20/08/28

 先日のことである。深夜に何故か、突然セブンイレブンのカツ丼が食べたくなった。で、住んでいる街にあるセブンイレブンを三件ほど渡り歩いた挙句、最後の一件でようやく目的の代物が手に入った。が、しかし食べ始めてみると、期待してた程にそれが美味しくないことに気がついてしまった。私はと言えば、何故自分がこんなもののために必死になっていたのかがわからなくなった。でも捨てるのも勿体ない。だからさっさとそれを食べ終えようとした。食べ終えた後は、特に何をする気にもなれなかった。だからその場で眠りに落ちた。


 あと一歩。あと一歩で、自分の欲しいものに手が入る。しかし、どうしてもその「あと一歩」が足りず、手が届かない。「もう少しのところで、僕は全てを理解し承認できるのかもしれぬ。もう一歩踏み出すことが出来れば、僕の深い苦しみは幸福に変わるだろう。しかし、その最後の一歩を、僕はどうしても踏み出せないのだ……」


 十代の頃は、よく休日に遠い街まで一人旅をしたものである。電車に揺られて、誰も私を知らない場所まで出かけたりした。が、行ってもその街のことを特に知らないのが大半で、だから宛もなくさまようことしか出来なかった。でも、それでよかった。または、それがよかった。異邦の地で、私は自由を感じていた。誰も私を知らない街、誰も私に関わらない街。それは私を孤独にする街でもある。しかし、この孤独感は、一体なんと心地よいことだろう。

 上に引用した「もう少しのところで……」の文章は、私の愛読書『マルテの手記』に収められた一節である。今日までに一体どれだけこの本を読み返したかはわからない。で、そんな『マルテの手記』は、ある印象的な小話を主人公が物語ることで終わる。ある一人の息子がいて、いつからか、彼は家族の待つ自分の家に帰るのが嫌になった。馴染みの顔が家に帰る度に自分を待っているのが耐えられなかった。だからある日、彼は家を飛び出るのである。

 数日前の日記のどこかで、私は二人のおばちゃんの話をした記憶がある。コンビニで働いているおばちゃんで、二人とも私の顔を覚えている。だからレジに向かうだけで、私がいつも頼むコーヒーを用意してくれるのである。がしかし、このように親密になるほど、私はこの二人の店員を内心で避けるようになったのである。たとえばそう、私には引越し癖がある。ここ数年の間に、少なくとも三度は引越しを経験している。で、何故こんなにも引っ越すのかとなれば、無論それには幾つかの異なる理由はあれど、その内の一つとして、あまり一つの生活に愛着を持ちたくないというのがある。

 私が上の二人の店員を避ける理由もそこにある。一日の内で、私は必ず一人で街を出歩き、考え事や夢想に耽ったりする時間を持つようにしている。そんな時に、顔馴染みの人に出会って、気分がかき乱されるのを避けたいのである。年老いるほど、どうやら人は孤独を恐れるようになるらしい。しかし同時に、人はいつも、孤独を恐れるにはあまりにも若すぎるのである。

 自由への渇望。私達には常に相反する欲望が内側にあるように思われる。で、いつもその片方を頑なに否定するか、その両方をなあなあにやり過ごすかをして、日々の生活を営むものだ。私には人一倍自由への渇望があり、自由への執着がある。それは孤独への固執と言い換えてもいい。しかし同時に、知っての通り、私は人と繋がりたくて仕方がないのである。ジャン=ジャック・ルソーではないが、私も彼と同様で、生涯変わらぬ愛情への憧れがある。一生をかけて誰かを愛したいし、一生をかけて誰かに愛されたいのである。時折、自分が軽薄な人間だと感じることがある。虚栄的で、他人にいい顔をばかりしている。私は軽薄そのもののような人間だ。だから自分のそういった所を否定したい。そのためにも、何か自分の内にある潔癖なものへの信仰を貫きたいという、身勝手な感情が内在している。

 自分が矛盾している事はわかっている。しかし、矛盾しながら生きることは、ある意味では最も誠実な生き方だと言えるのではないか。私は誠実でありたいし、誠実になりたい。では、誠実さとは何か。それは一つのものに固執することか。否。私が思うに、誠実さとは、自分の内にある愚劣さを恥じることなのだ。

 ただ時折、自分の孤独に耐えられないような気持ちになるようなことがある。そういった時に、まるで希望に縋るかのようにルソーと同じ憧れを抱く。結局、私もまた寂しい人間なのかもしれない。


 ドゥルーズの哲学には、その最初期から晩年に至るまで、自然主義的と言える傾向がある。無論、それは日本文学における「自然主義」とは決して異なる。その点で言うなれば、ドゥルーズの哲学はむしろ反自然主義的である。人間存在の現実を徹底して観察し、そこから実存についての問いを発するということ。本人が意識しているかどうかはさておき、ドゥルーズの哲学には、一貫してモラリスト的な性質が見受けられる。

 ドゥルーズの哲学に見られるもう一つの傾向して、彼が常にヘーゲルに反発し続けたというのがある。では、何故彼はヘーゲルに反抗したのか。それは、まさにヘーゲルが彼の目からすれば(敢えてこう言うなれば)「不自然」だからである。では、何を自然なものとし、何を不自然なものとするのか。そのような問いが次に思い浮かぶであろう。が、その答えは簡単である。つまり、それは自然に敵対するというよりかは自然を覆い隠そうとするもの、すなわちルサンチマンの作用である。

 この観点は、同時に哲学の、またはあらゆる文化的なものの真意を見るための一つのモチーフでもある。哲学の本質、それはヒューマニズムだ。もとい、あらゆる哲学はヒューマニズムである事しか出来ない。何であれ、哲学趣味のある人間とは、人間が今日までに発明した文化と文明を愛する。文化的なものを愛さなければ、人は思考に思考を重ねたりなどしないからだ (何故なら文化とは人間の感覚と理性の結晶だから)。では、ヒューマニズムとは何か。それは文字通りヒューマンなものを愛するということだ。何故ルサンチマンが非難されるのか。それは、ルサンチマンの本性が復讐し、自分を傷つけるものを無にしようとする作用を持つからである。しかし、自己表現とは不特定多数の存在への加害であり、創作行為とは、常に誰かの気を害する可能性のあるものを生み出すということである。よって、ルサンチマンルサンチマンとしてそのまま放っておいて、愚劣なものを愚劣なままとして、下劣なものを下劣なままとしてのさばらせたら、その復讐の作用のために、人間はより豊かな表現力を失い、より偉大な文化の創造力を失うのである。

 しかし、もし私達が他者の中にルサンチマンを見出すとしたら、それは私達の内にもルサンチマンがあるからである。他者の内に愚劣さと下劣さを見出して、それに吐き気を催すのは、私達の内にも愚劣さと下劣さが存在するからだ。何故ニーチェは「超人」という概念を発明したのか。それは、人間は何処まで行ってもルサンチマン的な存在であり、反動的で、ニヒリズムを内包した存在であるからだ。ニーチェルサンチマンなき人間の姿を目指した。しかし、ルサンチマンなき人間とは既に人間ではなく、最早それは超人(人間を超えたもの)なのである。では、ルサンチマンに諦めをつけて、あるがままに愚劣であり、下劣であることを許容するのが正解なのか。否。もしそれを許したならば、私達は最早、思考することを放棄したのと同様である。文化を愛するものならば、どうして思考を重ねずにいられようか。よって、ルサンチマンとの駆け引き、人間存在を好んで低劣なものにしようとする連中に対する戦い。それこそが哲学=ヒューマニズムの課題なのである。

 ドゥルーズの話に戻ろう。ドゥルーズ哲学には一貫して自然主義的な傾向があるが、もし人間存在をありのままに見つめるならば、彼が敵対するルサンチマンもまた自然の作用なのではないか。そういった問いも出てくることだろう。然り。ルサンチマンは私達の人間本性である。しかし、この一見して矛盾するように思える点にこそ、ドゥルーズ哲学の最もスリリングな理論が隠されているのである。そして、それを見つけるヒントを与えてくれるものが、彼のベルクソン論とヒューム論には内在しているのである。

 ベルクソンによれば、人間とは一秒ごとに差異を算出する存在である。私達は今も筋肉を動かし、頭脳を動かすことで、一秒前の自分との差異を産出している。現在の自分を見つめようとする時、私達が見つめるのは過ぎ去った「現在」までの私なのだ。しかし、このように一秒ごとに変化する私達自身を纏めるものが存在する。それが私達の意識の流れ、持続である。

 ドゥルーズは、このベルクソンの考えの中にイギリス経験論との親和性を見る。実際に、彼が最も影響を受けたイギリス経験論の思想家ヒュームは、人間を「印象の束」として捉えた。つまり、私達には明確な理性や精神といったものは存在せず、ただ感覚を通して経験した印象が束になることによって、今の私達の意識と無意識は形成される。そしてそれに基づいて私達は思考している、というわけだ。印象(または感覚的経験)は、どこまでも感覚的なものでしかないから、私達の認識には常に錯覚が伴う。男であれ女であれ、美しい異性を前にしてエロティックな妄想や、何かドラマチックな恋を期待する人は多い。しかし、「美しい異性だ」という印象と、「ドラマチックな恋をする」という現象には、本来何の関連も存在しないのである。私達は、目の前の事実から、常に目の前にないものを連想する生き物なのだ。

 こうしてドゥルーズのヒューム論は一時ベルクソンへと回帰する。もし私達が一秒ごとに差異を産出し、それらを意識の流れが束ねているのだとすれば、現在には常に生きられない余白があるのではないか。十代の頃に読んだ小説で、当時は何の場面か分からずに読み進めていたものが私にはあるが、それを後に経験を重ねることで理解することが出来たことが多い。つまり、私はかつて生きられなかった過去を回収したわけである。それは、かつて生きられたものであると同時に、全く生きられなかったものでもある。現在から未来に至る過程、それはかつて生きられなかった過去の余白を反復することによって獲得することが出来る、というわけだ。

 しかし、これらの何処にドゥルーズ自然主義によるルサンチマンへの回答があるのだろうか。もう一度ヒュームの話に戻ってみよう。人は一つの印象から、本来それとは関係のないものまでをも連想する。現実に見出したものから、現実にないものまでもを見出す。つまり、人間存在の本性は、理性でもなければ感情でもなく、その豊かな想像力にあると言える。さらに、私達は自然を観察するが、それは私達の感覚的な印象に過ぎない。あらゆる概念と同様に、私達は常に「自然とは何か」をでっち上げているのである。ドゥルーズは概念を創造することを哲学の仕事としていたが、その真意がここにある。私達は常に、想像力によってこの世界をでっち上げる。だから、新しい概念を発明することによって、今ある世界を転覆することが可能なのである。虚構を虚構によって転覆するということ。

 こうしてドゥルーズ自然主義と、哲学のヒューマニズムが手を取り合う瞬間が訪れる。確かに、ありのままの自然を眺めようとするならば、ルサンチマンは人間本性の一つと言えるかもしれない。しかし、私達は常に「自然とは何か」の正しい答えを持たない。もし人間存在を貶めるものがルサンチマンだとすれば、それを受け入れることもまた不自然と言えるのではないか。昨日までに信じられていた常識が、今日もなお正しいと信じられているかはわからない。私達は常に、常識を転覆することによって常識を更新しているのである。

 最後に、ドゥルーズ哲学のモチーフの一つとして、「プラトニズム[プラトン由来の哲学]の転倒」というニーチェ由来のものが挙げられる。が、それは言葉通りに受け取ってはならない。ドゥルーズによれば、プラトン哲学を転倒するきっかけは、既にプラトン自身が著作の中で書いているというのである。未来とは、常に生きられなかった過去の世界線を回収することで成り立つ。プラトニズムの転倒は、哲学=形而上学の否定ではなく、新しい形而上学の始まりなのである。これまでの哲学の常識とされていたものを塗り替えて、新しい哲学を始めようとすること。それが「プラトニズムの転倒」の意味である。

20/08/25

 ふと思うことだが、何やかんや言いつつも、私は家族を愛しているらしい。先日、偶然にも自分の兄についてを話す機会に恵まれた。その時、私は自分の心が多少なりとも高揚していることに気がつき、それに驚いたのである(入社一年目にして全国新人成績二位など、我が兄ながら誇らしいことである)。 父にしてもそうだ。あれだけ長い間を共にすごしたのだから、愛着が湧かない方がおかしいのかもしれない。が、愛してはいるが、どちらも会いたくはない。この意見は、傍から見れば矛盾しているように思われるだろう。しかし、むしろ会わないからこそ愛することが出来る、とさえ言っていいのではないかと思っている。

 距離を置くということ。私は家族とあまり仲が良くない。にも関わらず、こうして家族を愛することが出来ているのは、家族と距離を取っているからである。もし再び距離を詰めたならば、また以前と同じようなことに悩み、以前と同じような欠点を見出して、再びかつてと同じ問題に(今は離れることが出来た問題に)苦しめられることだろう。

 解決し、和解したつもりなのに、いつまでも同じ問題から抜け出せない。それは、そもそも問題の設定の仕方が悪いのではないか。解決したはずのものがそこにあり続けている。それは、問題に取り組む以前に、問題が上手く設定されていないからではないか。私は家族を愛している。ただ、もう二度と同じ問題に悩まないで、何も得られるもののない世界線から抜け出すためには、家族と半ば縁を切り、疎遠になるという、そういった選択肢しかなかったように思われる。家族から逃げた、と言い換えてもいい。しかし私は、今も自分の選択が間違っていたとは思っていない。

 世の中には、距離を置かないと愛せない人間がいる。実際に今日まで、私は幾度かこの現象に突き当たってきた。いくら努力しても、同じ問答の繰り返しで、いつまでもそこから抜け出すことが出来ない。そのような現実に直面した時、私はそもそもこれは解決できない問題であり、こうなるのが自然なのではないかということに気がついた。それはまさに、昼でありながら夜であるためにはどうすればいいか、と問うているようなものである。昼は昼であり、夜は夜である。私達はただ、夜明け前と夕暮れにその調和があるかのように勘違いしていたに過ぎない。そもそもそれらは別の存在なのだ。だから、永遠に続く夜明け前とか、終わらない夕暮れを求める方が間違っている。ならば、そもそもこの問題設定を取り下げて、別の方向へ向かうのがもっともなのではないか。

 このようにして、家族をはじめ、これまでにどれだけ多くの人と縁を切ったり、疎遠になったりしたかわからない。ただ確実に言えることは、私がそれらの人々を今でも愛しているということである。正確に言うなれば、その人達と過ごした記憶を、今でも愛している (何故なら情熱とは記憶の病だから)。が、だからと言ってその全ての人とまた会いたいとは思わない。大抵はむしろその逆である。何らかの後悔の残っている相手を除いて、(家族を含む)大半の疎遠になった人とは会いたくはない。二度と会いたくないとさえ言っていい。何故か。それは、距離を置かないと彼らを愛せないからだ。

 しかし、それは本当に愛していると言えるのか。そう問う人もいるだろう。しかし、これが私なりの、長い間考えた挙げ句見出した、一種の愛し方なのである。憎むよりかは愛した方が、遥かにマシではないか。


 昨晩、ベッドの下に置きっぱなしにしていた卵のパックが既に消費期限切れであるという事に気がついた。パックの中には卵が計七つあった。私はそれを捨てることにした。

 が、何を思ったのか、それを捨てる前に、私はそれらを皆空のペットボトルの中に入れることを思いついた。で、実際にそれを皆入れた後、私はぼんやりそのペットボトルを眺めた。床には白身が少し垂れていて、ベトベトしていた。指先にもそれはついていた。そして、どちらも生臭かった。私はペットボトルを眺めながら何かを考えていた。もしくは、何も考えていなかった。やる前はとても面白いことだと思ったのに、今では何が面白いのか、何故こんなことをしたのか、自分でもよくわからなかった。手と床を拭いて、私は卵の入ったペットボトルをゴミ捨て場へと持っていった。

 
 大抵の不幸とは連鎖的である。それは一種のドミノ倒しに近い。出来事は常に他の様々なことと連鎖することで発生する。言い換えるならば、一つの出来事は常に別の出来事への繋がりを含んでいるのだ。そして、それは不幸に関しても同じである。よって、私達が不幸から抜け出す方法、それはドミノ倒しの列から外れるという、ただそれだけしかない。

 人の意識とは、その人がこれまでに遭遇した数々の出来事によって形成される。だから、あまりに不幸な出来事に遭遇していると、やがて異常が日常になる。この場合、「不幸」とは何も悲劇的なこととか、悲惨なことだけではない。真に恐ろしい不幸とはその凡庸さにある。アーレントではないが、最も恐ろしいものとは凡庸な悪なのだ。快楽と苦痛の両方を舐めた上で選ぶ中庸ではなく、快楽にも走れず苦痛を受け入れることも出来ない、どっちつかずな中庸、事なかれ主義な中庸。すなわち凡庸な悪、または悪の凡庸さ。その愚劣さ、下劣さ。

 私自身、何度かそのような人に出会ったことがある。日常に違和感を覚えながらも、恐らくはその人柄の善良さから(またはその性格の弱さから)、事なかれとして日常を過ごし、そうする内に異常な日常から抜け出せなくなった人々。不幸のドミノ倒しから抜け出せなくなった人々。しかし、 私達が普段無意識的に信じていることの多くが、いかに非合理的で、不条理に満ちているかを考えてみよう。私達は元々、家族や隣人など、近親のものを大切にするよう傾向づけられている。しかし、それが何故なのかは誰もうまく説明できない。説明しようとしても、「血の繋がりがある」とか「身近な存在だから」とか、とても論理的とは言えない意見に帰着してしまう。現代に生きる私達は、常に「あれかこれか」の価値観に生きざるを得ない。つまり、既存の価値観にしがみつくか、新しい価値観を求めるライオンになるか、そのどちらかである。そして、そのどちらにも付かなければ、自ずと凡庸な悪に回収されて、なあなあな、どっちつかずな、楽しくもなければ悲しくもない、強いて言うなら虚しい日常へと回収されていく。つまり、ドミノ倒しの列を形成するドミノの一つになるのである。

 どんな場合であれ、邪悪さとは人の手によらなければ発明されない。そもそも、自然には善もなければ悪もないからだ。だから私達が善悪の価値観をその中に見出すわけだが、よってある種の邪悪さとは、常に他から悪くされたという意識に基づいて発生するのである。前述の通り、不幸とは連鎖的であり、それは一種のドミノ倒しである。傷つけられた意識は利益を求め、償いを求め、自分以外も同様にして傷つくように仕向ける。何であれ、邪悪なものとは、悲しみが自然を歪めた先に見出されたものなのだ。


 欲望の本質は、人と人を繋げると言うよりも、むしろ人を孤立させる点にある。それが個人的なものになるほど、そのような欲望を抱く自分と、それを抱かない他者との断絶を強く感じるようになる。欲深い人間の本質、それは孤独である。そして孤独は自立を促し、自足性を備えさせる。欲望は、それが個人的なものになればなるほど、自立的な、理性的なものへと変化していく。


 知識を語るという行為は一種のはったりである。ドゥルーズ哲学史についてを語る時、彼はそれを「オカマを掘る」または「処女懐胎のようなものだ」と表現したことがあるが、それはこういう意味なのだ。

 哲学史とは他人の哲学を研究することである。しかし、研究者は常に、他人の哲学の言葉を借りながら、自分の哲学を語ることとなる。子供は彼の研究する哲学者のものでありながら、同時にその子供はまるで研究対象の哲学者には似ていないという矛盾。知識を語るということは、常にこの「他人のものでありながら自分だけのものである」という矛盾が付きまとう。

 結局、人は何を語るにしても、自分についてを語ることとなる。しかも、人を感動させるような知性とは、いつもその記憶力というよりかは、その活用力にある。何かを覚えるというよりかは、何かを用いるということに知性の本質がある。暗記するのではなく、発明するということ。既存の知識を組み合わせて、新しい知識をでっち上げるということ。だから知識を語ることははったりでしかないわけだ。


 どんな人にも、青春の音楽というものがあるに違いない。無論、私にもいくつかある。で、そんな青春の音楽の中でも、今ではあまり聞かなくなったものも少なくない。しかし、その内のいくつかは、何かの節に、ふと思い返したかのように聴くことがある。

 今私が聴いているのは、リストの『巡礼の年』で、ラザール・ベルマンの演奏したものである。『巡礼の年』の中でも、私は特に『オーベルマンの谷』という曲が好きだった。幾年か前には、丁度今日のような夏の夜に、よく聴いたものである。仄暗い描写から始まって、曲全体に広がる暗闇が、次第に解決され、救済されていくような展開がとても好きだった。それを聴く度に、私は心が清められていくような感動を覚えたのである。

 そして今、私はそんな自分の青春の音楽を聞きながら、ぼんやり夢想に耽りつつ、夏の夜を過ごしている。

 

20/08/22

 私の内には、ある密かな欲望が存在している。それは、他人を失望させて、それに快楽を見出したいという欲望である。

 時折、次のような妄想をすることがある。自分が周囲から、何か聡明で、物腰柔らかで、教養高い若者だと見られているとする。おまけに顔も悪くなくて、趣味もいい。貴族的な印象さえ受けることもある。で、もし自分がそんな人間になれたとしたら、私はきっといつか、他人が私に持つ美しいイメージの全てを台無しにしたいと願うだろう。それは一体何故か。次のような場合を考えてみよう。王子様的なルックスで、知的な雰囲気を持つ人間が、ある日突然SNSを通して、デブの熟女が犯されるアダルトビデオを見ながら、満面の笑みでオナニーしている自分の姿を配信する。それを見て、「きっとあの人はこういう人なんだ」というイメージを持つ人の全てが失望する。で、私が思うに、その期待の裏切った側の人間は、そんな現状が愉快で仕方ないのである。丁度今、これを書いている私自身が、そんな場面を想像しながら胸を躍らせているのと同様に。

 実を言うとこれを書いている今もやはり、私は微かな興奮を覚えている。それは、こんな文章を読むことで、普段の私を知っている人の持つ私に対するイメージが崩れて欲しいからである。もし本当に崩れたならば、これ程愉快なことはない。何故かはわからない。ただ昔から、このように他人の期待を裏切りたいという欲望(そして喜び)をひしひしと胸に感じる事がある。

 何故この現象は生じるのか。私自身、そう何度か考えてみたことがある。すると、先ず次の考えが思い浮かぶ。そう、ルサンチマンの作用である。以前日記のどこかで書いたことがあるが、ルサンチマンには二重の方向がある。それは他人を責めるか、自分を責めるかである。しかし、私は何も罪責感に苛まれているとか、生きることに重荷を感じるとか、そういう事を言うつもりはない。ただ、生活の中で蓄積されたルサンチマンが、好んで自分を低く見せたいという欲望を抱かせるよう作用しているのではないか、という推論である。なるほど、それは有り得るかもしれない。が、しかしそれだとはまだ断言出来ない。

 もしくは、私は単に人を馬鹿にしたいのかもしれない。ただ、これもやはりルサンチマンの作用によって説明が付けられる。何であれ、人が露悪的であろうとするのは、外部からの影響がなければ発生しない現象だ。他人に悪さをしたいという欲望は、たとえそれがどれだけ純粋なものであろうとも、必ずかつて自分が悪さをされた記憶に基いて発生する。なるほど、これもやはり有り得るだろう。

 または、トマーシュが私に見せたことのある例と同じなのではないか。『存在の耐えられない軽さ』の中で、彼はかつて自分が発表したことのある文章が反政府的であるとして、それを撤回し、代わりに政府を礼賛する文章を書くように要求され、それを断る。しかし、彼は政治犯を釈放する嘆願書へのサインを反政府側から求められた時にも、それを断っているのである。これはどういう事か。それは、政府側にせよ反政府側にせよ、どちらも自分に「こうでなければならない」を押し付けているからだ。何であれ、人は他人から与えられた(または他人に触発されて見出した)イメージを演じているものだ。だから個人としての自由と独立を保つために、人は時に好んで自分のイメージを裏切りたいと願う。トマーシュはあらゆる「こうでなければならない」を斥ける。他人に何かを強制するのは、自分がかつて何かを強制されたからである。そして、他人に好んで説教をしたがるのは、それだけ自分が説教をされるような過ちを犯した人間だったからだ。

 と、まあ色々書いてきたが、結局何故自分はこうなのかという理由はわからない。無論、期待に応えたいとか、失望させたくないと感じたことは以前に何度かある。それが上手くいかなかったからなのだろうか(というのも、私が期待に応えたいと思って努力した場合、いつも相手の期待に応えられずに終わるからだ)。いや、そうとも言い切れないだろう。


 十代になるかならないかの頃から、DVDのレンタルショップで漫画のレンタルが始まるようになった。それで私は、夏休みとか冬休みとか、そういった何らかの長期休暇につけて、よく店に漫画を借りに行ったものである。未来日記ジョジョ・シリーズ、鋼の錬金術師。中高生の頃は、それで色々と漫画を読み漁ったりしたりもした。しかし、中でもとりわけ思い入れがあり、今なお私の所有物として部屋に置いてあるものは、ただ一つだけである。それは押見修造の『惡の華』だ。十代の頃に最も読んだ漫画だから、思い入れがあるからというのもある。しかしそれ以上に今読んでも楽しめる。だから今でも部屋に置いてあるわけだ。

 それで私は今、『惡の華』のあるシーンを思い浮かべながらこれらの文章を書いている。それは三巻の冒頭の場面である。真夜中の学校である悪事を働いた仲村と春日は、二人で朝方の街を歩きながら家に帰る。その途中で、春日は「朝になれば皆僕達のしたことを知る」と憂鬱そうに呟く。それに対して、仲村は春日の手を握って、次のように言う。「楽しみだね」と。その顔には満面の笑みを浮かべながら。

 私が他人を失望させたいと願っている時、私はふと上の場面を思い浮かべるのである。心のどこかで、誰かが失望するのを見るのを楽しみにしている自分がいる。何も自分が仲村であるとは言わないが、今も尚、『惡の華』を開いて一番感情移入をするのは仲村である。


 先日観た『ブレックファスト・クラブ』という映画の中で、次のようなシーンがあった。レスリング部に所属するアンドリューの父親は、よく息子に「自分は昔ワルだった」と自慢話をする。息子は親の期待に応えたいがためにレスリングをしている節がある。だからある日の部活終わりに、更衣室で体毛の濃い、痩せた部員を見かけた時、彼は父の期待に応えるために(自分も父と同じ「ワル」になるために) その部員を取り押さえ、部員の体毛まみれと尻にガムテームを貼るのである。そしてガムテープを剥がすと、彼の濃い体毛と同時に、彼の皮膚まで剥がれてしまう。それを実行した張本人は、涙ぐみながらその事を話すのである。

 ルサンチマンは伝染する。マッチョイズムが批判される理由は多々あれど、その内の一つとして、マッチョイズムがルサンチマンの作用無しでは成り立たないというのがある。

 上記した映画のシーンを観ていた時、私は自分の高校時代をぼんやりと思い出していた。私は文化部に所属していたし、上のようなことをしたことがあるとは言わないが、ただ作中のアンドリューと似たような感情は抱いたことはある。例えば食事中、私は父から人を虐めた話を聞かされたことがある。彼は自分が当時の同級生に馬乗りになって、廊下を這いつくばらせた時の話などをしていた。で、父は大抵そういう話をする時に笑っているのである。父のこの話は笑い話であり、また自慢話なのだ。この話を聞いた私が、なんであれそれを意識して生活したことは言うまでもない。そして、意識の仕方は二通りしかなかった。すなわち父に反発するか、父を見習うかである。

 レスリング部のアンドリューは、父の期待に答えたいから上のような行動をとったと言う。そして自分がいじめた部員のことを思って、「親になんて説明するのだろうか」と考え、彼のことを思って泣く。次に「父が憎い」と言う。強くあろうとする事の裏に隠れているのは、弱くあることで馬鹿にされたり、傷つけられたりすることへの恐れ、つまりルサンチマンである。男性同士の見栄の張り合いなんて大体そんなものである。お互いにお互い、傷つけられるのが怖いから強くあろうとするのだ。で、相手の長所を勝手に「相手が自慢している」と勘違いして、また見栄を張ろうとする。それが連鎖してマッチョイズムというものは成り立つ。実に馬鹿らしいことだ。


 ドゥルーズも書いていたが、現代人は感動し、何かを褒める能力を失いつつあると言えるのではないか。「今日の人々の病は、もう何にも感嘆できないということにあります……」

 ルサンチマン、反動的であることへの病。人が何かに感動出来ず、何かに美点を見いだせないということは、間違いなく一つの病気である。それは倦怠の病、退屈の病だ。といのも、美点とは既に備わっているというよりかは、やがて誰かの手によって見出されるものだから。

 ここで私はボードレールの有名な詩を思い出す。「振る舞いも大袈裟でなく、叫び声も甲高くない、そうでありながら地上を好んで廃墟と化し、あくびの中で世界を破滅させる。その名は倦怠(アンニュイ)……」

 出来ないからしないと言うよりかは、めんどくさいからしない。そんな事は実に多くあるに違いない。そして、何か一つをしなくなると、他のことまでしなくなってしまうのである。こうして人は徐々に、しかし確実に無感動になっていく。


 肉体的なものへの嫌悪というものが、私の内には少なからずある。肉体的な愛が不潔だとは言わないが、肉体への欲求を可能な限り排除したいと思っているのは間違いない。理由は簡単である。肉体的な交わりは、他の手段よりももっと直接的な相手の接触となる。だからたとえどれだけ理性的であろうとしても、相手への執着とか、嫉妬とか、そういったものが多く湧き出るようになるのだ 。余計な感情は余計な悩みを私にもたらす。私達の日常は、私達の気づかない多くのものへの依存によって成り立っている。だから依存することが悪いとは言わない。ただ、問題は依存の仕方にあるように思われる。嫉妬が行き過ぎれば、相手にも嫉妬させるか、または自分の嫉妬で相手の日常に支障を出そうとするか、そのどちらかを願うようになる。「嫉妬を抱かずに生きろ」というのも無理な話だが、嫉妬を恥じないのもおかしな話である。少なくとも、私はそのような事をしたくない。誰かに嫉妬したとすれば、そんな自分を恥じるだろう。

20/08/18

 人と映画を観ることが、最近私の趣味になりつつある。映画はいい。映画を観ると、人は自ずと(たとえ他の誰かと観ていても)映画と二人きりになる瞬間を一度は持つこととなる。それは、一時的であれ孤独に向き合う瞬間にもなるということだ。孤独になれば、人は自己を省みて、自分で物事を考える時間を持つようになる。孤独への恐れとは、考えることへの恐れと同じである。

 が、そうでありながら、やはり隣には誰かがいる。見終わった後には意見と感想を言い合ったり、それから得た刺激から別の話をしたりすることも出来る。こうして孤独にもなれるし、お互いを刺激し合うことも可能になる。

 かねてから、私は読書会とか勉強会とか、そういったものを開きたいと考えていた。人といるからこそ、普段はしないようなことをしたり、普段なら気がつかないようなことに気がつく。そのような相互作用を、常日頃から求めていた。がしかし、書物となると集まる人が限られる。相互作用は、互いに違うものを持ち合わせた人間が出会う時にこそ発生しやすい。人が愛し惹かれるものとは、いつだって自分に似たところを持ちながらも、自分にないものを持っている存在に対してである。

 だから映画はいいわけだ。映画なら容易に他の人と観ることができるし、そうでありながらも内省するきっかけを得ることも出来る。人と一緒にいながらも、(いい意味で)孤独になれる。でも映画を観た後には、その場にいる誰かと意見交換をすることも出来る。誰かと映画を観ることによって得られる収穫は非常に大きいのである。

 あとは、単に私の家に大きなモニターがないから、どうせならでっかい画面で映画を観たいというのもある。というか、それが主要な理由かもしれない。


 私の近所には、ある一組のインド人の夫妻が住んでいる。白く美しい二階建ての家に住んでいて、夫妻は二人の娘と共に暮らしている。一人はまだ五歳前後の幼い妹で、もう一人はもう十二になるくらいの少女である。私はよく、彼らの住む家の前を通り過ぎる。だから度々近くの道路で遊んでいる二人の褐色の少女に出くわす。最初は何事もなく通り過ぎていたが、やがて顔を合わせる頻度が増えるにつれて、その度に二人に対して微笑みかけるようになった。すると、姉妹も私に笑顔を見せてくれるのである(または、彼女達の方から私に微笑んでくれる時もある)。

 今日も私は姉の方に偶然出会い、通りすがりに彼女に笑顔で挨拶をした。すると、彼女もまた私にはにかんでくれた。夫妻が近くにいる時は、夫妻も優しい顔で挨拶をしてくれる。

 私がよくコーヒーを買うコンビニには、仲のいい店員が二人いる。どちらももうおばちゃんで、レジに行くだけで、何も言わなくともコーヒーカップを用意してくれる。毎日私がコーヒーを買いに来るので、顔を覚えてくれたのである。やがて世間話も交わすようになって、タメ口で話すようにもなった。

 私はよく公共料金の支払いを忘れる。今朝も二月と三月分の水道代を払っていないとして、水道局に務める老人が私の部屋を訪ねに来た。で、払い忘れる度にこの老人がやって来るので、お互いすっかり顔なじみになってしまった。この前はマンションの前で偶然出くわして、少しばかりの他愛もない話をしたほどである。老人は、私がまだ払っていない四月と五月分の、そして六月と七月分の水道代について、「そのどちらかを次の給料日にでも払ってくれ」とだけ言って去っていった。中々人のいい老人である。

 これらの事を思い浮かべると、私の日常も悪くないもののように思えてくる。


 ここ二、三日で、ようやく過去の思い出に諦めをつける気持ちになれた。長い間、私は短くはあるが幸福であったかつての友情の日々をやり直したいと願っていた。しかし、結局それが無理であるということに気がついた。私達は上手くいかなかった。たとえまた以前のように仲良くなれたとしても、きっとまた以前と同じようなことに悩んで終わりだろう。

 私なりに努力はしたつもりである。ああ、どれほど彼女を愛したことか。そして、何故彼女はそれを理解してくれなかったのか。


 今日は比較的に過ごしやすい日であった。ぼんやりするには丁度いい一日である。夏の昼下がり、生暖かい空気の中で、優しい風が愛撫するように私の全身を包んでくる。それがとても気持ちよかった。こういう時に、自分が生きているのを実感する。夏はいい。私の一番好きな季節だ。

 去年の夏によく聴いていた音楽に再び耳を澄ますと、ふと突然、以前は聴こえなかった音色が聴こえ始める。そうか、ここで、その箇所で、あの楽器はこういう作用を持っていたのか、といったふうに。それと同時に、当時の感動も再び蘇ってくる。似ているものの繰り返しには、常に同一なものとして回収され得ない差異が存在している。反復に見出される差異。それは常に 新しさとして 私達に現前する。そして新しさはいつも私達を未来へと連れ去ってくれる……ドゥルーズベルクソン哲学の中に見出したことである。

 ああしかし、何故音楽はこんなにもいいのだろう。聴いてて不思議になるほどだ。


 往々にして他ジャンルに原作を持つ映画に言えることだが、どうしても原作の二番煎じといった印象を受けるものが多い。しかし同時に、時に原作と同じかそれ以上の面白さを持つと思われるものもある。この現象は何故起こるのか。

 たとえば小説の場合、小説の面白さは、物語の筋書き以上に作者の文章にある。優れた小説は、常に物語の余剰にその魅力が隠されている。いかなる場合であれ、読者を惹きつける書物とは、その内容以上に筆者の書き方が優れているのである(優れた思想家とは、常に優れた文筆家である……)。

 これは漫画においても言えることだ。非現実的ながらに現実を感じさせる絵の運動によって漫画は成立する。それは漫画の面白さが、その物語の構成よりかは描かれ方に、つまりは作者の描写と表現の中にあるということでもあるのだ。

 たとえば先日、『存在の耐えられない軽さ』の映画版を観た時のことである。なるほど、随所に見られるヤナーチェクの音楽の効果的な使用や、映像的な演出の巧みさなど、見所は多々あれど、どうしても原作のダイジェストという印象が拭えないまま映画は終わりを迎えた。これは私が原作のファンであるからというのもあるだろう。というのも小説の方の『存在の耐えられない軽さ』の面白さは、物語の筋書きよりかは、作者クンデラによる文章の書き方にあるからだ。何より、原作の方では、バラバラになった時系列によって、パズルが組み合わさるかのように物語が進行していったのに対して、映画の方は時系列を順々に追うことによって物語を進行させていた。結果として、悪い出来ではないのだが、物足りなさが否めない代物になってしまったように思われる。

 トーマス・マンの『ヴェニスに死す』も、同様に物語の筋書きよりかは、作者による物語の書き方が面白い小説である。しかし、ヴィスコンティが映画化したそれは、決して上のような消化不良を私に与えなかった。前述の通り、小説の面白さは作者によるその書き方に、つまりはその文章にある。言葉でしか描くことの出来ない美しさを、そのまま映像で表すことは不可能である。言い換えるならば、映像でしか表現し得ない美しさを、文章によって表現することもまた出来ないというわけだ。だからヴィスコンティは、原作を題材にしながら、主人公の設定を文学者ではなく音楽家に置き換え、更には小説における思索的な部分を補うために、原作には出てこないキャラクターを登場させた。こうして、彼は小説を原案としながら、小説とは全く別の作品を仕立て上げることで、小説に勝るとも劣らぬ映像作品を作り上げたのである。

 シェイクスピアが完全なオリジナルで書いた戯曲は二つしかなくて、それ以外は皆他に原案がある、という話は有名である。『ハムレット』にせよ『リア王』にせよ、元々他にオリジナルがあって、その設定を借りることで、彼は原案以上の作品を作り出したのである。では、他のものをパロディしながら、それと同等以上のものを生み出すために必要なものとは何か。それは、パロディするものに忠実になるのではなく、むしろパロディするものを借りて自分自身を表現しようとすることである。結局、何を語るにせよ、人は自分自身のことしか語りえないのである。

20/08/17

 『ヴェニスに死す』は概して美と道徳の相克を描いた小説だと言える。芸術的な美は、常に一般常識の皮をひん剥いた所にしか存在しない。作中に現れる青白い肌をした美青年タジオは、そのような芸術的な美の象徴とも言える存在である。対して、主人公のアッシェンバッハは、禁欲的で規律正しい、まさに一般市民の模範となるべき作家であり、また本人もそうありたいと願っている(そして、そうあろうとする自分に多少なりとも誇りを抱いている)。『ヴェニスに死す』はそのように一般道徳を愛し守ろうとする(立派な人間であろうとする)芸術家と、それに反する美青年タジオへの愛(当時からすれば同性愛は反道徳的とも言えよう)との対比を描いている。

 『ヴェニス』の著者トーマス・マンの小説には、よくよくこのような構造が登場する。クンデラはマンの小説について「時代の奥底からやってきて、私たちの歩みを遠隔操作する神話の役割を問うた」と書いていたが、それは恐らくこのような意味なのではないのだろうか。つまり、私達個人の生の裏には、常にそれを支配する道徳的価値観がある、という事である。で、私達がよりパーソナルな生を、つまり自分だけの実存を確立しようとする程、それだけ私達はその裏にある道徳的な価値観に、つまり私達を支配する「神話」に突き当たるのである。個人と神話の対立、そしてその相克。それがマンの作品主題の一つだと思われる。

 倫理なき人間とは存在せず、あるのは倫理に支配された人間か倫理を模索する人間だけである。一般的な倫理に反する人間さえも、その時点で既にその倫理に支配された人間だと言える。それは丁度、大抵の無神論が先に有神論が存在しなければ成り立たないのと同様である。否定は常に肯定の次にある。で、もしそこに否定を先立たせた末に生まれる肯定があるならば、それは否定したいものに依存した価値観なのである。

 この主題はドストエフスキーがよく扱ったそれに近いものがある。ドストエフスキーは度々「無神論者の多くは無神論という宗教を信奉している」という記述をしていたからだ。私達の意識とは常に反動的なものであり、その裏にある無意識がいかに働いているかの結果に過ぎない。ドストエフスキーの指摘は、無神論であれ共産主義であれ、一つの信条が無条件で信じられている場合は、既存の道徳的価値観の代わりにそれを置いたに過ぎない(またはその反動でそうなっているに過ぎない)から、何にせよそのような人達も宗教者と同じように盲目で宗教的である、という事である(だからこそドストエフスキーは指摘する、「完全な無神論者は有神論者より強い」と)。

 で、丁度ドストエフスキーに熱中している頃、私は同時にある教会の牧師に深い影響を受けていた。牧師の観念論めいた思想には凄まじいものがあり、その説教の中で、 人間が本来所有できるのは自分の死だけであるという、ロマン派も驚くような理論を展開したことがある。人の所有できるものは常に過ぎ去るものだ。他者との関係は常に変化するものであり、そこにあったと思えば次の瞬間には過ぎ去っている。金銭にしても、手元にあったと思ったら無くなっているの常である。人生など尚更そうだ。我々の所有するものの中で、自分自身の人生ほど思い通りにならぬものはない。このように、我々が普段所有しているものとは、常に我々の思いどおりにならないもの、所有しながらも所有出来ていないものである。よって、我々が常に所有し続けることが出来るもの、それは死である。そして、もし「死」だけが所有物である人間存在を惨めに思うなら、我々は皆神に救いを求めるしかない……脚色はあれど、大まかに言えばこんな事を牧師は語っていた。

 私が何故この説教に感銘を受けたかとなれば、丁度当時読んでいたドストエフスキーの『悪霊』に、似たような描写が存在したからである。しかし、それは牧師の理論とは反対方向に帰結を持っていた。『悪霊』の中で、キリーロフは次のようなことを語っていた。決して落ちてこない大きな岩が吊るされていれば、我々はそれが落ちてこないことを理論的に認識出来ていても、実際にその岩の下に来ると、それが落ちてこないかとびくびくするものである。このように、たとえ本当に自分の罪を罰する存在がいないのだとしても、そのような価値観が自分の頭の中にあるだけで、人は何らかの「罪」と呼ばれる行為をなした後に、自分を誰かが罰するのではないかと怯えるのである。この人間の無意識に潜む宗教的な性格、つまり個人の裏に潜む「神話」の作用(盲信的な人間存在の本性)にキリーロフは目をつける。そしてこの「神話」を超越する唯一の方法、それは何の絶望も覚えず、明晰な理性を保ったまま自殺することである……記憶が正しければ、確かそんなことが『悪霊』の冒頭に書いてあったはずだ。

 
 さて、話が大分逸れたので本筋に戻そうと思う。『ヴェニスに死す』と近い時期に書かれたマンの小説で『トニオ・クレーゲル』があるが、その中でも「個人と神話の対立」は(部分的ではあるが)扱われている。ただ、『トニオ』は『ヴェニス』よりもずっとナイーヴな性格をしており、青春小説としての側面が強い。一般的な世界に憧れを抱きながらも、それを内心何処かで軽蔑していて、冷たい目で一般世界を眺めているトニオ。しかし、心の内ではやはり一般世界の価値観を、その憧憬を捨てられずにいる。その事を仲間の女流画家リザヴェーダに打ち明けると、彼は彼女から「さまよえる俗物」であると揶揄される。やがて旅行の途中で、彼はかつて自分の愛した人達が一般世界で幸福に暮らしているのを見かける。そして彼はそれを眺め、自分のことを気にかけて欲しいと思いながら、結局声をかけることが出来ず、自分の部屋で咽び泣くことしか出来ない。そして小説は、トニオがリザヴェーダへの手紙の中で、一般世界を愛しながらも、これからも芸術家として生きることへの決意を語る、ということで終わる。

 トーマス・マンは私の青春の作家であった。マンの作品に見られる、この芸術的な美と一般性の間で引き裂かれる世界観は、恐らく『魔の山』の前半部分で一時的な解決を得る。理性的な進歩主義者セテムブリーニの忠告を無視して、謝肉祭の夜、『魔の山』の主人公ハンスはロシア人女性ショーシャに愛の告白をする。これまで内気で、消して他者に直接働きかけることをしなかったマンのかつての主人公の懊悩が解決されるのだある。私はその告白のシーンが本当に好きで、当時は何度もそれを読み返したものだ。「肉体、愛、死、コレラ三ツハ本来一ツノモノナンダ……」

 誠実な者とは、誠実であろうとする者のことだ。現代は、人間が人間としての誇りを失った時代である。よって次に来るべく時代は、新しい人間が再び誇りを獲得する時代となるわけだ。最もいけないことは、新しい倫理を求めようともしなければ、既存の倫理にも生きようとしないことであり、そのどっちつかずな態度である。習慣の無い人生は空虚だ。しかし、同じ習慣を長く続ける事もまた空虚だ。習慣は一つの場を形成する。倫理もまた一つの習慣である。そして、生きる場がなければ、人は堕落することとしか出来ない。


 「ニーチェはしばしば彼にとってむかつくような、げっとするような、吐き気を催させるような物を目の当たりにすることがあります。ところがなんと、ニーチェときたらそれらを前に笑い出し、可能とあれば楽しんでさえしまうのです。彼はこう語っています。もうひと踏ん張り、まだ大して嫌でもない。あるいは、いやだってことは素晴らしい、そいつは見事、有毒の花だ、最後には『人間は面白くなり始めた』……」


 私は変わった。ドストエフスキートーマス・マンは、かつて驚くまでに私を熱中させた。しかしいつからか、上記のような「個人と神話の対立」という題材にあまり関心を寄せなくなった(かと言って、他にも彼らの小説は読むべく点が多々あるのだが)。

 近代の価値観が崩れつつある現代を生きんとするならば、人は自ずと個人の価値観を見出そうと努めなければならない。しかし、私達の裏には、未だ神話のように既存の価値観が、私達を断罪し、罪の意識を植え付ける価値観が存在する。そして、個人として生きようとすればするほど、私達はそれと対立し、その抑圧に苛まれることとなる。私達の内には、常に相反する二者の相克がある。

 ただ、自らの苦悩を強調し、それを訴えかけるものは、そのような矛盾に苛まれている自分に少なからぬ誇りを抱いているものだ。罪の意識、自己を罰する精神は、不幸のナルシズムが反映した先にある。

 恐らく、ドストエフスキーとマンが扱った「個人と神話の対立」というテーマは、その帰結として「個人と一般性の調和」を求める動きが(小説内で)発生するよう促したように思われる。が、しかし、それは無理な話なのだ。個人と神話(または一般性)、この二者の対立はどうしようもないものだと思われる。私達は神話から抜け出そうとするか、神話に苦しめられるか(取り込まれるか)、そのどちらかしか有り得ない。人間とは潜在的に他者との差異を産出し続ける存在である。よって、全ての人が本性的にマイノリティ性を備えていると言える。特に私は、幼い頃からの過剰な自意識から、人一倍他者との差異を、自身の(一体何処にあるのかもわからない)マイノリティ性を意識しながら(あるいは意識しすぎるまでに)生きてきた。私は自分の内にある他者との差異を恥じていた。何故なら、共感されない差異とは羨望か軽蔑かしか寄せられず、それが優れていると認められないなら、他人から馬鹿にされ、恥をかかされるからだ。私は恥をかきたくなかった、何故なら人一倍羞恥心が強いから。だから半ば虚栄心から、自身の内にあるマイノリティ性と一般性の調和、つまり個人的なものと一般的な価値観の和解というものに惹かれていった。

 しかし、そんな事はありえない。この世界には和解も救済も有り得ないからだ。

 たとえばであるが、私は以前仲の良かった(非常に仲が良かった)人の中でも、今はもう疎遠になってしまった友達と、何度かまたかつてのような友情を取り戻したいと願ったことがある。しかし、そう思う度に、もし再び友人になれたとしても、私達はきっと、何故二人が疎遠になったのかを再認識して終わるだろうと、そう感じるのである。そして実際、私は以前そのような経験をしたことがある。かつて仲が良かったが、一時的に疎遠になった友人と再び仲良くし始めた時、何故私達二人が疎遠になったのかを、どうしてその友人が私から(または私がその友人から)離れていったのかを、直観的にではあるが感じ取った。一度変わってしまった関係は、その以前の状態を踏まえなければ生きることが出来ない。

 何より、(先述の通り)もし私達が潜在的に他者との差異を産出し続ける存在であるとすれば、その差異を振り払って出来た一般性と、個人の生を生きようとする人間が和解し、解決され、調和することは有り得ないのである。何故なら個人的なものとは常に自身の内にある潜在的な差異を肯定することによって発生するから。

 もしそこに和解され、解決され、調和されたように見えるものがあるとすれば、それはそのように見せかけている欺瞞に過ぎないのである。本当は分裂し、内側に問題を抱えているにもかかわらず、あたかもそれがなかったかのように振る舞う欺瞞。人間が元々邪悪であるということは決してない。そうでなくて、環境が邪悪に振舞った方が好都合であるよう私達を強いる。こうして露悪的なものは発生するのである。自然な状態が抑圧されれば、人は自分以外の存在にもこの抑圧を与えたいと願う(いたずらを楽しみたいという邪悪な欲望はここから生じる)。だからこそ、内側にあるマイノリティ性を抑圧し、一般性の中で取り繕われるということは、それ自体人間が邪悪になることを意味する。

 ただ、差異を徹底した先にあるものが分裂であり、一度分裂したものは、もう二度ともとの形に戻らないということも、やはり事実である。


 私は体面を気にする人間だ。人付き合いをそれなりに大切にするし、そのために社交的な態度をとったりもする。しかし、そんな自分に嫌気がさす事も少なくない。まるで「やり手」のような態度で誰かと話し、楽しく談笑したりする。虚栄的で、見た目と振る舞いばかりの人間。私は軽薄な人間だ。こんな自分を、心のどこかで軽蔑している。

20/08/14

 「スピノザは希望も、勇気さえも信じていなかった。彼は喜びしか、洞察する視力しか信じなかった。他の人々が彼の生き方に構わないでいてくれれば、彼は他の人々の生き方に構わなかった。ただ霊感を与え、目を覚まさせ、物が視えるようにさせてくれること、それしか彼は望まなかった。」

 私は他人にあまり興味が無い。もとい、以前はそうは思わなかったが、周囲に幾度かそう言われてから、なるほどそうかもしれないと思うようになってきた。恐らく、私が他人に興味がない。そしてその理由は、私自身が他人に興味を持たれたくないからだ。否、その言い方は語弊があるかもしれない。

 たとえば今日まで日記に書いてきたことの中で、興味を持って欲しいことは沢山書いてきた。が、私は自分自身について、あまり知られたくない事がある。だから他人に深入りすることが出来ない、というわけだ。自分に知られたくないことがあるからこそ、他人にもそれがあるのではないかと躊躇してしまう。もしくは、他人を知りすぎることで、自分の知られたくないところまで知られてしまうのを恐れているのか、他人の知りたくないところを知るのを恐れているか、そのどちらかである。

 恐らく、私は臆病な人間なのだろう。昔から、気分が乱れることが嫌で仕方ない。緊張すると、足の爪先から血がどくどくと逆流してくるような感覚に陥る。それが本当に不愉快な印象を与えるのである。学生時代、裸の異性を目の前にして、何もしなかったという経験がある。性的興奮は覚えたが、それ以上に、生身の人間に向き合うのが怖かったのかもしれない。似たようなところは今でもあるのだろう。私は緊張しやすく、人よりも羞恥心が強い。それに恐れているものも多い。目先の快楽よりも、下手に動いて平常心が乱されたり、余計な苦しみを負うことの方を恐れている。楽しいというよりも苦しいという気持ちの方が先に立つ。全ての人がそうであるように、私にも向き不向きというものがある。

 先日、私がSNSに投稿した写真に、普段よりも多くの反応が寄せられる、ということがあった。人から注目を浴びることに慣れてないから、普段以上にSNSの確認をしてしまう。心の平常が乱れる。すると他のことに手がつかなくなる。私は人を愛している。しかし、それ以上に気分を乱されることに慣れていない。だからSNSは(好きではあるが)苦手でもある。

 ドゥルーズはかつてこう述べたことがある、「一個の人間であることへの恥が、芸術や思想を創作するモチーフとなる」と。自分はこの言葉が本当に好きで、何かにつけて、度々それを思い出すのである。批判という行為には、時に創造的な意味合いが含まれることがある。人が何かを批判する時、その根底にある価値観と観点が間違っていて、つまり問題の設定の仕方が間違っていて、だからこそ物事が上手く進まないのだ、という意図を含める場合があるからだ。だから根源的な批判とは、同時に根源的な創造でもある。

 「一個の人間であることの恥」とは、何も「人間は悪だ」とか「我々は皆醜い存在だ」とか、そういう意味合いでは決してない。それは今の自分( = 今の人間である自分)を恥じて否定( = 批判)し、全く新しい自分を創造しようと、恥ずべき環境から生を解放しようとする試みなのだ。だから人は芸術や思想を発明するのである。

 私は自分自身であることを恥じている。だから隠し事もするし、知られたくないこともある。多少なりともある哲学趣味の裏にも、やはり「一個の人間であることへの恥」が潜んでいる。で、こんな風に自分を恥を覚えながらも、恥を抱くことの出来る自分自身に誇りを抱いている。それでは生きづらいとか、幸せになれないとか、そんな事を言われたことはある。しかし、そんな事はどうだっていい。知ったことじゃない。人は幸せになるために生きているのではない、ただ生きるために生きているのだ。

 そうだ、別の話をしよう。『罪と罰』の終盤で、ラスコーリニコフはソーニャと結ばれ、新しく生まれ変わり、これからの人生の展望へと希望を抱く。しかし、その感動的なラストのおかげで、時に人はラスコーリニコフに見られる奇妙な心理を見落としそうになるのである。彼は二人の人間を殺し、その末に牢獄へと向かった。そのために苦しんだりもした。が、しかしそれ以上に、結局彼は自分のした事の何が間違っていたのかがわからないのである。そして、わからないまま物語は終わりを迎える。

 そういう意味では、私もラスコーリニコフと同じだ。上のような性格のために、失ったものも多いし、嫌な思いも沢山した。しかし未だに、私は自分の信念が間違っているとは思えないのだ。これからも同じ信念に生きるつもりだし、こんな自分を受け入れてくれと、そう願うことしか出来ないのである。

 ただ、私にもやはり後悔していることがある。たとえばかつて愛した友達の私生活に、私は好んで深入りすることを拒んでいた。それは、やはり知りすぎることを恐れていたからである。

 今なら違う。今ならもっと相手のことを知ろうと願うのに。最近は、よくそんな事を考えている。


 かつて、とても仲のいい異性の友人がいた時のことである。ある日、彼女が私の前から立ち去ろうとして、私は初めて彼女に好意があることを告白した、ということがある。私は変わらない日常を求めていた。これまで日常の一部であったものが欠けることを恐れていた。だから相手を必死に引き留めようとしたのである。

 今考えると、私は相手にとても酷いことをした。相手が留まってくれることがわかると、私は以前のように、自分の関心事(読書や音楽)ばかりに熱中して、相手を日常の一部以上の存在としてしか扱わなかった。それは距離を置きながら依存していたとも言える態度であった。当たり前であるが、私は愛想を尽かされた。しかも、この態度がおかしいということに、かなり時間が経った後にやっと気づいたのである。それこそ最近になるまで、私にはわからなかった。一体自分の何が変だったのか、それはある日ふと内省している際に気がついた。なるほど、私は変わらない日常を求めていた。そして、変わらない日常のために、私は何と傲慢な態度を取っていたことだろう。


 誰かといるからする、ということは多い。たとえば以前、終電である駅に友人達と集合して、その近くにある廃墟を夜通しで探索をする、ということをしたことがある(結局、この探索はその日の昼頃まで続いた)。これは友人と一緒でなければ死ぬまでしなかっただろう。少なくとも私ひとりでは、それをするつもりには更々なれない。かつて仲の良かった友人がコンセプト・カフェで働いていたから、そこに遊びに行ったということもある。私もその手の店で(短い間であるが)働いたことはあるが、正直に言うなれば、少し苦手である。店の空気が自分の身に合わないような気がして、行くたびに多少の居づらさを感じる。それでもよくあの場に足を運んだのは、やはりそこに私の友達がいたからである。

 他者の介入、または他者への介入は、常に何らかの事件を生じさせる、とは言えないだろうか。事件とは複数以上のものの間で生じるものだ。私達の個性とは、いつだって私達自身の体験した事件によって形成される。良くも悪くも、人といるからこそひとりではしない事をするのである。それが人間というものだ。それは作品との出会いにおいても言える。何かとの出会いが、常に私達を未知の方向へと導く。それは一つのものと別のものとの掛け算である。

 しかし、それは物事を、過去を美化して語りすぎていることだろうか。否、きっとそうなのだろう。


 「あなたは正しさを押し付けている」と言う時、人はそんな自分の意見の正しさを確信している。それは丁度、「万物は流転する」と宣ったヘラクレイトスが、その真理だけは決して変わらない(流転しない)と確信していたのと同様である。この事から分かるように、多様性とは、本来その反対にあるもの、つまり「一なるもの」を前提としなければ成り立たない。

 多であると同時に一である。多様化するものとは、常に一つなるものへと回収されることを前提に存在しているとは言えないだろうか。多様性の実現は、まさにそれぞれが分裂し、己の差異を自認した上で、結合し、一なるもの(共通する意識や信条)へと回収されることによって成立する。

 世界とは一つの大きな虚構である。一つのものの定義とは、それに類似する他のものとの比較によって成り立つ。言い換えるならば、唯一なもの、偶発的なもの、例外なものとは、他との関連が成り立たないため、既存のいかなる知識によっても理解され得ないもの、推定できないものであり続ける。よって、この世界とは定義し得ないもの、把握し切れないもの、つまりは一つの大きな虚構である。この世界とは知性の対象ではなく、想像力の対象なのだ。

 しかしそれでも人は真なるものを、正しさを、誠実さを求める。何故か。それは程度の低い嘘に私達が悩まされているからだ。この虚構としての世界において、真実的なものとは一体何か。それは、敢えて言葉を選ばずに言えば、下劣でなく、愚劣でないもの、程度の低い虚構を排除したもののことである。

 本質とはそもそも存在せず、むしろ何かが本質になることによって生じる。よって、「本質である」ものはなく「本質になる」ものだけが存在するとも言えるわけだが、これを言い換えるならば、私達は自分が想像力で発見したものを、真実的なものにまで高めるのである。こうして真実は発見され、発明される。その過程で、真実的でないとして排除されるものは、程度の低い虚構、つまりは妥協に満ちた欺瞞である。

 否定は常に肯定の次にある。 何か肯定したいものがまず初めにあり、そのために否定したいものが生じるわけだ。しかし、ルサンチマンに支配された時、人は常に否定を肯定よりも先に置く。自分を傷つけるものを見出した時、人はその正反対にあるもの(傷つけてくるものを否定するもの)を真実として肯定しようとするのだ。

 否定は無を意志する。生の本質は変化することにあるが、変化は出来事を生み出し、生を過剰なものとするからだ。過剰なものは常に他者を傷つける可能性を含む。よって、傷つけられた人は、常に過剰さとは正反対な無を意志するのである。

 しかし、過剰なものとは創造力の豊かなもののことでもある。強さの本質はその過剰さにある。何かを求める動きとは、自分に欠けているものがあると感じるからこそ生じる。故に、何かを求め、奪おうとすることは弱さを表れである。強さとは、むしろ自分から溢れ出るものであり、無作為に、そして無条件に贈り与えるもの、噴水のように自己を表出させるもののことである。ここに創造( = 創作)の本質がある。創造するということは、何かを求めるから生じるのではなく、むしろ自ら溢れ出るから生じるのだ。そして、この創造的な強さの本質によって、この世界が今日まで成り立ってきたとしたら、強さに反対する弱さ、無を意志する否定の運動( = ルサンチマン)は、本来的に私達人間の敵である。

 この世に正しい人間は存在せず、ただ正しくあろうとする人間だけが存在する。誠実な人とは、誠実であろうとする人のことを指す。妥協なき人生は存在しない。生きることは選択する事であり、諦めや喪失が伴わなければ、人は成長することも出来ないからだ。しかし、妥協に満ちた人生では、そもそも生きていないのと同じだ。


 スピノザの文章のいい所は、それが閉じているところにある。何処かで読んだ気がするが、デカルトの書く文章には、なにか人を説得させるような節があるが、スピノザはいつも自分にだけ言い聞かせているような印象を受ける。

 他人がどう見ているかなど、基本気にするべきものではない。ただ、自分が興味のある内容よりも、自分の興味を持たないものの方に関心を持たれることは、いつだって悲しいものだ。

 時の流れと共に変化したものに対して、「昔の方がよかった」と感じるものは多い。しかし傍から見れば、私にしてもそれは同じなのかもしれない。

20/08/10-11

 子供の頃、私はヒーローに憧れていた。ウルトラマンとか、少年漫画の主人公とか、そういう存在に。十代になれば、ロックスターとか、カナダの奇抜なピアニストにも憧れた。ただ、憧れがいつだってそのままなりたいものであるとは限らない。ヒーローに憧れつつも、幼少期の私は、研究者になることを夢見ていた。幼稚園の卒業アルバムにもそう書いた程である。当時の私は、大人しくて、物静かな子供であった。室内で動物図鑑を眺めるのに夢中になっていた。だから大人になったら生物学者になって、研究室にこもることを、ぼんやり夢想していた。当時の自分には、周りを省みずに自己の関心事に没頭する研究者の姿さえもがかっこよく見えたのである。

 今思えば、私の価値観の根底にあったのは、「かっこいい人間になりたい」という、ただそれだけの事なのかもしれない。恥ずかしげもなく言うなれば、今でもそうなのだ。私は今でもヒーローに、かっこいい人間に、王子様になりたい、心の何処かでそう願っているのである。


 本屋に向かい、欲しかった本を二冊買う。今日はそのために外出したと言っていい。商品棚に並ぶそれらの本を手にて、その場でパラパラとページをめくり、内容を確認する。期待した通りのものだ。そしてそのまま店内をぶらぶらと歩き回り、至る所にある本棚を眺める。

 本屋の楽しさはここにある。自分がまだ読んでいないもの、未知なものが、ここには無数に眠っている(そして私は、一生かかってもこれらの本を全て読み切ることが出来ないのだろう)。だから本屋にいるだけで「あれも読みたいな」とか「これも読まなきゃ」という気持ちになる。ドストエフスキーが書いていたが、「コロンブスアメリカを発見した時よりも、発見しつつあった時が一番幸福だった」というのは、まさにその通りのように思われる。読後の余韻が叙情的な感動であり、清らかな美しさであるとすれば、本を読み進めたり、または自分の愛する本を発見しようとする楽しさは、刺激的な探検、未知なものへの冒険、恋愛の駆け引きのそれに近い。

 この時ふと、私は虚しさに襲われた。時折あることだ。気になる本を手に取りながら、「自分は何でこんなに本を読んでいるのだろう」という気持ちに襲われる瞬間が。そうだ、私はまるで馬鹿みたいに本を買って読んでいる。その理由は簡単で、それが楽しいからだ。本当に、びっくりするまでに楽しい。あまりに楽しくて、他のことを忘れてしまう。または、忘れたつもりになっている。だから私は、自分のこういう所があまり好きではない。

 本屋からの帰り道に、好きな音楽を聴きながらぼんやり駅のホームに佇みながら、再び私は、自分が空っぽな人間だという気持ちに襲われた。電車が訪れて、窓越しに沢山の人々がそこに乗っているのが見える。次に薄らと自分の姿がそこに浮かび上がってくる。地下のプラットホームに吹く風は、生暖かく、それが私の長く伸びた髪を揺らす。不気味で、生気のない感じが私の周りにまとわりつく。


 年に幾度か、「ショーペンハウアーは正しかった」という気持ちになる。彼はこう考えた。この世界は私の内面の反映であり、そしてあらゆる存在が備えている「存在したい」という盲目な生への意志に突き動かされた結果に過ぎない。そこには意味もなければ目的もない。丁度細胞Aと細胞Bが争い合い、どちらかを征服することにはするが、そこに意味もなければ目的もないのと同様である。この世界においては、進歩はなくただ変化だけが存在する。永遠に生起する変化と闘争だけが自然を支配しており、それはただ苦しみを私達に与えるだけだ。そんな世界で生きるのは狂気の沙汰である。だから芸術に傾倒して我を忘れるか、同情的な愛で他人と苦痛を分かち合うか、それとも宗教者のように禁欲的な生活をするか、そのどれかで生きるのが至極妥当な生き方だと言える。なるほど、彼は正しいかもしれない。まあ時々だが、本当に心の底からそう思うことがある。


 笑い。自分の悲惨さを書いている時、私はひそかに笑みを浮かべずにはいられない。

 以前に何度か、趣味で小説を書いたことがあるが(どれも読むに耐えないものであった)、その中で暗い描写に取り掛かった時は、いつもニヤニヤが止まらなかったものである。それは自嘲の意味もあるだろうし、自分の文章表現の上手さへの自負とか、読み手への効果の期待とかもあっただろう。しかし、それよりも先ず単純に書くのが楽しかったというのがある。たとえば、自転車を全力で漕ぎながら、物凄い急な下り坂を降りているとしよう。その時、ブレーキがきかなかったらどうしようとか、そういった不安を感じもするだろうが、それ以上に凄まじいスピードを体感しながら坂を降っている自分自身に笑えてくるのである。不安や罪悪感を強調するのは、良心の呵責から来る自己愛の発作だ。悲劇の本質は笑いにある。

 ペソアも書いていた、「あらゆるラブレターは滑稽である」と。傍から見れば、人の不幸は滑稽である。もしそれが滑稽に見えないとすれば、それは相手の苦痛への共感や共鳴、同情から来るものだ。人は自分の理解できないものに対しては、侮蔑か羨望か、そのどちらかしか抱かない。それを踏まえた上で自分のことを書こうとすると、やはり笑いが込み上げてくる。我ながらユーモアのある人間だと思う。将来は喜劇作家になるべきかもしれない。

 しかし、私は一体何を書いているのだろう。この話はここでやめにしよう。


 夏場の夜は、暑いからいつも上裸で過ごしている。で、また服を着るのも面倒だから、そのまま上裸で寝てしまう。だから次の日にはよくくしゃみが出る。それを毎年のように繰り返している。よくないのはわかっているが、やはり面倒だし、また上裸で寝る。で、案の定次の日もまたくしゃみをしている。夏が来る度に、私はこれを繰り返している。

 日課として、毎日軽いトレーニングを自室でしている。そしてトレーニングをする度に、私が子供の頃に、父と兄との間に起きた出来事を、ぼんやりと思い出す。

 あれは確か、私がまだ小学生だった頃の話である。当時、兄は中学生ながらにトレーニングにはまっていて、よくその話を私にしていた。実際、兄の肉体は、彼と同年代のそれにはあまり見られないくらいに筋肉質であって、よく鍛えられていた。おまけに兄は顔が美しく、頭も悪くなかった。私がそんな兄にコンプレックスを抱いていたのは言うまでもないが、それは今回の話とあまり関係ないので、あまり深くは触れないでおく。

 それである日、兄は父にもその事を話した。すると父は、腹筋を簡単に鍛えられる方法があると言って、食事後に兄を畳部屋へと連れていった。さて、父に言わせれば、筋肉とは既存の肉体が破壊され、再構築されることによってその質が高まる。トレーニングとは間接的な肉体破壊に他ならない。よって、一番手っ取り早く肉体を鍛える方法、それは喧嘩をしたり、誰かに殴られたりすることである。そう言うと父は、私に兄を取り抑えるように指示し、それから兄の腹に右拳を打ち込んだ。手加減はしたらしいが、父は大人であり、何よりも彼は元自衛隊員であった。かつてボクシングをしていた経験もある。だから (当時はもう既に他の職についていたとは言え) 力は間違いなく平均以上にあった。当たり前であるが、兄は痛くて泣いた。

 で、実を言うと、私はこの時のことを十年近く忘れていたのである。久しぶりにこれを思い出したのは、私が二十歳を超えるくらいの頃、兄と数年ぶりに再会した時のことである。兄は笑いながらあの時のことを思い出して、「あれは本当に酷かった」と言った。笑ってはいたが、やはり根には持っていた。まあ、これも当たり前の話かもしれない。

 父は子供を育てるのに向いていない人であった。私も兄も、父にそれなりに苦労して育った子供なのかもしれない。が、それでも父はよくやってくれたと思っている。兄もきっとそうに違いない。私達は、何やかんや言いつつも父に感謝している。かと言って、また父と(そして兄や、他の家族と)暮らしたいかと言えば話は別であるが。

 恐らく私には、潜在的に家庭をやり直したいという気持ちが内心の何処かにあるのだと思われる。もとい、私達は皆そうなのではないか。私達は皆、失われた過去の可能性を、あったかもしれない世界の方向性を求めて生きているのではないか。人は常に遅れて生きるものだ。私達が生きる現在とは、かつて生きられなかった過去の続きなのである。

 しかし、こんな事を書いたところで一体何になるのだろう。この話もここまでにして、別のことを書こうと思う。


 一日の内に、映画を続けて二本観た。一つは既に観た事のあるもので、ヴィンスコッティの『ヴェニスに死す』である。物語というよりかは二時間の美しい夢とも言うべき映画で、筋書きを楽しむのではなく、映像と演出の美しさに浸るためのものだと言える。作中で使われるマーラーのアダージェットは、ライトモティーフのように度々出現する。それが作品の美しさをより一層際立たせている。

 もう一つはミヒャエル・ハネケの『ハッピー・エンド』である。ハネケの作品はそれなりに追っていたが、ここ二、三年は自主的に映画を観ることがなかったから、まだチェックすることの出来ていないものであった。出演陣は前作『愛、アムール』のそれに近く、内容も恐らくそれを意識している。が、まだ語り得ない映画だとしか言いようがない。近い内にもう一度観たいと思っている。印象深い映画であった。

 で、ハネケの『ハッピー・エンド』を観ている最中の事なのだが、私はふと、先程書いた前作の『愛、アムール』のあるシーンを思い出した。『愛、アムール』はある老夫妻に焦点を当てた映画である。妻の方は国際的なピアニストを弟子に持つ程の音楽家であったが、ある日奇妙な病気にかかり、その手術の後遺症として、右半身に麻痺が残ってしまう。やがて妻は時間の経過と共に、少しずつ、しかし確実におかしくなっていく。それを目の辺りにする夫もまた、同様にして追い詰められていく。映画はその過程を丁寧に撮っている。

 ある日、夫は窓から一匹の鳩が家に入ってきたのを見かける。それを見ると、彼はそっと鳩に近いて、布で鳩を捕まえる。そしてそれを抱きしめるのである。その日の夜、彼はその時のことを紙面に書き綴る。鳩を捕まえたが、「逃がしてやった」と。

 当時、あの映画を観た時には、この場面の意味があまりよくわからなかった。しかし、今なら、あの鳩を捕まえた夫の気持ちが分かる気がする。