21/07/04

 雨が降る。さながら感情の嵐のように、大地を鞭打つ豪雨が降る。かつて黒澤明は、雨を激情の表現として用いた。恐らくベルイマンはそれから影響を受けて、『野いちご』におけるある美しい場面を考案した。土砂降りの雨の中、二人の男女が佇んでいる。女は男と共に生きることを望むが、しかし男はそれを拒む。男は語る。自分は人生にうんざりしている。だから死にたい時に死ねるよう身軽でいたい。カメラが俳優の顔をクロースアップする。それは激情の雨によって濡れていた。やがて二人は車に戻る。そして男は話を続ける。君は僕と僕の子供と生きることを望んでいる。しかし僕は違う。僕の望みは死ぬことだけだ。

 終電で着いた駅のプラットフォームから、私はぼんやり外の世界を眺めていた。電車の中では気づかなかったが、外では雨が激しく降っていた。豪雨を眺めていると、私は黒澤明ベルイマンのことを思い出す。とりわけ彼らが映画の中で描いていたあの激情のイメージを。豪雨の美しい騒音は、私に感情のざわめきを想起させる。

 やがて私は駅を出た。そして激しい雨に打たれながら、ひとり物思いにふけっていた。
 
 人は何故創作するのか。または、何のために創作に携わるのか。しかし、なんの創作も手掛けてないこの私が、上のような壮大な問いを発するのは間違いかもしれない。しかし、だからこそ私は問わねばならぬ気がする。何故なら、もう長い間、何もする気が起きていないからだ。

 実は今、私には書きたい本が二つある。一つは映画についての本で、もう一つは絵画についての本である。どちらも映画監督、あるいは画家になりたい青年を主役にした小説だが、ただこの話は、もう以前日記の何処かで書いた気がする。だから詳しくは書かないでおく。

 ただ、書きたいと思っている一方で、いつそれを書き始めるべきかがわからない。または、何故それを書く必要があるのかがわからない。つまり、何のために書けばいいのかがわからない。東京で一人暮らしを始めてからもう随分が経つ。しかしまだ何もしていない。そして恐らく、その理由は単純である。そう、何故しなければならないのか、または何故するべきなのかがわからないからだ。

 何故創作するのか。それも人によって違うだろうが、推測できる理由は幾つかある。ある人にとって、それは自己存在の証明である。つまり、一般的な言い方をするならば「承認欲求」の問題に関わってくる。自分という存在に価値があることを証明したい。そのためには、他者からの承認が最大限に得られる場所へと向かおうとする必要がある。こうして何者かになろうとして何かに取り組む人が、なんと多いことか。または、生活のためでもあるかもしれない。つまりそれ以外で生計を立てたくない(あるいは立てられない)から、いち早くその分野で成功を収めることを求めるというわけだ。

 なるほど、どちらも私に当てはまらないこともないかもしれない。ただ一方で、他の人よりそれらの欲求が弱いのも事実だと思われる。私だって、できれば自分の好きな分野で生計が立てられるようになりたい。一方で、無理にそうしなくとも何とか生活できるほどお金が稼げてしまう。それも否定しがたい事だ。無論、いつまでも今と同じように生活し続ければ、私は一生低所得労働者だろう。だから何処かで創作によって生活が賄えるようにしなければならない。ただ、恐らくまだそれは先の話だろう。

 正直に言えば、私は、金銭を稼ぐとは何であれ自分を汚すことだと思っている。好きなことを仕事にすれば、そこには必ず妥協が生まれる。だから好きで仕事にしているのに、今や仕事(またはお金)のために自分の好きなものを汚している。そんな現実がよく見受けられる。では好きなものを汚さないために、やりたくないことを仕事にする場合はどうなのか。やはりその場合でも、私達は「汚れ」から逃れられない。

 生活を営むために、やりたくない仕事をしなければならないとする。そして、その仕事の先には、必ずそれによって搾取される誰かがいる。それが嫌なら労働するなとなる。しかし労働をしなければ、私は生活ができない。だから労働をしなければならず、搾取に加担しなければならない。金銭を稼ぐ以上、どんな仕事であれ、私達は自分を汚すことを強いられるのである。

(勿論世の中には搾取に加担しない職業もあるだろう。しかしそれはごく僅かだと思われる。)

 人によっては、私の意見を「考えすぎだ」 と反論するかもしれない。なるほど、きっとその通りなのだろう。「そんな余計なことを考えていては、きっと生活などやっていけない。」そう、その通りだ。実際私は、今日までこんな余計なことばかりを考えてきたから、生活を上手く営めないまま生きてきた。言い訳がましく聞こえるかもしれないし、後付けの理由かもしれないが、もし今日まで何らかの活動を避けてきた理由があるとすれば、その一つがここにある。

 しかし世の中には、金銭に余裕があって、自己存在の証明をも求めずに創作する人だっているだろう。プルーストヴィスコンティがその人だ。しかし、彼らは何故創造行為に取り組んだのか。それは「遅すぎた時間」を償うためだと言える。つまり過去に対する嘆きを償い、未来へと躍進するための創造行為があるということだ。現在は過ぎ去る。今この瞬間にも時間は絶えず流動している。しかし過去は記憶の内へと保存されていく。現働的な時間の流れと、潜在的な過去の時間。それら二つが交わるとき、記憶の結晶が生まれる。それは私達がどういう人間かを示すイメージであって、人は皆そこに囚われていると言える。

 しかし、過去と現在がこうであるからといって、未来もまたそうであるとは限らない。むしろ決定的な気づきとは、いつも私達の現在と過去を裏切るかのようにして現れるものだ。こうして人は真実に気づく。そして真実に気づくには、自分があまりにも「遅すぎた」ということにも気づくのである。既にあまりにも多くのものを失ってしまった。しかし記憶の結晶に入ったひびは深く、そこではかつて信じていた世界が崩壊していく。その時、嘆きが生じる。それは失われた時への嘆きであり、この嘆きを償う未来への叫びである。こうしてあたかも行為であるかのように創作が始まる瞬間がある。それは「遅すぎた時間」を償うために、ひび割れた記憶の結晶を描き出し、新しい時間の流れに合流するため未来を呼び求める。

 と、かっこいい感じのことを書いてしまったが、今の自分が嘆く力もないほど疲労しきっているのも事実かもしれない。こうしてブログを定期的に書いているのも、私が活動しない要因かもしれない。なるほど、私は文章を書くのが好きだ。そこには「書くこと」によってしか得られない喜びがある。そういう意味では、「書くこと」は自分の天分だと言える。その一方で、こうして安易に自分の書いたものを晒せる場所があるせいで、「ちゃんとしたもの」を発表する気が起きないのもあるかもしれない。ありがたいことに、少なからずこのブログを読んでくれる人がいる。だからやる気が出ないのもあるのかもしれない。

 消尽した生。無気力な、疲れ切った生。ボードレールも書いていたように、私達の一番の敵は、私達を苛む倦怠である。「あまり身動きもせず、ひどく叫びもしないが、そいつはいそいそと地球を廃墟にして、あくびをしながら、世界を飲み込む。それこそ倦怠……」

 あと少しで私はそこから抜け出せる気がする。にも関わらず、その一線があまりにも遠いようにも思われる。

 創作における、もっと別の場合を考えよう。人が何かをしようと思うのはいつか。それは、自分ひとりの限界を感じた時ではないか。ではその限界を感じる時とは一体いつなのか。それは、外の世界で何かを見ることによってではないか。知識人でもない自分がこういうのもなんだが、結局、知識とはむなしいものである。私は今日まで、出来る限り沢山の本を読もうとしてきた。しかし、読めば読むほど自分の無力さを痛感するばかりである。そう、私は無力だ。無力だし、疲れきっている。勿論、私より本を読んでいる人などこの世に大勢いるだろうから、こう結論づけるのも愚かなことかもしれない。しかし私には、今日まで何らかの学習を重ねた上で、強く感じていることがひとつある。それは、知識とは行為に結びつかなければなんの価値も持たないということだ。

 だからこそ、自分の限界を感じることは、一つの行為 - 行動に繋がる。外部の世界を通して、私達は自分の無力さを痛切する。だからこそ、外部への表現を通して、外部に抵抗するのである。自分の無力さから出発して、この世界を支配している悪しき価値観に、別の価値観を提出する。「人間なんてこんなものだ」という悪しき価値観に対し、「いや、もっとこういったものがあるはずだ」と抵抗する。それが恐らく、私達が創造行為に携わる理由となる。

 しかし、それはあまりにも壮大すぎる理由だ。ただそれだけを頼りに何かの活動に打ち込むなんて、あまりにも難しい話だ。否、だからこそ私達は、外部を、あるいは他者を必要とするのではないか。それも、かつて自分が無力さを痛切したのとは別の意味で。

 書くというのはとても孤独な行為だ。私の書いた文章に共感してくれる人がいたとしても、または私が誰かの文章に共感を覚えたとしても、その事実は変わらない。誰が読もうと、何を読もうと、書き手としても、読み手としても、人は孤独なままである。一方で、次のような事実がある。私はかつて何度か小説を書いて、それをこのブログに載せたことがある(どれも出来が酷いため、金輪際人目に晒すつもりはない)。そして、それらを書くきっかけとなったのは、他者との出来事を通してであった。私はその人の気を引くために書いたし、また、変な言い方をすれば、その人に言い訳するためにも書いた。理由はなんであれ、私が唯一何らかの活動をしようと思ったきっかけは、やはり他者であった。