20/09/03

 小学生の頃の話である。学年がいつかは忘れたが、ある日の昼食後、私はその日の給食を、トイレの小便器に吐き出したことがある。無論、小便器では嘔吐物は流れない。だから、やがてその吐き出された給食の発見者が現れてきた。下校前になれば、クラスのホームルームで先生の口からその事が伝えられた。この小さな事件は、クラスや学年の一部で話題となった。

 が、次の日になると、私は先生から呼び出しを食らった。彼は「心当たりはないか」と私に聞いた。私は「ない」と答えた。次に、先生は私が小便器に吐いている所を見た生徒がいるという話をした。それに対して、私は素直に自分がしたと白状して、謝った。先生は私を責めなかった。ただ、何故こんな事をしたのかと聞いた。吐きたかったが、どこに吐けばいいかわからなかったのか。それともただの愉快犯なのか、など。しかし私は、それに対して何とも答えなかった。何故なら私も、自分で何故そんな事をしたのかがわからなかったからである。

 その日の事を、今日ふと思い出した。もう長く忘れていた記憶である。それで何かが起こるわけでもなく、その後も私の平穏な学校生活は続いた。ただ、自分が何故小便器に吐いたのかは、結局今でも分からないままである。

 突如思い出されたこの記憶は、私にハネケの『ハッピーエンド』の冒頭場面を想起させた。精神薬を服用しているシングルマザーに育てられている娘がひとり、自分のペットを殺す様を動画で撮っているのである。娘が何故そんな事をしたのか。その理由は最後まで明かされない。ただ、その数分後に、娘の母親は死ぬ。薬物の過剰摂取が原因である。映画の本編はここから始まるのである。


 ある晩のことである。出先からの帰り道、少しお腹がすいたので、私は偶然降りた駅のホームにある蕎麦屋に立ち寄った。そこでテーブル席に座りながら自分の注文が出てくるのを待っていると、店内に一人、老人が入ってくるのが見えた。老人は注文を済ませると、小刻みに全身を震わせながら、不安げに店内を見渡した。彼は自分の座る席を探していたのである。

 この時の老人の表情を、私は忘れることが出来ない。まるで赤子のように原始的な、つぶらな瞳をしていた。その顔はまるで人間的な表情が全てはぎ落とされているかのようであった(表情を持つということは、人間による社交的な文化の一つである)。何より、彼は孤独であった。そして、誰もそんな彼を気にかけてなどいなかった。

 幸いにも、老人の座るべき席はすぐに見つかった。老人の近くで食事を済ませた客がさっさと店を出ていったのである。こうして老人が席に着くと同時に、私の不安もおさまった。

 昔から、このような老人のことが他人事に思えなくて仕方ない。がしかし、老人を自分の事のように考えると同時に、自分は決してこの老人のようになってはならないという気持ちが湧き上がってくる。それは何も相手を軽蔑しているからではない。ただ、相手への同情が行き過ぎるあまり、自分が本当にこの老人のようになってしまうことを恐れているのである。何より、自分のような若者と多くの経験と歳月を積んだ老人を同一視するのは、むしろ老人の方に失礼であるように思われる。

 ただ、老人のあの顔は、「何もない」という絶望を痛切に私に教えてくれた。まるで人間的なものがない。全てが無に帰したような、感情もなければ理性もないような顔。あれが一個の人間が生きた末にあるものである。そして、そんな彼を気にかける人間が何処にもいないのだ。老人はひとりぼっちで、自分の座るべき場所を探して、所在なさげに辺りを見渡している。これがどれほど恐ろしいことかわかるか。白状するが、私には彼がまるで未来の自分の姿のように思われるのである。


 深夜。片手に缶の酒を持ちながら、自宅へと続く道を歩く。街頭に照らされながら、目先に伸びる影を眺めて、この夜が永遠に続いて、自分はいつまでも家に帰れないのではないかと空想する。そして片手で酒を煽りながら、もう片方の手で自分の髪をくしゃくしゃにする。一体いつまでこの状況が続くのか。それとも、自分は一生このままなのだろうか。ずっとこの状態から抜け出せないのか。私はずっとひとりなのか。そう考えると、やはり歩いても歩いてもこの道が続いていて、自分は永遠にこの夜から抜け出せないのだという感覚が一層強くなるのであった。私には、このままひとりで生きるなど耐えられないような気がした。

 その時である。ふと、私は自分を客観視した。で、こんなふうに物事を考えながら、あたかも一人芝居をするかのように自分に酔っているのが滑稽のように思えてきた。で、しばらくその場で笑った。それから、違うことを考え始めることにした。


 人前に出れば、多かれ少なかれ、人は他者の眼差しを意識することを強いられる。嘘をつかずに生きるということは、「他者」という観客を持たずに生きるということだ。嘘をつかずに生きるという事が不可能な理由はそこにある。社会生活とは、常に人が嘘をつくよう強いるものなのである。

 それでも、真実に生きようとする方法が一つだけ存在する。それは、自分だけの秘密を持つこと、隠れて生きようとすることである。真実に生きるとは隠されたものとして生きることなのだ。だからもしこの世に「真実の愛」などがあるとすれば、それは覆い隠さず、見世物のように他人の目に晒された愛の生活などではなく(そんなものでは決してない)、隠されて閉じられた、秘密の愛、自分と相手の他の誰にも知らず、共有されることのない愛のことを指す。


 精神を病んだ人には、大まかに二通りのタイプが存在する。一つは他者との和解を求める人であり、他者との現実的な問題(愛し愛されること、どこかの集団に順応すること)が原因で悩んでいる者のことである。もう一つは自己との和解を求める人で、彼は分裂した自己を解決し、自らの内側で矛盾し対立したものを再び統合することを求めている。

 物語の結末というものは、常に物語の展開する最中に含まれている。だからある者の変化とは、既に彼が変化する前に内在しているのである。

 自由。人が自由を求めるのは、何らかの不自由を自らに感じているからだ。もし自由を愛する人がいたとすれば、それはそれだけ不自由に苛まれていた人のことでもある。


 理想と現実の何処で折り合いをつけるべきなのか。最近はよくその事で思い悩む。どんな人でも間違いを犯さずして生きていくことなどできない。ただ、間違いを犯している時、人は自分の何処が間違っているのかがわからない。それが問題なのである。

 困惑は募れば倦怠に変わる。いつからか、私はまるで怠惰な人間になってしまった。

 人はよく、鈍感であることと強くあることを混同して考える。確かに、一つの問題に悩まなくなったという意味では、強くなることは鈍くなることと同じかもしれない。ただ、それは単に思考がそこまで及ばなくなったから悩むこともなくなった、とも言い換えられるだろう。一番いけないのは、かつて悩んでいた日々を忘れるということである。私達が最も忘れてはならない思い出とは、いつだって私達が最も弱かった日々のことである。


 ここ一年は、ドゥルーズロマン・ロランの本ばかりを読んでいた気がする。私の知る限り、ドゥルーズがロランについて言及したことは一度しかない。それはスピノザにまつわる本の最後の部分である(同書の注の中でも一度だけ触れている)。しかし、私には、この二人の作家に、何か緊密な親和性があるように思われるのだ。

 実際、両者ともにスピノザニーチェベルクソンに関心があり、また影響を受けたのもあるだろう。それから、他の偉人たちの業績を纏めることで、自らの思想を形成する点も似ている。ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』には、彼が伝記を記した三つの偉人の姿(ベートーヴェンミケランジェロトルストイ)が反映されているし、ドゥルーズの『差異と反復』には、上の三人を含むドゥルーズが影響を受けた哲学者への独自解釈が大いに反映されていることは言うまでもない。両者ともに、著作全体を通して「生への信仰」と「人間であることへの誇り」を書き表している点も指摘すべきだろう。ドゥルーズはかつて「生を貶め、人間を下品なものにするのを批判するのが哲学だ」と、大まかに言えばそんな感じのことを語ったことがある。ロマン・ロランにしても、「一個の人間として恥じない者」としての生き方を、自らの著作を通して探求した人だと言える。その他にも共通点は多い。流麗な文体、音楽的な文章、幅広い芸術への愛好、など。

 私は何も、ドゥルーズがロランから影響を受けているのだと言うつもりはない。ただ、自分のドゥルーズ読解が、ロランの助けなしには成り立たなかったのは事実である。

 あと少し、あと少しでドゥルーズ思想の根底を把握できそうな気がする。ただ、その「あと少し」が中々難しいのである。ドゥルーズは大好きだが、読んでて「どうしてこんなにややこしい書き方をするんだ」と思うことも少なくない。本当にややこしい。で、そのややこしさを解消するために、次は何を読むべきか、これを読んではどうかと、頭を抱える日々が続いている。

 あと少しで欠けたピースが埋まる。それは丁度、夜空を眺め、雲を追い払い、星をあるべき所に収めることで、一つの星座が見えてくる感覚に近い。もう少しで私の求める星座が夜空へと浮かび上がる。そして、ジグソーパズルが完成した時、私はきっと何かを掴めるような気がする。果たして何が掴めるのかはわからない。ただ、きっと何か、違った景色が見えるようになる気がする。そんな事を、漠然と直観しているのである。


 ドゥルーズプルーストの言葉「美しい書物は一種の異国語で書かれている」を好んでよく引用する。彼の書物の読みづらさは、まさに彼がフランス語の中で異国語であろうとした点にある。で、彼の著作は皆、彼の別の著作との密接な繋がりを持つ。だからそれぞれの本を読み解いていくことで、やっと彼の思想の全体像が浮かび上がる。正に彼の著作はあらゆる言語に対して異国なもので書かれているのだ。これがドゥルーズ思想の厄介な所である。

 では、何故そんな厄介な思想家の本をわざわざ読むのかと聞かれれば、それは上手く答えられない。ただ読まざるを得ないから読むのである。強いて言うなら、この感覚は恋に近い。何か私にこれまでにないものを与えてくれる。だから私はドゥルーズの本を夢中で開くのである。人が愛するのは、いつだって理解できるものではなく、理解したいものなのである。


 笑わないで聞いて欲しい。私にはちょっとした夢があって、それは、いつか奥さんが出来たら、ハネケの『愛、アムール』という映画を一緒に観たいのである。理由は簡単で、それが私の一番好きな恋愛映画だからだ。自分と同じ観点でものを観て、自分と同じようにそれに感動して、そうして私のこの気持ちを共有したいのである。

 ハネケの映画では、必ず作中でスピーカーや、または誰かの演奏から、よくよくクラシック音楽が流れることがある。『ベニーズビデオ』では、それはバッハであったし、『愛、アムール』では、それはシューベルトであった。今私が聴いているのも、やはりシューベルトである。作中で使われていたものと同じ、即興曲集D.899だ。演奏はクリスティアン・ツィマーマン。もう何度聴いたかわからない録音だ。

 シューベルトの晩年の作品を聴いていると、まるで自分が酷く年老いた者のように思えてくる。そして、様々な感情や追憶が、走馬灯のようにこの身に襲いかかるのである。