確かに真実を語っていた。

「迷信はすべて我々をその活動力から切り離したままにしてしまい、活動力を減退させることをやめない。迷信の源泉も悲しみの諸感情の連鎖、恐怖、そしてそれに結びつく希望であり、我々を幻想へと引き渡す不安である。」

 しかし、ではもう全く神を信じていないのかと聞かれれば、そんな事もないのが本心である。神秘的に聞こえるかもしれないが、教会生活を捨てた今なお、私は心のどこかで神の存在を信じている。もっとも、単に習慣でそれを信じているだけなのかもしれないが。ただ、何か現実で苦難に直面した時や、または悩み苦しむような時に、「ああ、神様」なんて独り言を口にすることも少なくない。

 しかし、もし本当に神様がいるとすれば、それは私達の想像の及ぶような存在ではないだろう。神がいるかどうか、それは死ねばわかる事だ。生きている間は、この世のことに専念すればいい。地上の問題はやはり地上で解決するしかないのである。


ヨハネ伝』と並んで新約聖書の中で好きな箇所がある。それは『ローマの信徒への手紙』、パウロの書いたとされる書簡集の中で最も有名なものだ。その第七章で語られている内容は、今でもよく思い出すことがある。

 パウロによれば、人は掟を知らなければ正しさを知ることが出来ないが、掟を知らなければ罪を知ることもないという。例えば律法が「貪るな」と命じなければ、人は「貪る」ことを知りえないだろう。よって、掟を知れば知るほど、または掟を守れば守るほど、人は罪への欲求を増やしていくこととなる。こうしてパウロは、心では正しいことを行いたいと思いながら、肉体においてはむしろ罪を欲している自分の姿を発見する。私は望む善を行わず、望まない悪を行っている。だからこそパウロは次のように語る。「もし望まないことをしているとすれば、それをしているのは最早私ではなく、私の中に住んでいる罪なのです。」

 パウロの先見性、その極めて優れた知性には驚嘆せざるを得ない。人は正しさを知らなければ「罪」の存在を知ることがない。言い換えるならば、罪への欲求は常に正しさを知ることから生じる。そして正しさに抑圧されればされるほど、人はその正反対のもの、つまり罪への欲求を増していく。あるいは、正しさに固執するほど、人は僅かでもそれからズレている自分が許せなくなるのである。絶対的な正しさを求める人は、裁くことに飢えており、自分の内に、そして他人の内に、裁かれるべき罪を見出している。真実への意志の裏にあるのはルサンチマンなのである。

 だからこそ、パウロは自分が「望む善を行わず、望まない悪を行っている」という現実に直面することとなる。そして自分一人の力では完全に正しい人間になれないことを知り、神への信仰、イエス・キリストへの信仰を通して自らを救おうとするのだ。ニーチェ =ドゥルーズの哲学の面白さは、まさにこれを反転させるところにある。ただ、その点については語るのが面倒だから、またその内書くことにしようと思う。

「結局あの「原罪の痕跡を消すこと」、それこそがボードレールによれば唯一の進歩なのです。」