日記

大体四日に一度の頻度で更新してる

日記

22/06/19

暗い感情にはそれ固有の優しさがある。時に人は、自らをいざなう甘い憂鬱に酔うこともあるだろう。絵の具がこぼれ、次第に空を染める紅色のよう、胸の内からは悲しみにも似た喜びが溢れ出る。じんわりと、じんわりと。今、心臓は夕闇に沈む。海に溺れながら…

22/06/15

人は現在の都合によって過去の解釈を変化させる。大抵の場合、何かが好きだと公言することは、それによって自己を保とうとすることの表れである。ついこの間まで恋人への愛を声高らかに語っていた女性も、もっと感じのいい男が目の前に現れればそちらに気を…

22/06/11

"Cause if we knew where we belong There'd be no doubt where we're from But as it stands, we don't have a clue Especially me and probably you" 知的であろうとすれば、人は何かしらの形でスノビズムに陥らざるを得ない。知らないものについて語ろ…

22/06/07

父と最後に会ったのは二年前である。時期はちょうど今と同じ頃だったと記憶している。それ自体、数年ぶりの再会であった。食事中、父は驚くべきことを言った。曰く「最近マッチングアプリを始めたんだが、会った相手にむちゃくちゃ金をせびられた」というの…

22/06/03

生きるとは凡庸さを受け入れるということだ。ならば、何故こうも多くの人は非凡であることに憧れ、また凡人であることを蔑視するのか?なるほど、非凡なものが特別に見えるからというのもあるだろう (だからこそ人は病的に、あるいは不幸になろうとする)。し…

22/05/30

死別して以来、昔飼っていた猫の夢を度々見る。名はララという。ララとは十年以上の時を共にすごした。習慣が事実に靄をかけているのだろうか、今でも彼女が死んだことを不思議におもう。死に際に立ち会ったにも関わらず、玄関を開ければ、今でも迷子になっ…

22/05/26

キリスト教徒であった頃、私は比較的熱心な信仰の持ち主であった。墓場のように暗いメソジストの教会は、私を含め、人生に打ちのめされたような顔をした人が多く集まった。夜の帳が下りる頃、日曜の礼拝堂で神にお祈りを捧げた。無論それは昼にも行われたし…

22/05/19

再び読書が捗らない日々を送っている。一つの本に集中しようとしても、思い浮かぶのは別のことばかりである。そして巡らせるのはいつも同じ思考だ。どうすれば過去をやり直せるのか、いかにすれば過去のあやまちを償うことが出来るのか?しかし、それは少々…

22/05/14

本や音楽は危険だ。感動は枯渇した精神を潤すが、同時に人を死に近づける。「芸術は人を幸福にすると同時に老けさせる」とは、トーマス・マンの言葉である。刺激は麻薬だ。一つの刺激に慣れると、それ以下のものに退屈を覚え始める。胸を揺さぶる読書体験を…

22/05/10

その日、Aの口調はいつもと異なっていた。突然かかってきた電話からは、てっきりいつものような世間話が待っているのだと思っていた。しかし違った。電話越しに聞こえてくるのはあまりにも切羽詰まった声である。そして聞かされた内容は、それまでの彼からは…

22/05/06

ドゥルーズは本を道具箱として利用することを推奨する。この発想はプルーストに由来する。本とは望遠鏡のレンズのようなもので、読者はそれを通して世界を覗く。もしピントが合わなければ、別の本を開けばいい。それが彼らの考えである。一方で、ドゥルーズ…

22/05/02

現実の難しさは、そこに悪役がいない点にある。苦境に立たされると、人は裁くべき相手を、責任を負うべき何かを求めるようになる。しかし、もしそれが存在しないならば、たとえ絶叫しながらだろうと傷跡が残されるのを眺める他ない。それこそドゥルーズがア…

22/04/28

"アントニオーニが言うように、もし我々がエロスを病んでいるというのなら、それはエロスそれ自身が病んでいるからである。それが病んでいるのは単にその内容において老化し、消耗してしまったからではなく、既に終わった過去と出口のない未来の間で引き裂…

22/04/24

哲学は人生論ではない。哲学を「人生の問題」に片付けてしまっている人の意見は、大抵つまんないというか、興味が持てない。なるほど多くの人は、「人生の答え」とも言うべきものを求めて哲学の門を叩く。しかし、この「答えが知りたい」という態度ほどナル…

22/04/17

不思議なもので、病んだ人は癒えるのを恐れる。病人にとって、健康になることは今の自分が失われることと同じである。消え去ることは死ぬことよりも恐ろしい。だから好んで病的な状態に留まることとなる。 人が何かを愛するのは、対象が想起させてくれるもの…

22/04/13

高校生の頃、漫画の『惡の華』に強く胸を打たれていた。もう長らく読んでいないが、しかし場面の随所は今なお深く記憶に残っている。 漫画は中学生編と高校生編に分けられる。前者において注目すべき点は、性転換したニーチェとも言うべき構図が機能している…

22/04/04

マーラーの交響曲には自閉的な美しさがある。『千人の交響曲』という別称からもわかるように、規模が大きく、演奏する上で多くの奏者を必要とする。しかし、それは何処までも他者に対して閉ざされている。まさに無人の城だ。マーラーの音楽には説明が介在し…

22/03/22

あらゆる生誕には何処かしら悲劇的な側面がある。誰も今の自分を望んで生まれるわけではない。生を肯定することは偶然を肯定することである。我々の実存は偶然によって形作られるから。 どんな発見にも知ることの喜びが含まれる。ボードレールも指摘していた…

22/03/17

美しい文章は誰でも書ける。これは決して誇張ではない。書こうと思えば、それは誰にでも書くことが出来る。ニーチェは美しい文体の定義を「声に出して読んだ時、それが美しく響くかどうか」として考えた。彼によれば、ドイツ語で書かれた最も美しい書物はル…

22/03/12

今から約四年前のことだ。その日、私はYと小田原で遊ぶ約束をしていた。前日に静岡で用事があって、その帰りに小田原を通るのだが、以前どこかで彼女が小田原付近に住んでいると聞いたことがある気がした。だから小田原で集まらないかと、私が提案したのであ…

22/03/07

眠れない夜。幾度となく寝返りを打ちながら、過去の出来事を思い起こし過ごすときがある。あたかも『千夜一夜物語』のように、隣に聴き手がいる前提で。しかし暗い部屋の寝床には自分以外の誰もいない。だから必然的に、私は自分に対してのみそれを語ること…

22/03/02

「倫理的な問い」、そう呼ぶべきものが世には多く存在する。しかし何故、倫理が問われるのか。もとい、誰が倫理を必要とするのか。疑う余地なき倫理観を持っているならば、そもそも倫理についての問題を提起する必要などない。よって、倫理を必要とする人間…

21/02/25

人は死に憧れる。死とは退廃、不幸、悲しみの象徴である。世の中には退廃的なもの、不幸なものに恋焦がれる人間が一定数いる。確かに不幸は人を特別にするが、理由は決してそれだけではない。不幸なもの、退廃的なものには、それ固有の優しさとも言うべきも…

22/02/20

"身体すらも、もはや厳密には動くもの──運動の主体であり行動の道具──ではなく、むしろ時間を〈啓司するもの〉[revelareur]となるのであり、その疲労と待機によって時間を証言するものとなる" 知性は遅れてやってくる。身体は時間の真実を啓示する媒体であ…

22/02/15

時間の残酷さは、一切を「未だ早すぎる」と「もはや遅すぎる」の二つに引き裂いてしまう点にある。今日までのことを思い起こすと、自分がいつも遅れて気づいていたことを知る。もっと早く気づいていたなら、結果は違うものになっていたかもしれないのに。し…

22/02/10

夢には犠牲が付き物である。しかしその際、夢の犠牲になるのは自分ではなく、むしろ他人である。 夢見ることを求めて、人は自分と同じ夢を見ない誰かを求める。ヴィンセント・ミネリについて論じる時、ドゥルーズは次のように語ったことがある。 "夢につい…

22/02/05

日常の本質は、一切が何も起きなかったように生じる点にある。たとえ特異な出来事が起きたとしても、あたかも何事もなかったかのごとく日々は続く。それは小津安二郎の映画に似ている。妻が死に、家族がバラバラに引き裂かれ、娘が婚約しようとも、以前と同…

22/01/26

読書家の喜びは、いい感じの文章表現を見つけてニヤニヤすることにある。本を開くことの楽しみは、まさにかつての自分では言い表すことの出来なかったものを知ることだ。 「行き止まりならやり直せるかい/ここは罪深く暗い/鼠と猫が仲良くゲロ啜る/金蝿の…

22/01/21

"我々は身体を信じなければならないが、生の胚芽を信じるように、聖骸布やミイラの包帯の中に保存され、死滅せずに、舗石を突き破って出てくる種子を信じるように、それを信じなければならない。" ある日暮れ頃、電車に揺られながら、私は突如永劫回帰の意…

22/01/16

着飾るということには不思議な作用がある。ステージ上のメイクをしたバンドマンは、普段とはまるで違う、「別人」がそこにいるのを覚える。人が衣装を着るのではい、衣装が人を着るのだ。その人の精神状態が容姿に出るのではなく、むしろある容姿のために、…